父、声援を受ける
衝撃の同行者選定から、三日後。ニック達は準備を整え、遂に聖地奪還に向けて町を出ることとなった。これほどまでに迅速に事が運んだのは、当然ながら事前に遠征の準備が整っていたからである。
「では、行って参ります陛下。お母様も」
「うむ。王族としての使命、しかと果たしてくるのだ」
「気をつけてね」
城の前、見送りに来た父ウマレタと母ソノの言葉を受けて、アルガが馬車へと乗り込んでいく。元々アルガは同行する予定だったため、その馬車は見た目こそ地味でありながら堅牢な作りであり、乗り心地も決して悪くない。
そしてそんな馬車の前では、クイコミリアム達もまた別れの挨拶を交わしている。
「行って参ります兄様!」
「行ってきます、兄さん」
「二人とも気をつけてな。セパレーティア、姫様とヴィキニスの事を頼むぞ」
「お任せ下さい、兄さん」
「ちょっ!? 何で私じゃなくてセパレーティアちゃんに頼むの!? 私の方がお姉ちゃんなのにー!」
「ははは、冗談だ。ヴィキニス……」
「な、何?」
不意に真面目な顔になった兄に、ヴィキニスは少しだけ身構える。
「お前には才能がある。今はまだ四武が限界だとしても、やがて三武に……そしていつかは私を越えられるほどの確かな才能がな。
だから決して無理はするな。生きてこそ成長があり、守れるものがあるのだ。功を焦らず、己を大切にしろ。もしもの時は逃げても構わん」
「……兄様は、私が姫様を見捨てて一人逃げ出すとお思いなのですか?」
騎士の誇りを侮辱するような兄の言葉に、ヴィキニスの目が冷たくなる。だがその鋭い視線を受けたクイコミリアムは逆に笑う。
「まさか。だからその時は、姫様を殴って抱え上げてでも逃げるんだ。姫様に対する無礼な扱いの責任くらいは、この兄がとってやる。
失敗を恐れるな。恥に捕らわれるな。どんな形でもいい……必ず生きて帰れ」
「兄様……はい! 見事光の神を解放し、英雄として凱旋してみせます!」
「……本当に理解しているのか?」
「勿論です! どんな陰獣が現れたって、全部纏めてなぎ倒してやります!」
「あー……セパレーティア、宜しく頼む」
「フフッ、畏まりました兄さん。姉さんの事はお任せ下さい」
「だから何でセパレーティアちゃんに頼むのー!?」
賑やかな会話を交わし、やがてヴィキニスとセパレーティアも馬車の中に乗り込む。そうして同行者全員が乗り込んだところで、最後の一人たるニックに皆の視線が集まった。
「全神の勇者、ニック様。結局貴方様にお縋りすることとなった我等の不甲斐なさを、どうか許していただきたい。そして願わくば…………この国、いやこの世界の未来を救うため、そのお力をお貸し下さい」
「そしてできますれば、どうか私達の娘のことも宜しくお願い致します」
ウマレタ王の言葉に続いて、ソノ王妃がそう言って頭を下げる。
「おい、ソノ!?」
「いいではありませんか。王である陛下には思っていても言えないことを言うために、私は陛下の隣にいるのです。自分が代わってやることもできず、ただただ危険な場所に娘を送り出すだけの無能な親として、厚顔無恥の誹りを受けようとも構いません。どうか娘にも、未来を……」
世界のために必要だと言われても、自分の娘が犠牲となることを親が望むはずがない。己の不甲斐なさと娘の不憫さで日々泣き暮らすソノだったが、ニックが現れたことで娘に助かる可能性が見えた。ならばなりふり構わずそれにすがろうとするのが母親であり……ならばこそニックは大きく頷く。
「うむ、任せておけ。何せ儂が同行を頼んだのだからな。アルガにはかすり傷一つつけることなくお主達の元へと返す。同じ娘を持つ親として、亡き妻の名に誓おう」
「……………………」
「……ありがとうございます」
何も言えない王は無言のまま唇を噛みしめ、王妃は涙を浮かべながら礼の言葉を口にする。そんな二人にもう一度力強く頷いて返すと、ニックはクイコミリアムの方へと顔を向けた。
「ミリアムよ、町の方は頼むぞ?」
「お任せ下さい。勇者様のおかげで、全軍を防衛に回すことができました。これからすぐに各地の町へと出立し、厚く防備を固める手筈となっております。これならばどれほどの陰獣が攻めてこようとも、必ずや町を、民を守り切れることでしょう」
「おお、頼もしいな。ならば後顧の憂い無し! そろそろ儂等も行くとするか」
ニックの巨体が御者席へと登り、パチンと手綱を振るえば馬車がゆっくりと動き出す。開け放たれた城の正門を抜けると大通りには溢れんばかりの民衆が左右に並び、皆一様に歓声をあげている。
「姫様ー! 頑張って下さいー!」
「陰獣なんかやっつけちゃえー!」
「これはまた凄い人気だな」
「そうですね。でも一番声援を集めているのは、ニック様だと思いますよ?」
「そうか?」
窓から顔を出して手を振るアルガの言葉に、ニックはとぼけたように言う。そんなニックの方に顔を向けると、アルガは楽しそうにクスクスと笑う。
「そうですとも。だって伝説や神話の類いであった、全神の勇者様の勇姿がその目で見られるのですから」
「むぅ……」
今現在、ニックは当然のように全裸だった。「出立に際してその姿を見せ、不安に怯える民を勇気づけて欲しい」などと申し出られてしまえば、服を着ることなどできるはずもない。
そして生まれて初めてみる全神の様相に、民もまた興奮して声をあげている。
「すげぇ! 本当に服を着てないぞ!?」
「あんなに肌を晒して大丈夫なんて……ああ、神よ!」
「おかあさん! ぼくもおおきくなったら、ぜんらーのゆうしゃさまみたいになりたい!」
「そうね、頑張ればきっとなれるわ」
この世界において、白日の下に肌を晒すというのは恥ではなく名誉である。神に愛され神の加護を受け入れる度量を持っていると知らしめることは強さと権威の象徴であり、ならばこそ一糸纏わぬ……股間に獅子頭はついているが……ニックの姿は人々の胸にこれ以上無いほどの希望となって映り込む。
『世界が変われば常識が変わるのは当然だが、まさか貴様の裸がこれほどまでに賞賛される場所があるとはな……色々と思うことがないわけでもないが』
「たまにはこういうのもよかろう。それに裸の方がいいというのなら、ナットゥ達のところもそうであったではないか」
『確かにあれもそうだが、あちらは極めて原始的な生活をしていたからな……まあ、今更無粋なことは言うまい。ほれ、声援に応えてやれ』
これほどの期待を受ければ、オーゼンとて悪い気はしない。ならばとニックが手を触れば、それを見た群衆が一際大きく沸き立つ。
「姫様ー!」
「勇者様ー!」
歓声に応えるニックとアルガ。そんな二人とは対照的に、馬車の中で不満げな顔をする者がいる。
「……ねえセパレーティアちゃん。何で私達は顔を出して挨拶しないわけ?」
「そりゃ、私達は有名人ってわけじゃないもの。挨拶したいって言うなら止めないけど、誰だかわからなくて変な顔をされちゃうわよ?」
「ぶー! 何かつまんない」
「いいじゃない。私も姉さんも王国の騎士。そもそも普通に作戦が実行されていたら、軍勢のなかに紛れて顔もわからなかったはずなのよ?」
「そうだけど……お?」
と、そこで窓の端から外を眺めていたヴィキニスの目が、通りにいた少女と会う。すると八歳くらいと思われる少女が、自分の方を向いて大声で叫んだ。
「お姉ちゃん、頑張ってー!」
「お、姫様以外にも馬車に乗ってるのか? 頑張れよー!」
「勇者様と姫様を宜しくなー!」
「…………っ!」
声援を受けたヴィキニスが、慌てて体ごと馬車のなかに引っ込む。だがその顔は喜びと恥ずかしさで真っ赤になっており、口元を押さえてフルフルと震えている。
「フフッ。頑張りましょう、姉さん」
「……………………」
無言でコクコクと頷く姉に、セパレーティアは優しい笑みを向ける。そうして王都の人々に見送られ、一行は遂に聖地ハダ・カンボへの旅を開始した。





