父、受け止める
「すぅぅ…………はぁぁ…………」
腰から剣を抜き、その柄を胸の前で両手持ちしたクイコミリアムが深い呼吸を繰り返す。少しでも己を研ぎ澄まそうと目を閉じて集中すると、その口から意図せずポロリと心情が漏れていく。
「正直……思い上がっておりました。聖鎧ヴィクトリアスを三武まで着こなし、この国最強などとおだてられ……裾の一つも捲り上げぬ勇者様の御姿に、これまでの努力を侮辱されたような気分すら感じておりました」
露出した肌を覆う光が、徐々に徐々に強くなっていく。それと同時に特異な形の鎧がほんの僅かにその幅を狭め、股間部分が更なる鋭角に切れ込んでいく。
「ですが、今の一撃……いえ、目にも留まらぬ三撃にて、己の未熟を思い知らされました。私の実力は全く肌を露出しない勇者様にすら、遠く及ばない。
祖国の名を刻みし聖剣、スッパダカリバーよ! その刀身に神の光を宿せ!」
クイコミリアムが高々と剣を掲げれば、その刀身に光が集まっていく。小さな太陽が生まれたかのような眩い輝きに、しかしアルガが焦った声を出す。
「クイコミリアム! このような場所でそんな力を! それもニック様に向かってなど――」
「構わぬ!」
そんなマルガに対し、ニックはクイコミリアムを見つめたまま強い言葉を投げかける。
「これがどれほどの一撃であろうとも、周囲に如何なる被害も出さずに抑え込むと約束する! 儂を信じてくれるならば、このまま見守っていてくれ!」
「ニック様…………わかりました。ですが、万が一の措置はとらせていただきます。兵達よ、ニック様の背後、練兵場の壁際にて盾を構えて防御陣形を取りなさい!」
「「「ハッ!」」」
ニックの嘆願を受けて、アルガが練兵場にいた兵士達に命を下す。それを聞いた兵士達は素早く言われたとおりに動き、分厚い盾を構えた兵士達がニックから離れた背後に列を成して並ぶ。
「これで準備は整いました。では、どうぞご存分に」
「感謝するぞ、アルガよ」
「感謝致します、姫様……そして全神の勇者、ニック様。これが私の……この国最強の騎士に放てる、最高にして最強の一撃! 人類の可能性を、どうかその身でご照覧あれ!
イヤァァァァァァァ!!!」
「むぅん!」
裂帛の気合いと共に、スッパダカリバーが振り下ろされる。猛然たる光の奔流に誰もが思わず目を閉じてしまい……その目が再び開かれた時、そこに立っていたのは神々しくも美しい、全神の勇者の姿。
――なお、咄嗟に発動した「王の尊厳」により、きちんとその股間は守られている。
「あれが…………」
「勇者様の、真のお姿……」
「うむうむ、素晴らしい一撃だったぞ! 見事に服を吹き飛ばされてしまったわい」
「はぁ……はぁ…………この身に余る光栄です……っ!」
その場の全員がその勇姿に見蕩れるなか、ニックの差し出した手を息を荒げて膝をついていたクイコミリアムが取る。そしてそんな二人の側に、三人の少女が駆け寄ってくる。
「ニック様!」
「おお、アルガか。無理を言って済まなかったな」
「いえ、いえ! とんでもございません! 素晴らしい……本当に素晴らしい戦いでした。クイコミリアムも、よくぞここまで力を練り上げました。この国の王女として、貴方の研鑽を誇りに思います」
「ありがとうございます姫様。そしてお許し下さい。己の無力を知らしめられただけだというのに、この胸を満たす感動がどうしても抑えられないのです。
ああ、勇者様! そのお力に、そのお姿に! 心よりの敬意を!」
「そうか。勝者として年長者として、その賞賛を受け取ろう」
全力を出して敗北した相手に、勝者が「自分は大したものではない」などと謙遜するのは酷い侮辱だ。ならばこそニックは笑顔でそれを受け入れ、そんなニックをクイコミリアムは熱の籠もった目で見つめてくる。
そして熱い視線を向けてきたのは、クイコミリアムだけではない。
「あ、あのっ!」
「ん? 何だヴィキニス」
「その、あの……うぅぅ」
自分から声をかけたというのに、ニックに顔を見られたことでヴィキニスがセパレーティアの背後に隠れてしまう。
「ちょっと、姉さん? 何で私の後ろに隠れるの?」
「だ、だって!」
「だって、何?」
「……何でもないけど! でもいいの! 仕方ないの!」
「ハァ、本当に姉さんは……申し訳ありませんニック様。姉は体つきは大人なのに、精神の方はまだまだ子供なようで……」
「子供じゃないもん!」
「……そんな事を言うのが子供だって言うのよ」
「むーっ!」
「ハッハッハ、やはりお主達は仲がいいな。まあその様子だとどちらが姉か妹かわからなくなりそうだが」
「あーっ! 勇者様まで私のこと子供扱いするんですか!?」
「ふむん? 子供扱いとまでは言わぬが……まあ可愛らしいとは思うな」
「か、可愛い!?」
戦う者としてのヴィキニスはともかく、こうして妹とじゃれ合っているヴィキニスの姿は、ニックからすると小さな子供が戯れているようにしか見えない。だからこそそれを「可愛い」と称したのだが、それを違った意味で受け取ったヴィキニスは瞬時に顔を真っ赤にし、クルリとニックに背を向ける。
(可愛い!? 可愛いって言われた!? あんな凄い、全神の勇者様に!?)
チラリと視線だけを向ければ、勇者ニックの鍛え上げられた筋肉が目に入る。自分より強い男が好きだと公言しているヴィキニスからすると、その姿はあまりにも目に毒だ。
「あのっ! あの、あのっ! 勇者様!」
「ん? 何だ?」
「あのっ! わた、私! その……か、陰布を……」
「陰布?」
「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おうっ!?」
突如として、ヴィキニスが叫び声をあげながらその場を走り去ってしまった。その態度にニックは首を傾げ、セパレーティアはもう何度目かもわからない呆れたため息をこぼす。
「本当に姉さんは……陰獣相手ならばあんなに勇敢なのに、どうしてこう……すみませんニック様。もしまた姉が声をかけましたらば、どう返答するにせよ優しく接していただけませんか?」
「むぅ? それは勿論構わんが……?」
「宜しくお願い致します。騎士として戦場に立つ者なれば多少の痛みはものともしないでしょうけれど、それでも一応初めてのはずですので」
「???」
「では、私は姉を追いますので、これで失礼させていただきます」
頭の上に果てしなく疑問符を浮かべるニックに、セパレーティアは一礼してその場を去って行く。その後はいくらか体力の回復したクイコミリアムも仕事を終えた報告があると言って立ち去り、結果ニックもアルガと共に練兵場を後にすることとなった。
「なあアルガよ。さっきのあれはどういう意味があったのだ?」
思ったよりも練兵場で時間を使ったため、外に出る前に昼食を取るべく城内を戻っていくニックが、隣を歩くアルガに疑問の言葉を投げかける。
「あれ? あれというのはどれのことでしょうか?」
「セパレーティアの言っていた言葉だ。何となく予想がつかなくもないのだが、事が事だけに勘違いしては大問題になりそうだからな」
「ああ、それですか。確かに全神の勇者様であれば、同じ言葉を投げかけられる機会も多くなるかと思われますし、説明は必要かも知れませんね。
どうでしょう? もしニック様がお望みならば、私自身の行動を以てお教えすることも可能ですが」
「あー……それは遠慮しておこう」
「そうですか。それは……残念です」
何かを察して断りの言葉を口にしたニックに、アルガは少しだけ肩を落として微笑むのだった。
※はみ出しお父さん 陰布
神の加護を与える光が期せずして毒のような効果を併せ持ってしまうこの世界において、陰獣の皮を加工して作られた陰布は、光を完全に遮断する道具として必要不可欠な存在であり、どの家の窓にも必ずこれが設置してあります。
また、そこから派生した「陰布を新調したから、光が漏れないか一緒に見守って欲しい」という文言は、一晩を共にして欲しいという強烈な求愛の言葉となりますが……当然ながらそれが通じるのはこの世界の人物だけです。





