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父、翻弄される

(どうやら向こうはこっちの姿を捕らえられないみたいだな……なら、まずはもう少し様子見と行くか)


 ニックより一回りほど小さな魔導兵装マグスギアを操り、男は慎重に砂の大地を這って移動する。魔法による隠蔽機能は常時発動しているが、だからといって全てから完璧に誤魔化せるわけではない。なればこそ慎重に、最小限の出力のみで。


(にしても、恐ろしいほど隙がねーな……ま、そんなのは当たり前だが)


 一定以上の強者が見せる隙など、フェイント以外の何者でもない。自らの手で、自らの意図で作り出した隙以外など、とても怖くて攻められたものではない。


『いくぜ……カソック・ライフル 右』


 男が呟くと、何も持っていなかった右手に青白い魔法の粒子が凝結し、すぐに大きな銃が出現する。初撃に使った狙撃銃よりは小さいが、その分取り回しはこちらの方が上だ。


『ふっ』


 いつもの癖・・・・・で息を吐きつつ、トリガーを引く。発射された銃弾は狙い違わずニックの方へと直進するが、その着弾を確認する前に男は静かに、だが全力で踏み込む。


「こっちか!」


『甘ぇ! キレール・ブレード 右!』


 左背後から飛んできた銃弾は、ニックの拳によりまたも撃ち落とされる。だが人体の構成上、そうするからには体を……何より頭を多少なりとも左側に動かさねばならない。


 必然死角は右にできる。当然ニックはそれを理解し銃弾を撃ち落とすのと同時に右腕を横薙ぎに振るっていたが、それすら読んだ男は左手に青白い刃を生み出し、その切っ先がニックの無防備な脇腹を切りつける。


「ぐっ!?」


『嘘だろ!?』


 くぐもったようなニックのうめき声に、男は思わず驚愕の声を漏らす。同時にトンと足で大地を蹴ると、緊急回避用のブースターを猛然と噴かす。


「逃がすか!」


『いや、逃げるね! バラケル・ランチャー 全弾発射フルバースト!』


 両肩から放たれる六四発のミサイルが、ニックに向かって白煙を引きながら飛んでいく。それに対してニックはすかさず両手を顔の前でクロスして防御姿勢を取り、その結果男はニックの攻撃圏内からの離脱に成功した。


『ふぅ、ヤバかった。てかどうなってんだ? キレール・ブレードで皮膚をちょっと切り裂いただけ? あり得ねぇだろ……』


 キレール・ブレードは魔力を刃の形に凝結した武器だ。高速起動戦が主流となった昨今では刃渡り七〇センチの近接武器など産廃に近いが、反面その攻撃力は重装型の大盾すら切り裂けるほどに高い。


 そんなキレール・ブレードの攻撃を、装甲に頼らず魔法障壁だけでほとんど無効化する……それは男にとっても未知の領域だった。


『骨董品だと思ったが、とんでもない掘り出し物ってわけか。ならまずはアレを無力化する方がいいか? それなら……』


 男の思考が加速し、ニックに対する三度目の攻撃の算段を練り始める。


『狙撃は二度見せた。流石にもう通じねーだろ。なら高速起動で……オペ子ちゃん、ブースターの調子は?』


『一番、二番、四番に異常。完全冷却までカウント一八〇。七番は破損。試合終了まで修復は不可能』


『チッ、ビビって噴かせすぎたか? だがあそこで躊躇ってたら、絶対逃げ切れなかったしな……よし、ならこれでいこう』


 現状を確認し、男の中で次の一手が決まる。風も吹かず雲も無い灼熱の砂漠に、魔導兵装マグスギアの廃熱によって生まれた陽炎が揺らめく――





『おい、大丈夫か貴様!』


「問題無い。ちょっと斬られただけだ。まあせっかく新調したばかりの皮鎧は早速傷物になってしまったがな」


 ニックが体に力を入れて僅かばかりの傷口をピッタリと塞ぐと、残念そうな顔で皮鎧の裂け目を撫でる。思い入れ……というよりは思い出のある品だっただけに悲しくはあるが、切り口が鋭かったおかげで逆に修復は容易そうだったため、すぐに気を取り直す。


『まさか貴様に攻撃を通す存在がいるとは……』


「何を言っておるオーゼン。儂だって怪我くらいするぞ? まあ確かに血を流したのは久しぶりな気がするがな」


 そう言って笑うニックの顔に、焦りの色は微塵もない。最初から強かったわけではないニックにとって、たとえ久しぶりであったとしても傷を負うことなど特別ではないからだ。


「それより、問題は彼奴の気配が全く感じられないことだ。おかげで回避がやりにくくて敵わん」


『気配か……我が感知できぬのは、おそらく魔法的な力で存在を隠蔽しているからであろう。だが貴様に感じられぬという理由はわからぬ。すまぬが今回は役に立てそうにないな』


「気にするな。誰にでも向き不向きというのはあるものだからな」


『むぅ……』


 ニックの励ましに、オーゼンは不満そうに言葉を詰まらせる。もっと戦闘向きな能力を「王能百式」にて具現化していれば話は別だが、股間の獅子頭や異種言語翻訳能力を戦闘に活用する方法は流石のオーゼンでも思いつかなかった。


「それに、どうやら環境は儂に味方したようだ。ほれ」


『ん?』


 言ってニックが顎を動かした先にオーゼンが意識を向けると、そこでは空気がユラユラと揺れているのが感じられる。


『あれは陽炎、か?』


「そうだ。どうやらあの鎧は動く度に猛烈な熱を発するらしいな。もっと涼しい場所や障害物があればわからなかっただろうが……」


 ニヤリと笑って、ニックの足が大地を踏み込む。陽炎の立つ場所に敵がいると判断し、一歩二歩と高速で砂漠を走り――


「ぬおっ!?」


 不意に、踏み込んだニックの足下で爆発が起きる。それは次々と連鎖して、ニックの周囲に衝撃と砂埃を立ちこめさせる。


「ちょこざいな!」


 常人なら一つめの爆発で足どころか下半身が吹き飛び、連爆後には肉片と成り果てているような攻撃であっても、ニックにとってはやや熱い程度でしかない。その場で腕を振るって砂埃を振り払うと、いつの間にか眼前に光の尾を引く三つの弾が飛んできている。


「この程度……おぉ!?」


 流石に迎撃は間に合わず、ニックはその場で高く飛んでかわす。だがその弾は突如として方向を変え、ニックの方へと曲がってくる。


「なら撃ち落とすまで!」


 一度上に飛んでしまえば、着地するまでは死に体。だがそこはニック。空を蹴って勢いをつけると、自分に向かってくる弾を全て拳で撃ち落とした。バチンと音がして破片になった弾が地面へと落下し……その途中で光を取り戻し、包み込むような挙動でニックの周囲全てから襲いかかる。


「ぬぅ、鬱陶しい!」


 体をきりもみ回転させながら地面へと高速落下し、その勢いでまとわりついてくる弾を全て弾き飛ばしたニック。だがそれ故に着地の衝撃は深く、柔らかな砂の大地に足を取られて深く腰を落としてしまう。


『もらったぁ!』


 そこに声を上げて突っ込んでくる鎧の男。その両手には自身を傷つけた青白く光る刃が宿っている。着地直後の硬直を狙われ、それはまさに不可避の一撃。


「ふんっ!」


 故にニックはかわさない。鍛え上げた己の体を信じ、両腕を盾に輝く刃を受け止める。ズンッという衝撃とともに、腕に刃が食い込む感触。だがそんなもの、致命傷とはほど遠い。


『チッ! ならこいつで――』


「やらせるか!」


 不意に男の手首辺りから生えていた刃が消え、その代わりに青い粒子が集まるのが見える。無論それを許すニックではなく、素早く一歩踏み込んで自らの両手で男の両の手首を掴むと、鎧兜のすぐ側に己の顔を寄せて笑う。


「さあ、ここからどうする?」


『は? 何言ってんだか』


 その状況で、男はニックを嘲るような声を出した。もっとも、その理由をニックは理解している。自分の背後で砕いたはずの破片の一つが、ニックに向かって飛んできているのを感じていたからだ。


 察知している不意打ちなど恐るるに足らず。ニックはその姿勢のまま頭を動かし回避する。それで決着……本来ならばそうなるはずだった。


 ニックは忘れていた。今この瞬間、己の耳がいつもよりほんの少しだけ長いことを。


『ぐあっ!?』


「オーゼン!?」


 耳に伝わるのは、オーゼンの悲鳴と何かが砕けた衝撃。ニックが驚き戸惑った一瞬の隙に、男は戒めから解き放たれニックの拳の間合いから外れる。


「うぉぉぉぉ!!!」


 その瞬間、ニックは眼前の砂地を殴りつけた。猛然と舞い上がる砂の壁が二人の視界を分かち、次の瞬間男の前からニックの姿が消える。


『だから言っただろ? 「もらった!」ってな』


 取り残された男は、姿の消えた好敵手に対し、満足げにそう呟いた。

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