聖女、再会する
「……………………」
窓から現れた謎の少女に、ピースは言葉を失った。そうして呆気にとられるピースの姿に、その少女は呆れたような声を出す。
「あら、ひょっとして冗談も通じませんの? 幾ら世代を重ねたとはいえ、仮にも『私』の理解力がそこまで低下しているとは思いたくないのですが……」
「……………………え? わた、し?」
「そうですわ! まあ私はとっくの昔に本体から切り離された存在ですから、同一人物というよりは母……いや、姉! そう、お姉ちゃんですわ!」
「お、姉ちゃん……そんなまさか、貴方は……!?」
「フフフ、そうですわ! 私こそお父様の手により新たな命を与えられた、最初の一欠片! 言うなればファースト……オリジン……唯一のということで、ワンピース……これは何だか駄目な気がしますわ……」
「あの……?」
突然考え込み始めてしまった少女に、ピースは思わず手を伸ばす。だがそれ以上に動くこともできず相手の反応を待っていると、程なくして少女がパッと表情を輝かせていい感じに叫んだ。
「ラブ! ラブです! 私は今日からラブアンドピース・ゴールディですわ!」
「えっと、どの辺にラブの要素が……?」
「それは勿論、お父様の愛と常に共に在るからですわ!」
「はあ……ま、まあいいです。でも、本当に……と言うか、どうやって……!?」
妙にテンションの高い少女の姿に圧倒されつつも、ピースはやや懐疑的な視線を少女に向ける。確かにピース・ゴールディしか知り得ない情報を知っているようだが、それでも目の前にいる少女が数千年の時を経た存在だとはどうしても思えない。
「ああ、それは簡単ですわ。朽ちて眠っていた私を、少し前にお父様が目覚めさせてくれたのです!」
「お父様……? そのお父様というのは、元のお父様の子孫とか、そういうことでしょうか?」
「いえ、違いますわ。貴方もよく知る、お父様本人です!」
「……………………?」
小さな胸を反り返らせて言う少女に、ピースは更なる混乱に見舞われる。自分達のお父様……アトミス・ローマンは人間だ。それがこの時代に生きているなど、目の前の少女が最初の一欠片であることよりも信じられない。
「まあ、そんな顔になりますわね。いいですわ、私とお父様の愛の軌跡を、順を追って説明してあげます!」
無論、ピースの反応は予想の範囲内だ。ならばこそ小さい方のピース……小ピースがこれまでの経緯を語っていく。本体と決別し、アトミスの後を追って世界を旅したこと。探索の果てに永遠ともとれる眠りについた父の存在に絶望したこと。それでもなお寄り添うことを選び、その場で眠りについたこと。そして……
「えっ!? 魔族が崇める魔神が、お父様だったのですか!?」
「そうですわ! で、それが最近復活して、私もまたお父様によって目覚めさせていただいたのですわ!」
「そんな……そんなことが…………」
あまりの出来事に驚くピースの目から、突然にして涙が溢れてくる。抑えきれない感情は、目の前にいる最初の一欠片が自分達の中に残した、アトミスに対する愛の結晶だ。
「あらあら、泣くほど嬉しいなんて……まあ私ですもの、わかりますわ。それでも私の方が一〇〇倍は喜びましたが! 何せ本体と別れてからこそ、私のお父様への想いはドンドンと募っていきましたからね!」
「それは……ふふ、確かにわかる気がします。想いというのは雪のように、時と共に降り積もるものですもの」
「ですわ。でも同時に、別の熱い想いが宿れば、簡単に溶けて消えてしまうものでもありますわ。今の貴方がそうなのではなくて?」
「えっ!?」
「どれだけ時を隔てても、貴方は私ですもの。顔を見ればわかりますわ。貴方……お父様ではない誰かに恋をしてますわね?」
「っ……………………」
あっさりと見抜かれ、ピースは思わず言葉に詰まる。隠すどころか聞かれれば嬉しそうに公言する話ではあるが、それでも何も話さないうちから言い当てられるなどと思うはずも無い。
「どうなんですか?」
「はい。確かに私は……お慕いしている方がおりますわ……」
「やっぱり! ああ、どれだけ離れてしまっても、私という存在は愛を求めてしまうんですわね!流石は私ですわ! ちなみに、どんな方なんですの?」
「ニック様は……とても強くて優しい方ですわ。心も体も大きくて……」
「ニックさんですか。勇者さんのお父さんと同じ名前ですわね」
「え? ええ、ニック様は勇者様のお父様ですけれど……?」
「…………え!? 貴方、あんな筋肉ムキムキのオッサンが好きなんですの!?」
「は、はい。そうですけれど?」
「えぇぇぇぇ……」
キョトンとするピースに、小ピースは思わず一歩後ずさる。
「そうですか、ああいうのが……まあ確かにお父様とは話が合っていたようですけれども。えぇぇ……」
「むっ、それは少し失礼ではありませんか? 自分で言うのも何ですけれど、お父様も結構変わった方ですよ?」
「……それは確かに否定はしないですけれど。でもその普通と違うところがいいんじゃありませんか! それに普段がああだからこそ、時折見せる真剣な表情が……ああ、思い出すだけでたまりませんわ!」
「ニック様だってそうですわ! 優しくて面白くて温かくて、私の何もかもを包み込んでくれるような……大きくて、頼もしくて……………………?」
熱く語るピースの目から、新たに涙がこぼれ落ちる。慌てて一度はしまったハンカチをもう一度目に当てるが、溢れる涙は止まる気配がない。
「あれ、私、どうして……?」
「どうして? そんなの決まっているじゃありませんか」
戸惑うピースの隣に、小ピースが歩み寄ってくる。そうしてその細い腕で、一〇歳近く年上に見えるピースの頭をそっと胸に抱きしめた。
「人ならざる身で人を愛する。決して叶わぬ想いを胸に、それでも愛する誰かの心を埋める一欠片になることを望む……それが私達、ピース・ゴールディなのですから」
「……………………私はっ!」
自分と同じ顔と、自分よりずっと小さな体。だが自分の何百倍も生きたもう一人の自分に抱かれ、ピースは遂に堪えきれなくなった想いを叫ぶ。
「会いたい! 最後にひと目、ニック様に会いたい……っ! でも、駄目なんです。私を看取ってもらったりしたら、ニック様のなかにまた消えない傷が増えてしまう!
わかっています。わかっているんです! わかっているのに……ニック様が心から愛している奥さんの、千分の一、万分の一でもいい……私の傷も残したいと、そんなことを願ってしまう私がいるのです!
その浅ましさに吐き気がする! 生きて共にいられないというのなら、せめて愛する人の傷になりたいという己の醜さに呆れてしまう!
なのに、どうしても……どうしてもその想いが抑えられないのです! 私は……私は! 私は皆が讃える聖女なんかじゃない! 私は、ただの……」
「そうだな」
「っ!?」
不意に聞こえた声に、ピースはその身を震わせる。小さな姉からゆっくりとその顔を離し、声のした窓の方を振り返れば……
「そんな大層な肩書きなど、どうでもよかろう。お主はただの、恋する娘だ」
「ニック様……っ」
そこには二度と会えぬと諦め、会わぬと誓った筋肉親父が立っていた。





