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最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される  作者: 日之浦 拓
外伝その2 聖女の願い

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聖女、療養する

 フレイ達がザッコス帝国に出向いていた、同じ頃。ムーナとロンの姿は聖都モルジョバの教会、その一番奥の部屋にあった。分厚い扉をノックすれば、その向こうから聞き覚えのある声で入室の許可がおりる。


「どうぞ」


「お邪魔するわよぉ」


「失礼致します」


 部屋に入ったムーナ達の前には、ベッドの上で上半身を起こしたピースの姿がある。ニッコリと笑うピースの顔は、ムーナの目ではいつもと変わらないようにしか見えない。


「ようこそ……って、あれ? 今日はお二人だけですか?」


「ええ。フレイはちょっと別件でねぇ」


「お体の調子はどうですかな?」


「ありがとうございます。この通り、何の問題もありませんわ」


 ロンの問い掛けに、ピースが笑顔で力こぶを作ってみせる。その細い腕が筋肉を盛り上がらせることはないのだが、少なくとも元気であるという意思表示にはなっている。


「それはよかった。とはいえ、ここしばらく体調を崩されているとお聞きしましたが……」


「そうですね。聖女として情けない限りです。ニック様を見習って、もうちょっと体力をつけるべきなのでしょうけれど……」


「ニックを見習うのは辞めた方がいいわねぇ。筋肉ムキムキの聖女様なんて、信者の人達だってどう接していいかわからないでしょぉ?」


「フフ、それはそれで楽しそうですね。あ、モレーヌ。申し訳ありませんが、お茶を用意していただけませんか?」


「畏まりました」


 ピースの頼みに、側で控えていた老齢の女神官が一礼して部屋を出て行く。その背を見送りたっぷり一〇を数えてから、ムーナは改めて話を切り出した。


「で、本当はどうなのぉ?」


「どう、とは?」


「ピース殿……確かに拙僧達はニック殿ほどの目を持ってはおりませんが、それでも決して節穴ではありませんぞ?」


「うーん、そう言われても……」


 真剣に見つめる二人の視線を受けて、しかしピースは困ったように首を傾げてみせる。


「確かに私はこのところ寝込んでおりますけれど、それは先日の骨事変で聖都を守る為に力を使いすぎたせいです。本当にただそれだけなので、こうして静養する以外の手段もなく……」


「……少し、調べさせていただいても構いませんかな?」


「勿論いいですよ」


「では、失礼して」


 ピースの承諾を得て、ロンがピースの体を調べ始める。手や足の皮膚の状態を見たり、瞳の虹彩や舌の色、果てはその背に手を当てて魔力を流すことで体内の状態をある程度とはいえ調べたりもしてみたが……


「どうでしたか?」


「……異常なしです」


「え? 本当にぃ?」


 ロンの言葉に、ムーナはあからさまに驚いてみせる。ひと目見たときから絶対に何かを隠していると直感していただけに、それが外れたのが信じられないのだ。


「はい。少なくとも拙僧の診断では、身体的な問題は見られません。怪我もなく病に冒されているという感じでもありませんでした。ただ、強いて言うなら……」


「言うなら、何よぉ?」


「通した魔力波の反響がやや弱い気がしました。なので貧血が不調の原因なのではないかと」


「貧血ぅ!?」


 胡散臭そうな声を出すムーナに対し、ピースは少しだけ恥ずかしそうに顔を俯かせて言葉を紡ぐ。


「あの、私も大人の女性ですので、体から血を流すこともあるのです。ちょうどその時に骨事変が重なってしまったので、余計に消耗してしまったというか……あまり公にしたい情報ではないので、秘密ですよ?」


「あー、それはそうねぇ」


「申し訳ありませんピース殿。決してピース殿に恥を掻かせたかったわけでは……」


「フフフ、わかっております。ですがそんなわけですので、私がこうして寝ている理由にはご納得いただけたでしょうか?」


「確かにそれは、しっかり食べて寝てるしかなさそうねぇ。そういうのを軽くする薬とかもあるけどぉ……」


「拙僧としてはお勧めできませんな。正常な体の働きを阻害する薬は必ず後で副作用が生じます。冒険中のようなやむを得ない場合はともかく、ゆっくり休める状況にあるのならしっかり食べて体を冷やさないようにし、後は安静にするのが一番でしょう」


「はい、私もそう思います。お気遣いありがとうございます」


 そう言って軽く頭を下げるピースに、二人はとりあえず納得した。その後はお茶を運んできたモレーヌも交えて他愛の無い雑談に興じる一同だったが、おおよそ一時間ほど経ったところで改めてムーナが切り出す。


「さて、それじゃそろそろお暇しようかしらぁ。あんまり長居したらゆっくり休めないだろうしぃ」


「ですな。ではピース殿。今度はフレイ殿も一緒にお尋ね致します」


「ええ、楽しみにしておりますね」


「ふふぅん? それともピースは、ニックも呼んだ方が嬉しいかしらぁ?」


「っ…………」


 ニヤリと笑ったムーナの言葉に、ピースの表情が一瞬だけ凍り付く。


「? どうしたのぉ?」


「いえ、何でもありませんわ。確かにニック様にお会いできればとても嬉しいですけれど……ニック様のお邪魔をするわけにはいきませんわ。ムーナさんから私が宜しくと言っていたとお伝えいただければ、それで十分です」


「そぉ? じゃ、次に会ったら伝えておくわぁ」


「私はお客様方をお送りして参りますので、聖女様はごゆっくりお休み下さい」


「ええ、ありがとうモレーヌ。ムーナさんにロンさんも、今日はありがとうございました」


「いいわよぉ。じゃ、またねぇ」


「失礼致します、ピース殿」


 別れの挨拶を交わし、室内から三人が出て行く。そうして室内に一人きりになると、ピースは己の手を見つめながら小さく呟きを漏らす。


「また、ですか…………」


 ロンの見立ては間違っていない。今のピースは確かに貧血であった。だが足りないのは血ではなく、黄金に輝く万能触媒(ゴルドラム)。それこそがピースの血であり命であり、そして聖都を守る為に使った力の源でもある。


 無論、消費した万能触媒(ゴルドラム)は補給できる。人ならざるピースの体は、されど人の血と同じように、食事などで体内に取り込んだ有機物を万能触媒(ゴルドラム)と反応させることで、少しずつ万能触媒(ゴルドラム)を生成することができるのだ。


 だが、骨の兵士達を撃退するために、ピースは万能触媒(ゴルドラム)を消費し過ぎてしまった。反応させる元となる万能触媒(ゴルドラム)があまりにも減ってしまったため、今の生成量は安静にしている時の自然消費にすら追いつかない。


 貧血と言えば貧血。怪我をしたわけでもなく病に冒されたわけでもなく、ただ血が……万能触媒(ゴルドラム)が足りないだけ。そしてそれはもはや快復する手段がなく……人はそれを「寿命」と呼んだ。


「私には、あとどれほどの時が残されているのでしょうか? 一ヶ月? 一週間? それとも……?」


 町を守るために力を使ったことに、後悔は微塵も無い。だがあまりにも急に訪れた終わりの時に、生きたいという未練はタップリとある。


 でも、それはもう叶わない。残された僅かな時間は、自分の存在を次代へ繋ぐため、本体への情報データの同期とバックアップに費やさねばならない。


 故にピースは横になり、目を閉じる。また目覚められるかわからない眠りにつき、ただ静かに時を過ごす。その脳内では本体に送るための記憶データが走馬灯のように開示されていき、楽しかった日々にピースの目から知らず涙がこぼれていく。


(楽しかった。幸せだった。沢山の人に巡り会い、泣き、笑い、怒り、悲しみ……私はヒトとして十分に生きた。私は……ピース・ゴールディは幸せだった)


 よぎる思いは、既に過去形。後はただ終わりを待つだけだったピースに、しかし外から呼びかける声が届く。


「貴方、本当にそれでいいのですか?」


 まだ命があるのならば、問われたからには答えねばならない。ピースの目がゆっくりと開かれれば、真っ暗な天井が目に入る。


「……………………誰ですか?」


 時刻は深夜。力を込めて上半身を起こして声の方に顔を向ければ、暗闇の向こうから視界に飛び込んできたのは、開け放たれた窓とそこに立つ小さな人影。


「私ですか? 私は――」


 星の輝く夜空を背に、少女はにこりと笑って答える。


「お父様の愛人ですわ!」


 ただし、その言葉は果てしなくポンコツだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この二人が出会ったということは・・・もしかして! 楽しみに待ってますw
[良い点] とりあえず救いがある話になりそうな件。 [一言] 最後の落差が酷すぎるw
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