父、蹴られる
「何だ、あれは……!?」
魔導潜の内部に映し出された光景に、一行が驚愕に包まれる。そんななか唯一事情を知っているアトミスだけが余裕の笑みを浮かべ、その答えを口にする。
「ふふふ、スゲーだろ? あれこそこの世界の周囲を覆う結界を維持している装置のある場所で……更に言うならば、中央集積倉庫だ」
『何だと!?』
アトミスの発言に真っ先に反応したのは、他ならぬオーゼンだ。
『これが中央集積倉庫……通常では探知できない場所にあるだろうとは思っていたが……一体ここは何処なのだ?』
「何処って言われると答えづらいな。座標的にはゼロゼロゼロ……世界の中心ってことになってるが、本当にそうなのかは調べようがない。この周りに広がってるのは世界を覆う結界と同質のもので、外は多分虚無の海だしな」
「多分? お主のような男が外に出てみることをしていないのか?」
「まあな。調べる余裕がなかったってのもあるが、下手なことをしてこの施設に不具合が出るのは絶対に避けたかった。何せここには妹が眠ってるからな」
「む、そうか……」
如何にも好奇心旺盛なアトミスではあるが、妹の無事は如何なる感情にも勝る。ましてや自分ですら完全な理解の及ばないほどに高度な施設となると、余計な負荷のかかるような実験をしないのはむしろ当然であった。
「ま、もうちょっと詳しいことは歩きながら話してやるよ。ピース、まっすぐ行くと上下の四角錐の合わせ目部分に入り口があるから、そこに接舷してくれ」
「了解ですわ!」
アトミスの指示に従い、ピースが魔導潜を操船していく。そうして指示された場所に入り込むと、ニック達は魔導潜を出て中央集積倉庫の内部へと足を踏み入れた。
「おぉぉ……これは何とも不思議な作りだな。空中回廊とでも言うべきか?」
「これ、落っこちないわよね? 底が見えないんだけど……」
「シズンドルともちょっと違う感じねぇ」
「珍しいもんが色々あると思うけど、とりあえずその辺のものに触ったりするのは辞めてくれ。じゃ、行くぜ」
キョロキョロと内部を見回すニック達に軽く注意してから、アトミスが歩き出す。その背後に一同が着いてくるのを確認してから、アトミスは改めて会話を続けた。
「見りゃわかると思うけど、ここの作りってかなり特殊だろ? アトラガルドの建築様式ともまた違う感じでさ。で、それが何でかって言うと……実はこれ、アトラガルドが作ったものじゃないらしいんだよ」
「ほぅ、そうなのか?」
「ああ。ま、考えりゃわかるけどな。世界の創世よりアトラガルドの誕生が早いってことはないわけだし」
「ああ、それはそうねぇ」
アトミスの説明に、ムーナが大きく頷いて納得する。それに続いて声を出すのはロンだ。
「では、誰がこれを? まさか神ですかな?」
「うーん。それは神をどういう存在と定義するかによるけど、順当に言うなら世界が一つだった頃に存在した文明が、砕けた世界を世界として維持できるように作ったのがこれだろうな」
「先日お聞かせいただいた『一なる世界』という話ですか……正直規模が大きすぎて、拙僧の理解を超えているのですが」
頭の後ろで両手を組みながら話すアトミスに、ロンが悩ましげに表情を歪める。
「正直、俺にも『これが正解!』みたいなことは言えねーよ。ただここに残ってた資料とかから推察すると、どうやら何らかの偶然で地上に落ちた異空間収納目録を当時の人間が拾って、そこから出てきた不思議な魔導具を使ってその勢力を拡大し、最終的には世界を支配して巨大な単一国家、アトラガルドになったってのが真相らしいぜ」
『なんと!? 偉大なるアトラガルドが、天からこぼれ落ちてきたものを拾い集めて誕生したというのか!?』
「そう驚くことでもねーだろ? あんまり歴史資料は残ってないみたいだけど、初期のアトラガルドの発展具合は明らかにおかしい。むしろこういうタネがあったからだって言われてスッキリ納得できたくらいだぜ」
『むむむ……』
「そんな理由もあったからこそ、『利権の問題』なんて誤魔化して、誰もこの場所を知らないことを隠してたんだろうしな。異空間収納目録自体はここに来なくても作れるし」
「そうなのか? 以前にオーゼンから『中央集積倉庫に辿り着けさえすれば魔法の鞄を作れる』と言われたことがあるのだが」
思い出した疑問を口にするニックに、アトミスは軽く頷きながら答える。
「それも間違っちゃいねーな。異空間収納目録……魔法の鞄ってのは、要は鞄なり何なりの口にこの場所へと繋がるゲートを常時展開させてる魔導具ってことだけど、それに必要なのは最低限異空間を繋ぐゲートを構築できる魔力や技術と、あとはここへのアクセスコードだ。
ゲートの構築は問題ないだろうから、ここにきてアクセスコードを入手できれば魔法の鞄は作れるぜ? つってもこの施設で登録可能なのは一〇二四個までみたいだから、それより多くは無理だが……ほら、あれが魔法の鞄の倉庫だ」
そう言ってアトミスが視線をあげると、その先には透明な壁の向こうに小さく区切られた無数の部屋が存在しているのが見える。
「あれが! ということは今儂がこの魔法の鞄に物を入れると、あの部屋のどれかの中にそれが移動するということか?」
「そのはずだぜ。ただし探知系の魔導具はあの壁を隔ててると効果が無いはずだから、探すならひたすら出し入れしながら全部の部屋を外から見て回るしかねーけど」
「ぬ……興味はあるが、それは流石に手間だな」
「また後にすればいいでしょぉ? 別に二度と来られない場所ってわけでもないんでしょうしぃ」
「いやいや、確かに俺かピースがいりゃ来られるけど、そんなにホイホイ来てもいい場所じゃないからな? ここに何かあったらガチで世界が終わるんだぞ?」
「ははは、随分と心配性だな。こんな巨大な施設が、そう簡単に壊れるわけないではないか!」
何処か責めるような声を出すアトミスに、ニックが気楽に笑って答える。だがその光景を見たフレイとムーナは、神妙な顔を互いに見合わせ頷き合った。
「……そうね。残念だけど、もう来ない方がいいかもね」
「興味はあるけど、世界のためじゃ仕方ないわよねぇ」
「……何故突然意見を翻したのだ?」
『それが本当にわからぬのなら、己の今までの行動を顧みてみることだな』
「むぅ、極めて常識的なことしかしておらんはずだが……痛っ!?」
すっとぼけたことを真顔で言うニックの尻にフレイの蹴りが飛び、それに続いてムーナの張り手がニックの腰をバシバシと叩く。
「突然何をするのだフレイ!? ムーナまで!?」
「ちょっとくらい痛い思いをしないと、父さんはわかんないからよ!」
「そうよぉ! どうせ効きゃしないんだから、少しくらい叩かれておきなさぁい!」
「ぐぅぅ、理不尽な……」
『それを貴様が言うこと自体が理不尽だがな』
「オーゼン!?」
「ははは、こうしていると、本当にニック殿が帰ってきたのだと実感できますな」
「仲良しで羨ましいです。お父様も私のお尻を叩いてみますか?」
「やめて! 向こうのご婦人方から道に落ちた馬糞を見るような目で見られるから、本当に辞めて!」
「大丈夫ですわ! お父様がどんな変態趣味を持っていても、私は全て受け入れてみせます!」
「違うから! ホントそういうの無いから!」
ニックを攻撃する手を止めたフレイとムーナに死んだ魚のような目を向けられ、アトミスが必死にそう言いつのる。だが悪乗りして突き出した尻を振るピースが側にいては、その視線が緩むことはない。
「何かこの流れお約束になってない? 俺的には勘弁して欲しいんだけど……まあいいや。ほら、この扉の向こうが目的地だ」
中空に蜘蛛の糸のように張り巡らされた細い通路を歩き進み、その突き当たりにあった扉の前。そう言ったアトミスが扉に手を触れると表面に青い光が走り、金属製の扉が音も無く開いていく。
「……………………待たせたな、イデア」
万感の思いを込めてアトミスが呟く。その視線の先にあるのは、場違いな様相で乱雑に置かれた大量の魔導具の数々と……液体の満ちた透明な筒の中に浮かぶ、懐かしくも目新しい妹の姿があった。





