父、挑戦者になる
「おおぅ!? な、何だ!?」
『登録? 一体何のことだ?』
ニックのみならずオーゼンまでも、聞こえてきた台詞の意味がわからず混乱する。だが天から降ってくる……正確には天井の隅に据え付けられた魔法道具から聞こえてきている……声は、ニック達の事情を鑑みたりはしてくれない。
『魔導兵装の装着を確認。戦闘開始まで一分です。所定の位置について準備してください。なお時間になっても出撃位置に着いていない場合、戦績にペナルティが発生しますのでご注意ください。繰り返します……』
「おいオーゼン、これは何だ? 戦闘開始とか所定の位置とか、どうすればいい!?」
『我にもサッパリわからんが……とりあえず所定の位置とやらはそこであろうな。ほれ、床が光っておる』
オーゼンの言葉にニックが視線を床に落とすと、確かに部屋の奥にニックがこの遺跡に入ったときと同じような設備があり、その床が淡い光を放っているのがわかった。
「これに乗ればいいのか?」
『待て、まさか乗るつもりか!? 状況は全くわからんが、会話内容から察するにここに乗ると戦闘が始まるのだぞ!?』
「それに何か問題があるのか?」
『…………まあ、無いな』
当たり前のことを何故聞くのかという表情を浮かべたニックに、ほんの一瞬だけ考えたオーゼンが落ち着いた声で答える。
『そうか。常識的にはあり得ない判断だが、貴様ならまずやってみるという選択肢があるのか。戦績ペナルティというのも何だかわからぬし、であれば乗ってみるのも手か……?』
『警告。残り三〇秒です』
「どうするのだオーゼン? この遺跡に関してはお主の判断の方が重要だ。やめておけと言うならやめておくが?」
『いや、貴様がいいなら乗ってみよう。明らかに我らが入ってきたことで反応した仕掛けだ。ならばその先には蟻達の知らぬ何かが待っている可能性が高い』
『残り一〇秒』
「わかった。ならば乗るぞ?」
天の声からのカウントダウンが響く中、戦いになるならばと背嚢を適当な場所に置き、ニックの巨体が輝く床の上に立つ。すると正面の壁がシュンッという音を立てて閉まり、次いでニックの体に浮遊感が襲ってくる。
「昇っている? やはり入ってきたときと同じ仕掛けだな」
『ということは、今から外に出るのか? 戦闘というからには相手がいるのであろうが……』
二人が話す間にも自動昇降機の床は上昇していき、程なくして先ほど閉まった扉が開く。そうして目の前に広がるのは……見渡す限りの平地の砂漠。
「地上には間違いないようだが……場所が違う? こうも何も無いのでは……おっと」
ニックが自動昇降機から一歩踏み出すと、その背後で盛り上がっていた金属柱が音もなく砂の大地へと沈んでいった。地面はすっかり平らに戻り、後には何の痕跡も残っていない。
「なるほど、退路もなくなるわけか。ならば勝負がつけば再び内部に招き入れられる公算が高いが……さて」
軽く腰を落とし、ニックは油断なく周囲を見回す。だが遮るものなど何も無いというのに、見渡す限り何処にも敵らしき存在は見えない。
『なあ貴様よ。我は今とても嫌なことを思いついてしまったのだが……』
「何だオーゼン。手短に話せ」
しばしの静寂の後。それでも油断なく警戒するニックに、オーゼンが僅かに声を震わせて言う。
『ひょっとして、出現するべき敵の方は既に存在しないという可能性もあるのではないか? その場合戦闘はずっと終了せず、我らはあの遺跡に戻れないということになるのだが……』
「…………それは考えていなかったな」
オーゼンの言葉に、ニックの額に嫌な汗が流れる。どんな敵にも負けるつもりはなかったが、存在しない敵に勝つ手段は流石のニックにも無い。
「どうする? もう一度最初の場所を探してみるか?」
『いや。今の様子から見て、あの時地上に自動昇降機が出てきていたのはあの蟻が偶然外に出てきていたからではないか? となると蟻が自主的に外に出るまで待たねばならんぞ? くっ、こんなことなら何故あの時外に出ていたのか聞いておくべきだったか』
「今更言っても仕方あるまい。いざとなったら砂を掘れば……むっ!?」
『魔力反応!?』
不意に、ニックの背後から小さな鉄の塊が飛んでくる。それは音すら置き去りにする速度で正確にニックの首の根元、そこにある頸椎を狙ってきていたが、瞬時に振り返ったニックは飛来した物体……弾丸を左の裏拳ではたき落とした。
『ヒュー! 今のを落とすのか! なるほど、伊達や酔狂でその装備をしてるわけじゃねーってことか』
「誰だ?」
問いかけるニックの前で、突然景色が溶けていく。するとそこには奇妙な全身鎧に身を包んだ人物が立っていた。
『我でも感知できぬ程の迷彩魔法だと!? 此奴一体……!?』
『おいおい、アンタが俺に挑んできたのに、俺を知らないってことはねーだろ。まあいいさ。三世代前どころか五世代前の魔導兵装を使ってやがるから冷やかしかと思ったが、アンタとはいい勝負ができそうだ。期待し――』
「ぬっ!?」
男が言い終わるより早く、ニックの拳が男の腹部を打ち抜く。だがニックの手には何の手応えもなく、ただザザッと男の姿が乱れたのみ。
『何だ今の反応速度!? ハッハッハ。こりゃこんなナリになってまで待った甲斐があったってもんだ! 期待してるぜ? 挑戦者!』
その言葉を残して、男の姿が視界からかき消える。ニックがどれだけ周囲に意識を巡らせても、その存在を感知することができない。
「何者だあの男? この儂が全く気配を感じられぬとは」
『我も同じだ。アトラガルドの至宝である我が、まさか攻撃される直前まで存在を感知できぬなど……そもそも魔導兵装とは何だ? 我が骨董品だと!?』
「そう興奮するなオーゼン。少なくとも攻撃は防げるのだから、油断しなければ負けはない。ならばここはじっくり腰を据えて奴をあぶり出してやろうではないか」
『そう、だな』
腰を落とした構えのまま、微動だにせず全力で周囲を警戒するニック。そんな彼の姿を、その男は遙か遠方からスコープ越しに覗いていた。
『まさかこの距離で狙撃を防がれるとはな……』
最初にニックを見た時、その装備のみすぼらしさに男は酷い憤りを覚えた。今の時代バトルをするなら全身鎧装が基本だ。機動力を最大限に活かすために部分鎧装を身に纏う者なら僅かにいるが、明瞭期に作られた部品鎧装で戦うなど正気の沙汰ではない。
それでもせめて武器か防具ならまだわかるが、その男がつけていたのは耳に装着する探査タイプ。探索能力だけなら一世代ほど上の性能があるが、直接の攻撃や防御能力など望めるはずもなく、言ってしまえば普通の人間の動きしかできないはずであった。
(だが、アイツは狙撃をとめた。しかもかわすんじゃなく、素手の拳で撃ち落としやがった! アレの正体はなんだ? 改造しまくった違法品か? 身体強化におそらく常時防壁も張ってるはず。じゃなきゃ素手で銃弾を落とせるわけねーからな。
本人の魔力反応があり得ないほど弱いのは常時そっちに持っていかれてるからか? そんな状態じゃ普通なら立ってることすらできないはずなんだが……)
『クックック。これは面白くなってきたぜ……』
男の口から、思わず笑いがこぼれる。それは自分が……こうなる前の自分が待ち続けた、本当の強敵。自分を討ち果たさんとする最強の挑戦者。
『存分に踊ってもらうぜ? 前人未踏の五〇〇連勝記録を打ち立てた王者の力、とくと味わいやがれ!』
獲物を前に舌なめずりは、油断ではなく強者の余裕。負け知らずだった男の待ちに待った戦いは、こうして幕を開ける。





