魔神、認める
うっかり修正前の原稿をあげてしまったため、前話を夜8:20くらいより前に読まれた方は、そちらの最後の方が少しだけ変わっております。具体的には 謎の金属塊→魔導兵装 への変更ですね。申し訳ありませんでした。
「我が元へ集え、浪漫の眷属! ミナ・ギルゼン、合体変形状態!」
アトミスの宣言に合わせて、その背後から白い金属の板が突如として出現した。それはアトミスの全身を包み込んでいき、最終的には人の胴のような形となる。
「未来すら見通す英知の眼差し! ミエス・ギルゼン!」
そうして歪な形の魔導兵装と一体になったアトミスに、周囲を旋回していた謎の魔導兵装達が集まってくる。最初に飛んできたやや細身の青い魔導兵装が膝を抱えるような形で四角くなると、金属鎧の頭部分に融合して兜を被った人の顔のような形に変わる。
「全てを退ける絶界の盾! カタス・ギルゼン!」
次に飛んできたのは、ややずんぐりむっくりとした緑色の魔導兵装。それがアトミスの左腕部分に合体すると腕に変じ、その手には縦に長い六角形の光の盾が出現する。
「世界の法則すら切り裂く極断の剣! キレス・ギルゼン!」
続いて飛んできた赤い標準体型の魔導兵装は、アトミスの右腕となる。腕と同時に出現した長大な剣は白銀の刀身に青い魔力の光をバチバチと讃えている。
「時の流れすら置き去りにする光速の足! ハヤス・ギルゼン!」
最後に飛んできた黄色い魔導兵装が二つに分かれてアトミスの足部分に融合すると、足の裏から青い光をブワッと一吹きした。全長一五メートルほどの巨体となったアトミスの体が、ただそれだけで一瞬だけ持ち上がる。
「見よ、これぞ我が浪漫の結晶! 五体合体、ツヨス・ギルゼン!」
もの凄くいい声でそう宣言し、アトミスが格好いいポーズを決める。もしニックがここにいたら大興奮して拍手喝采しただろうが、残念ながらオワリンデにはその浪漫は伝わらなかった。
「フフ、フフフ……だから何? 獲物が大きくなっただけ……むしろ倒しやすいわ……」
「へっ、そうかな? だったらその身で確かめろ! 三重起動、ヤタラト・ハヤク・トベール・ウィング!」
笑うオワリンデの巨体に、剣をしまったアトミスが両手を前に突きだし、光の翼を展開して真っ正面から突っ込んでいく。それを受け止め蹂躙しようとするオワリンデだったが……
「ブッチギル・ブースター!」
「あぁぁぁぁ……?」
足の裏から噴き出した青い光に後押しされ、アトミスの巨体が一瞬にして音を置き去りにする。そのまま竜の頭蓋骨に突入すると、バリバリと骨を砕きながら山の如き巨体を貫通して反対側から姿を現した。
「チッ、やっぱり当てずっぽうで魔導核を引き当てるのは無理か」
「フフ、フフフ……そんなの無駄……無駄なのに……」
「本当か? 本当に無駄か? テメーの体をよく見てみやがれ」
「フフフフフ……?」
アトミスを背にしたまま、オワリンデが下を見下ろす。すると開いた大穴は急速に再生しているものの、その速度が微妙に落ちている気がする。
「力の源だった汚染魔力の詰まった骨を全部切り離したんだ。前みたいに無尽蔵に再生ってわけにはいかねーんじゃねーか? ほーれ、もう一丁行くぜ!」
背後からもう一度、アトミスがオワリンデ……裏世界の無限竜の胴体に風穴をあけて正面へと戻ってくる。その穴もすぐに塞がってしまうが、ミエス・ギルゼンを装着しているアトミスにはその再生速度が落ちていることがはっきりと確認できた。
「フフフフフ…………フフフフフフフフフ…………」
「むぅ……?」
が、その時笑うオワリンデが両手を広げ、ニックが骨を破壊したことで周囲に漂っていた汚染魔力を吸収し始める。それによって僅かに落ちていた再生速度があがり、せっかく開けた大穴が瞬く間に修復してしまった。
「あー、そうかい。元の状態と違って、今は汚染魔力をそのまま変換できるってわけか」
「だから無駄だって言ったのに……さあ、もう諦めて? そしてワタシと一緒になりましょう……?」
「ならねーよボケ! ならやっぱりこっちだな! ブッタギル・ブレード!」
そう言って、アトミスはしまっていた剣を改めて構える。
「ミナ・ギルゼン、全魔導炉の制限解除! 無制限加速連環増幅機構、多重連続起動! うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
アトミスの全身からバチバチと青白い火花があがり、手にした剣に凄まじい魔力が収束していく。流石にそれは看過できないのかオワリンデがアトミスを倒そうと手を伸ばしてくるが、左手に持った光の盾をどうやっても突破することができない。
「やめろ……ヤメロ……! 破壊を、絶望を、終わりをもたらすのはワタシ……我だ! お前ではない……っ!」
「そんなことは知らねーな! てか、さっき言ったろ? 俺がお前を終わらせてやるってよ! 切り裂け! オコトワリ・スラーッシュ!」
渾身の力を込めて、アトミスが剣を振るう。それは長大なる蒼き刃となってオワリンデの体を袈裟懸けに切り裂き、その体がずるりと斜めにずれていく。
「フフフ、無駄……無駄?」
そんな大怪我ですら、オワリンデには致命傷たり得ない。すぐに切断面がくっつくか、でなければ大きい方の破片から失われた部分が再生されるはずだったが……どういうわけか、再生能力が発動しない。
「治らない……直らない? 何故? 何故!?」
「当たり前だろ? 今の攻撃は、お前が持ってる『再生する』っていう原理そのものを切り裂いたんだ。理を断つからこそ、オコトワリスラッシュって名付けたんだしな」
「原理を……切った? 意味不明。意味不明……フフ、フフフフフフフフフ……」
「ああ、お前程度にゃわかんねーだろうな。でも、お前ならわかるんじゃねーか? なあ、オワリンデ?」
「フフ、フフフフフ…………そんな滅茶苦茶な理論、わかるわけないじゃない……」
巨大なオワリンデの口から漏れる声に、不意に感情の響きが戻る。虚ろだった目には確かな意思の輝きがあり……その口元が小さく歪む。
「自分の未熟で力を制御できずに負けるなんて……ふふ、本当に無様ね……」
「だな。一生弄られ続ける、所謂黒歴史って奴だ。覚悟しとけよ?」
「そう、ね…………ねえ、アトミス……?」
「何だよ?」
「私は、貴方に勝ちたかったの……世界を壊すのも、回帰派の目的も、本当はもうどうでもよかった……ただ貴方に、貴方の技術に勝ちたかった……どれほど時間をかけても、どんな手段を使っても……貴方という孤高に並び立つ存在になりたかった……」
天才と言われた自分が、全く届かない高みにいる相手。そんな相手に勝ちたくて、オワリンデはずっと努力してきた。
故に、アトミスが自身を人柱として浄化核になると言った時、オワリンデは笑った。自分を越える天才がいなくなり、結果として自分が世界最高になるという事実に驚喜し……そしてそんなおこぼれの勝利で全てを終えるしかなくなったことに、彼女は泣きながら大声で嗤った。
だから自分も抗った。もはや物言わぬ存在と成り果てたアトミスを己の手で染め上げられたならば、その時こそ本当の意味で自分が勝ったと……アトミスを越えたと胸を張って言えると、そのためだけに自分の人生をも投げ捨てた。
「だというのに、この様よ……最後の最後で暴走なんて……」
「そこは要反省だな。まあまあいい線はいってたと思うが、相変わらず詰めが甘いぜ」
「ふふ、厳しいのね……貴方から見たら、私も有象無象の輩と大した違いはないのでしょうけど……」
「そんなことねーだろ。お前は間違いなく俺の次に凄い技術者だぜ? それは俺が保証してやるよ」
「……………………本当に?」
驚きの表情を浮かべるオワリンデに、アトミスは静かに頷いて応える。
「だってお前、そんなナリになっても俺に勝つために一番有効な手段……『妹を人質に取る』ってのをやらなかったじゃねーか。お前の事だ。妹の本体が何処に寝てるのか、わかってたんだろ?」
「それは…………」
「ま、そういうことだ。確かに最後はちょいと恥ずかしい結果だったかも知れねーが……お前は間違いなく俺のライバルだったよ、オワリンデ・マクヒキルナ」
「…………ああっ!」
巨大なオワリンデの体が、ボロボロと崩壊していく。塵にすらならず溶けるように『虚無の海』へと還っていくその様は、まるで泣いているかのようだ。
「アトミス……最後に、これだけ言っておくわ」
「おぅ、何だよ?」
「私、貴方のこと……………………本当に、大っ嫌いだったわ」
優しく微笑んだオワリンデの顔が崩れ落ち、その全てが消えていく。そうして虚空に取り残された小さな魔導核をアトミスが拾い上げたが、それは手の中でパキリと音を立てていくつかの破片に変わってしまった。
それをアトミスはグッと握りしめて粉々にすると、粉末となった魔導核を虚無の海へとばらまく。その蒼い輝きはあっという間に見えなくなり、アトミスの手には何も残らない。
「じゃあな、オワリンデ」
妹を除けばこの世界で唯一自分と同じ時間を生きた同僚に、アトミスは静かに別れの言葉を告げた。





