魔神、宣言する
「ちょっ!? おま、何しやがる!?」
「おいアトミス、あれは大丈夫なのか!?」
突如として分解、落下し始める無数の骨にアトミスが驚愕の声をあげ、ニックが慌ててそう問い掛ける。
「大丈夫なわけねーだろ! あれがあのまま地上に落ちたら大惨事だ!」
「ならどうする!? 外側に放り投げるか? いや、それとも魔法の鞄に収納してしまえば……?」
「すと……ああ、異空間収納目録のことか。馬鹿言え、そんなことしたら中央集積倉庫が吹き飛んでそれこそ終わりだ。それに外に捨てるのも駄目だ。今は汚染されてるとはいえ、あれは元々この世界の内側にあった魔力だからな。あの量を喪失しちまったらかつての大崩壊の二の舞になる」
「む、そうなのか? 魔力に困っている場所など見たことがないが……?」
首を傾げるニックに、しかしアトミスは苦々しげに首を横に振る。
「いや、今でも一定以上の魔導具は起動が難しくなってるはずだ。昔と違って高度な魔導具がそれほど普及してないから困窮してないだけで、今後の発展が何千年単位で望めなくなる。
今にして思えば、これだけ時間が経ってるのにここまで技術が発展してないのは、こうして世界に還元するはずだった魔力を溜め込まれてたのも理由の一つだろうな」
こういう事情を知らなければ、仮に大量の魔力を消費する高度な魔導具を開発したとしても、「動かないのは設計が悪いからだ」と判断してしまうこともあるだろう。皮肉にも効率化を極めたアトラガルド時代の遺物であれば普通に稼働してしまうため、その勘違いが助長された可能性も高い。
「ではどうしろというのだ!? 流石の儂でも、あれを全部受け止めるのは無理だぞ?」
ニックがどれほど規格外の力を有していても、その体はちょっと大柄な基人族の大きさでしかない。全ての骨の欠片を受け止める膂力があったとしても、それを抱えきる物理的な手段が存在しないのはどうしようもない。
「…………俺に考えがある。最悪よりは多少マシ、程度の手段だが、この際そんなことは言ってられねーしな。てなわけでオッサン、世界の内側に入る前に、あの骨全部ぶっ壊せるか?」
「単純に壊せばいいのなら、できる!」
「なら頼む!」
深い理由を聞くこと無く断言したニックに、アトミスがそう告げる。するとニックの姿が瞬時にその場から掻き消え、近いところから順に巨大な骨が一節また一節と次々に爆発していく。
「やっぱりスゲーなあのオッサン……で、だ」
その光景を見届けて、アトミスは改めて目の前にいるオワリンデに視線を戻した。次々と骨が砕かれているというのに、オワリンデは未だに虚ろな目をして嗤い続けている。
「フフフ、フフフフフ…………」
「はぁ……こんなやり方するってことは、お前はもうオワリンデじゃないんだな?」
「フフフ……何を言ってるの? 私はワタシよ……?」
「いーや、お前はオワリンデじゃねー。断言してやるよ」
「……何でそう思うの?」
「決まってるだろ? 技術者の矜持を捨てちまったからだ」
「矜、持…………?」
「そうだ。じゃなきゃなんで裏世界の無限竜を作ったんだ? 同じ世界を壊すにしても、ただ力を暴走させるんじゃなく、ちゃんと自分の手で制御して、その技術を以て壊したかったからだろ?
なのに、お前はそれを捨てた。制御できない力の暴走で決着をつけるなんざ、技術者の考えることじゃない。つまりお前はオワリンデじゃないってことだ」
「違う……チガウ! ワタシは、ただ終わりをもたらすだけの存在……手段なんてどうでもいい……! とにかく世界を壊せれば、それで……」
「だからそれがオワリンデの思考じゃねーって言ってんだよボケが! おおかたアレだろ? 汚染魔力に精神を乗っ取られてるとか、そんな感じだろ? もししくじってたら俺もそうなってたのかと思うと、怖くてションベンちびっちゃうぜ」
「そうだ。恐れろ、恐怖しろ! ワタシは、我は世界を怨嗟で満たすモノ……っ! 終わらせる! 終わらせる! 全部壊して、終わらせるぅぅぅぅ!!!」
「……わかった。お前の望みを叶えてやるよ」
ガリガリと喉を掻きむしるかつての同僚の姿に、アトミスは小さくため息をつく。
「ただし、俺が終わらせるのは……お前だっ! トベール・ウィング展開!」
覚悟を決めたアトミスが、巨大化したオワリンデに飛びかかった。するとオワリンデの下半身が埋まっている竜の頭蓋骨から、アトミスを捕らえるべく幾千もの骨の手や足、触手などが伸びて襲いかかる。
「捕まるかよ! キレール・ブレード、両手!」
左右の手首から伸びた青白い刃が、集まってくる骨を次々と切り飛ばしていく。そのままオワリンデの側まで突っ込むと、アトミスは両手を組み合わせて大きく振りかぶった。
「二重発動、ヨク・キレール・ブレード!」
重なる刃は切れ味を増し、オワリンデの体に食い込む。だがオワリンデの巨体に対しその傷は余りに小さく、またすぐにアトミスを追って骨の手足が全方向から伸びてくる。
「くっそ! バラマック・グレネード!」
アトミスの腰からポロリとこぼれ落ちた金属製の球が、一瞬遅れて大きく爆発する。その衝撃に後押しされる形でその場の離脱を試みたアトミスだったが、破壊しきれなかった手の一本がアトミスの足首を掴む。
「うおっ!?」
「フフフ、逃がさないわよ……」
「チッ! スゲー・ハバーム・フィールド!」
瞬間、アトミスの体の周囲に青白い繭のような壁が展開される。だがその上から次々と骨の手足が巻き付いていき、そのままオワリンデの正面まで運ばれてしまった。
「さあ、貴方もワタシと一つに……」
「お断りだ! バラス・ディバイダー!」
繭が消えるのと同時に、アトミスの腹部に出現した砲門から眩い蒼光が迸る。それは巨大なオワリンデの腹部の三分の一程を消し飛ばすことに成功したが……
「効かない効かない! そんなものでワタシは消せないっ!」
「やっぱり再生しやがるのか!」
流石に今度は拘束を振り切って離脱したアトミスだったが、その目の前では開けたばかりの大穴があっという間に再生し、数秒の後にはオワリンデの体は元に戻ってしまう。
「うーん、攻撃は通るんだから弱点……てか魔導核を直接吹き飛ばせば倒せるとは思うんだがなぁ」
魔導核の大きさは、精々拳一つ分。人の形をした上半身だけで数十メートル、その下の竜の頭蓋も合わせればどれほどの大きさか目測では測れないほどの巨体のなかからそんなものを探し出すのは、いくら何でも効率が悪すぎる。
「こりゃあ駄目か」
「フフフ、諦めなさい……諦めたの? 諦めたなら、その絶望に身を委ね――」
「フッ、クックック……」
じわりじわりと伸びてくるオワリンデ本体の手を前に、アトミスは小さく肩を振るわせる。ただしその顔に浮かんでいるのは絶望ではなく、抑えきれない愉悦の笑み。
「こんなこともあろうかと……そう、『こんなこともあろうかと』だ! こんなこともあろうかと作っておいたアレが、遂に日の目を見る時が来た! ハーッハッハッハッハ!」
一度は言ってみたかった台詞を口にし、作るだけ作ったものの余りに強力過ぎて使い処の無い武装が披露できる喜びに、アトミスは高らかに笑う。
「異空召喚!」
その叫びと共にアトミスが右手を振り上げれば、その背後で虚空に黒い渦が生じる。青白い光をたなびかせそこから飛びだしてきたのは、今のアトミスと似たような形をした色違いの四つの魔導兵装。それがアトミスの周囲をグルグルと旋回するように飛び回り、中心に立つアトミスはニヤリと笑って言葉を続ける。
「さぁ、決着と行こうぜ!」
「フフ、フフフフフ……」
この状況においてなお楽しそうなアトミスの姿に、オワリンデの虚ろな目が少しだけ輝いた気がした。





