幕引き女、嗤う
「むっ!?」
ご機嫌な調子で骨を毟りまくっていたニックだったが、ふと胸騒ぎを覚えてその手を止める。
『どうしたのだ?』
「いや、今何か……あれは!?」
ニックが視線を向けた先では、地上から青い光の柱が立ち上っているのが見えた。それは世界の内と外を隔てる結界付近まで噴き上がると、そこで弾けてまるで流星のように世界中に降り注いでいる。
『何と美しい……』
ニックと同調し、ニックの見ているものを共有するように「思い込んだ」ことで結界内部の光景を見ることのできるオーゼンだったが、流石にそこに広がる魔力の奔流まで感じることはできない。
だが、それでもその青い光は他に表現しようが無いほどに美しいと感じだ。もしも命の光を色にするならば、きっとあのような色なのだろう。
「フレイ……」
『ん? あれは貴様の娘が関係しているのか?』
「ああ、間違いない」
『何故そんなことがわかる……と聞くのは無意味だな。ならばどうする? 地上に戻るのか?』
「……いや。どうやらまた一つ、マインのところに持って行く土産話が増えたようだ」
やや不安げに問うたオーゼンに、しかしニックは笑ってそう答える。実際に何が起きたのかなど知る由も無いが、それでもニックにはフレイの心境がまるで我が事のように伝わってくる。
「ふふふ、これは負けていられんな。さあオーゼン! もっともっと張り切って骨を毟るぞ!」
『それはいいが、やり過ぎるなよ? 今の貴様がちょっと力を込めたら、間違いなく本体の竜の頭蓋が砕けるからな?』
「ぐっ!? そ、そうだな。そこはまあ、気をつけよう……では再開だ! ほれほれー!」
『まったく貴様という奴は……』
眼前に広がる骨の大地からは、今も抜いた側から新たな骨の手足やら角やら触手やらが生えてきている。そうしてまとわりついてくる骨をニックは軽く踏み砕くと、そのまま勢いよく骨刈りを再開した。
『では再開だ! ほれほれー!』
「何なの!? 何なのコイツ!? 本当に何なの!?」
世界すら壊せるはずの最終機巧『裏世界の無限竜』。それを操るべく半ば融合するような形でその内部に入り込んだオワリンデは、自分にまとわりつく筋肉親父の存在にただただ驚愕していた。
「あの骨の一本一本ですら、地上でボルボーンが展開してる青いスケルトンゴーレムと同じくらいの力があるのよ!? なのに何でそれを、あんなに易々と破壊できるわけ!? いくらアトミスの魔導具を身につけているからといって、限度ってものがあるでしょ!?」
世界を覆う結界を締め付けて壊し、その存在に幕を引く最終兵器。それほどの力を秘めているはずの裏世界の無限竜が、今は毟られた骨を再生するだけで精一杯になっている……その事実に「常識的な天才」であるオワリンデの理解がどうやっても追いつかない。
「自動再生の発動ペースが速すぎて、裏世界の無限竜の処理が全部そっちに持って行かれてる……このままじゃ何もできずに終わっちゃうじゃない! ここまで来て、これだけのことをして! 何もせずに終わりなんて、そんなの……っ!?」
『そうだ。何を躊躇している……』
「何? 誰!?」
不意に聞こえてきたその声に、オワリンデはキョロキョロと周囲を見回す。だが当然ながら裏世界の無限竜の中には自分しかおらず、骨の柱から上半身だけが露出したような格好のオワリンデの視界には、外の情報が映し出されたいくつかの光る窓の他には骨の壁が広がっているのみ。
『何を躊躇う? 何故破壊しない?』
「何!? 何なの!? 私が何を躊躇っているって言うのよ!?」
『何故力を使わない? 何故我らを解放しない?』
「力……我ら? これは……ぐっ、うぅぅ……っ!?」
オワリンデの魂を宿す魔導核に、突如として強烈な痛みが走る。暗くぬるりと染みこんでくるソレが、オワリンデの意識を急速に侵食していく。
『壊せ……破壊しろ……怒り、悲しみ、嘆き、絶望……我らを用いて、我らで満たすのだ……』
「汚染魔力……そんな、ちゃんと隔離してたはずなのに……!?」
オワリンデがアトミスに流したのは、あくまで「死なない程度に計算した量と濃度の汚染魔力」でしかなかった。だがこの裏世界の無限竜には、それ以外の全ての汚染魔力が満ち満ちている。
何千年もの間集め続けた、人々の悪意の結晶。その力はオワリンデの予想を遙かに超え、かつてオワリンデがアトミスをそうしようとしたように、今はオワリンデの魂を侵食すべくジワジワと迫ってくる。
「や、やめて! 入ってこないで! お前なんてお断りよっ!」
(アトミスは、こんなものを何千年も耐え続けていたの!? でもそれなら、私だって……っ)
『我は人なり。汝は人なり。ならば我は汝であり、我は我である……』
「あっ、あっ……あああアァぁぁァァ!?!?!?!?」
(アトミス……アトミス! わたしは……ワタ、シハ……………………)
「よっしゃ、防壁突破!」
ニックに骨の手足を引きつけてもらっていたことで、アトミスの裏世界の無限竜への強制侵入作業はなかなかに順調であった。勿論アトミスにも全く攻撃が来なかったわけではないが、それでも専用魔導兵装ミナ・ギルゼンの力があれば、よほど大量にまとわりつかれでもしない限りはどうにかなる。
「これならシールド分の処理をこっちに回してもよかったかもな……ん?」
「BUROOOOOOON!!!」
「おっわ!? うるせぇ!?」
接触するほどの近距離で咆哮をあげられ、アトミスは思わず耳を押さえてその場から遠ざかる。別に鼓膜があるわけではないのだからそれでどうにかなることはないのだが、その辺は人だった頃の反応が魂に染みついているからだ。
「何で突然吼えた? まさかオッサンが何かしたのか?」
「おーい、アトミスよ!」
訝しげな顔をするアトミスに、遠くからニックが近づいてくる。
「おうオッサン。どうした? 何かあったのか?」
「いや、何故か急に骨の再生が止まったのだ。むしろお主の方が何かしたのではないのか?」
「いや、俺はまだこれからするところだったけど……」
「フフフ…………」
「っ!? オワリンデ!?」
不意に聞こえた笑い声に視線を向けると、山のように巨大な竜の頭蓋骨、その眉間部分にオワリンデが姿を現す。ただし今までと違い頭蓋骨から直接オワリンデの上半身が生えているような状態であり……
「お前、でっかくなったなぁ……」
『今言うべきことはそれなのか?』
「まあ、確かにでかいな」
そこから生えるオワリンデの体が、裏世界の無限竜の大きさに見合うほどに巨大化していた。上半身だけで数十メートルという大きさになったオワリンデが、ニック達を見て不気味に笑う。
「フフフ……フフフフフ……」
「おい、どうしたオワリンデ? オッサンに毛を毟られ過ぎて頭がおかしくなっちまったのか?」
「いや、その表現はどうなのだ? 間違ってはおらんが、どうも響きというか、印象が悪い気が……」
「フフ、フフフフフフフフフ…………」
そんなニックとアトミスを無視して、オワリンデは気が触れたかのように笑い続ける。そしてそれに呼応するように、蛇の如く伸びて世界に巻き付いている骨が、その締め付けを緩めていくのがニック達の目に入った。
「何だ? ひょっとして降参するつもりか?」
「……オワリンデ?」
「最初から、こうすればよかったのよ」
俯いたまま肩を振るわせるオワリンデが、パチンと指を鳴らす。その瞬間裏世界の無限竜から繋がっていた全ての骨が空気の爆ぜる音を立てて分解し……終幕をもたらす骨の雨が世界に向かってゆっくりと落ち始めた。





