娘、分ける
「…………あれ?」
魔王オモテボスと共闘を始めたことで、安定してスケルトンを倒せるようになった勇者一行。だがフレイはふと自分の体の中に湧いてきた力に思わず首を傾げる。
「フレイぃ? どうかしたのぉ?」
「いや、何かいつにも増して力が湧いてくるような……」
「魔王殿の補助魔法のおかげではないのですか? 拙僧が使うものよりも大分強力なようですし」
「いや、それともまた違うっていうか……えいっ!」
疑問に思いつつも、フレイは思いきり剣を振るう。するとこれまで砕くしかできなかった青いスケルトンの骨がスパッと斬れ、だからこそその疑問が確信へと変わっていく。
「やっぱり強くなってる。でも、何で急に?」
「よくわからんが、強くなる分には問題ないのではないか? 今は先の見えぬ戦闘中なのだ。余力が生まれるのはありがたいことではないか」
「いや、そうなんだけど……うーん……」
オモテボスの言葉にも、フレイの表情が冴えることはない。聖剣を振るってスケルトンを屠りつつも、フレイは己の内に居るもう一人に話しかける。
「ねえイデア。ひょっとしてアンタが何かしてるの?」
『ううん、あたしじゃないよ。あたしじゃなくて……「信仰の書」から流れ込んでくる力の量が急激に増えてるの。だからお姉ちゃんの勇者の力が高まってるんだと思う』
「それって……」
勇者とは、勇気を集める者。人々の思いが自分の力になることをフレイは当然知っているし、だからこそ父から離れて活動することを選んだわけだが、未だかつてこれほど急激に強くなったことなど一度として無い。
それこそイデアと融合した時を除けば、獣人領域でボルボーンの軍勢を退けたときすら体感できるほど強さが上昇したことなどないのだ。
(つまり、あの時よりも更に多くの人がアタシの事を意識してるってこと? でも、今この状況でそうするってことは……)
『コツコツコツ。お前達にいいことを教えてやるでアール』
「何よ、人が考え事してるのに……一応聞いてあげるわよ?」
『コツコツ。では……実は世界中に展開しているワガホネの骨柱への魔力浸透が順調に進んで、少し前から世界各地にここと同じように青いスケルトンゴーレムを展開できるようになったのでアール』
「なっ!?」
心底楽しげに語るボルボーンに、フレイは思わず驚愕の声をあげてしまう。
「そんな!? 戦い続けたら魔力を消費するから、他の場所は安全になるんじゃなかったの!?」
『コツコツコツ。そんなのはお前達が勝手にそう思っていただけでアール! ここでの戦闘で消費した魔力など、海の水を木桶で一杯くみ出した程度でアール』
「嘘……だといいんだけど、どうなのイデア?」
『ご、ごめんなさいお姉ちゃん。あたしから見える魔力の総量が全然減ってないから……』
「ここに全魔力を収束して誤魔化してるだけって可能性も一応あるけどぉ……」
「それは流石に希望的観測すぎるでしょうな」
申し訳なさげに言うイデアに、ムーナが苦笑しロンが小さくため息をつく。これだけのことをできる相手が苦し紛れの嘘をついていると判断するのは、楽観を通り越して都合のいい妄想だ。
「じゃあ、アタシの力が増してるのって……っ!?」
『コツコツコツ。世界中で苦しむ人々が「勇者様、助けてー」とでも叫んでいるのではないでアールか?
フフフ、実に爽快でアール! 旧文明に汚染されたヒトモドキ共が次々と駆逐され、文明が倒壊しやがて美しく浄化された世界が戻ってくる! この方法だと大雑把な掃除しかできず取りこぼしが多いので今までは許可されていなかったのでアールが、我が創造主の許可を得た今、何の遠慮も必要無いのでアール!』
「お前ぇぇぇぇ!!!」
怒りに燃えるフレイが、立ち塞がる青いスケルトンを次々と切り倒して骨柱へ迫る。そのまま聖剣を叩きつければ太い骨柱に大きく食い込み、バリンという乾いた音と共に砕けた骨柱が倒れて光の粒子となるが……すぐにそのすぐ側に新たな骨柱が地中からせり上がってくる。
『おお怖い怖い! だが無駄でアール!』
「無駄ということはなかろう? お前の魔力総量がどれほどであるのかは余にもわからんが、消耗しているという事実が動くことはない。ならばここは冷静になって的を駆逐し続けるのが最良の策のはずだ」
「そうねぇ。ほらフレイぃ、貴方ももうちょっと落ち着きなさぁい」
「……うん、ごめん」
謝罪と共に仲間の元にフレイが駆け戻ると、すぐに周囲に溢れるスケルトン達を倒し始める。勇者の力はドンドン高まっており、今はもう雑草でも刈るくらいの勢いで青いスケルトンを倒すことができるが、その作業に感じるのは手応えではなく不安だけだ。
(こんな過剰な力があっても、アタシ一人じゃここでスケルトンを倒し続けることにしか使えない。世界中で色んな人が苦戦しているっていうのなら、むしろその人達に力を分けてあげたいくらいなのに……っ!?)
「ねえ、イデア。アタシのこの力って、『ぼうけんのしょ』……『信仰の書』だっけ? それを介してみんなから集めてるのよね?」
『う、うん。そうだけど……?』
「ならその力の流れを逆にできない? そうしたらアタシの中にあるこの力を、世界中で戦ってる人に分けられないかな?」
『えっ!?』
予想外のその提案に、イデアは驚き戸惑う。そのまま頭の中で可能性と手段を考え……やがて一つの結論に辿り着く。
『できるかできないかで言えば、できると思う。でもそれをやったら、お姉ちゃんは……』
その先の言葉を、イデアは言葉ではなく思考で伝える。そしてそれを聞いたフレイは……
「フッ、いいわよそんなの。お願い、手伝って」
『…………わかった』
小さく笑って言うフレイに、イデアは覚悟を決めて世界中の人々に声を届けるべくシステムを走らせる。管理者権限を有しているイデアがここにいる以上、ただ一度の奇跡はもはや一度でも奇跡でもない。
『いいよ、お姉ちゃん』
「ありがとうイデア……突然湧き出したスケルトンゴーレムと戦っている、世界中の全ての人へ! アタシは勇者フレイ。今魔王と一緒に、そのスケルトンゴーレム達の親玉と戦っています」
「何だ、また勇者の声?」
「魔王と一緒って何だよ!? これは魔王の仕業じゃないのか!?」
「言いたいこと、伝えたいことは沢山あります。でも、今はその時間がありません。この戦いが終わったら、きっとその時皆さんは『真実』を耳にすることになるでしょう。
それは決して耳障りのいい勝利の凱旋なんじゃかじゃないかも知れませんが、これから前を向いて生きてくために必要なものだと思うので、どうかしっかり聞いて、そして考えてください。自分達が何をしてきて、そしてこれからどうしていくのか」
「そんな話どうでもいいよ! それより勇者なら助けに来てくれ!」
「くそっ、もう保たないぞ!?」
「ということで、この場を切り抜けるための切り札を皆さんに贈ります。どうぞこの力で今を切り抜け、未来を勝ち取ってください。アタシは最後の勇者、フレイ! これからは……今戦ってるアンタ達が勇者よ!」
『「信仰の書」の魔力伝達をマイナス方向に変更! お姉ちゃんのなかにある勇者の力を、全部世界に送り返す!』
「ぐっ!? ぐぅぅぅぅ…………っ!」
「フレイぃ!?」
瞬間、フレイの体から青い光が迸り、その全てが空へと吸い上げられていく。苦しげに膝をつくフレイに、ムーナが慌てて駆け寄った。
「貴方、今のっ!?」
「だい、じょうぶよムーナ……もらった力を、ただ返すだけ……だから……」
「馬鹿なこと言わないで! イデア、今すぐやめなさい! こんなことして、フレイが無事で済むわけ――」
「ムーナ! ……お願い」
「…………この、お馬鹿ぁ!」
辛そうに笑うフレイの体を、ムーナが思いきり抱きしめる。立ち上る青い光はムーナの体にも僅かに宿り、体の内側から優しく温かい力が湧いてくるのを感じられる。
そしてそれと同じ事が、世界中で起こる。分け与えられた勇者の力は脅威に抗う全ての人々の心と体に宿り、戦う力と立ち向かう勇気を湧き上がらせていく。
「戦える……これならやれるぞ!」
「骨共を押し返せ!」
「戦え! 守れ! 俺達が……俺達全員が!」
「「「勇者だ!!!」」」
『これは一体……!?』
「ふふ、どう? 数で押すアンタに、強いだけのアタシは大した抵抗ができなかった。でも今はみんなが強くなった! アンタの骨共がどれだけ多くても、世界全ての人より多いってことはないでしょ?」
急激な戦況の変化に戸惑いの声をあげるボルボーンに、肩で息をし聖剣で体を支えるフレイがニヤリと笑いながら告げる。
『何を……何をしたでアールか!? 勇者フレイ……っ!』
「あら、前から言ってるのに、まだ覚えてないの? アタシは『元』勇者で……今はただの冒険者のフレイよ」
フレイの体に、もう勇者の力は残っていない。イデアの存在ももう感じられず、手にした聖剣は鉛のように重くてとても持ち上げられない。
ならばとフレイは聖剣をそのままに、魔法の鞄からよく手入れをされた上質の鋼の剣を取りだした。もう何年も実戦で使う事のなかったそれは、しかし今でもしっかりと手に馴染む。
「さあ、決着よ骨男! 幾万の勇者がアンタを削り殺す! それに抗えるもんなら、やってみればいいわ!」
『コツーッ!』
フレイの浮かべた会心の笑みに、ボルボーンは骨を鳴らして叫ぶことしかできなかった。





