人々、抗う
「ハッハッハ! 毟り放題だ! ほれほれ、丸禿げにしてやろう!」
「グッフッフ、ここか? ここがえーのんか、オイ!? 今すぐ丸裸にしてやるからなぁ」
『……哀れな』
遙か世界の果ての外。筋肉親父と天才兄貴が強大な敵を相手に奮戦し――
「『魔力強化』!」
「うひゃっ!? ね、ねえ? 何でこの強化魔法、全身にねっとりまとわりつくみたいな感じがするわけ? ロンのと全然違うんだけど!?」
「む? そう言われてもな。基人族と魔族では感じ方が違うのか……? 効果そのものは変わらんはずだが」
「ちょっとくらい我慢なさぁい! あんっ! ふふ、滾ってきちゃうわぁ!」
「……拙僧は感想をひかせさえて頂きます」
魔族領域の奥地にて勇者と魔王が共闘するなか。地上のその他の場所でも突如出現した骨柱と、そこから湧き出すスケルトンゴーレムの対処に多くの人々が追われていた。
「よく聞け銅級共! お前達は白いスケルトンだけ相手してりゃいい! 赤いのは全部こっちに回して、絶対に手を出すんじゃねーぞ!」
「はい、カマッセさん!」
「いい返事だ! 手柄を焦る必要はねぇ! 今大事なのは死力を尽くして強めの敵を倒すことじゃなく、楽勝で倒せる雑魚をできるだけ大量に倒すことだ! とにかく楽に倒せる相手だけを倒せ! 怪我しそうなら逃げろ! 疲れたら休め! 冒険者なら周りの手を煩わせることなく戦い続ける術を身につけろ!」
「はい!」
アリキタリの町、郊外。町から一キロほど離れた場所に出現した骨柱とスケルトンの大軍に対処するため、銀級冒険者であるカマッセは新人達を率いて町の外で戦闘を繰り広げていた。
「ふふふ、おいカマッセ。お前も随分面倒見がよくなったじゃねーか。俺が引退したら若いのの教育係を引き継いでみる気はねーか?」
「何言ってんだよシドウさん。俺はまだそんな歳じゃねーぜ?」
自分と共に最前線で剣を振るうシドウの言葉に、カマッセは苦笑いを浮かべて答える。
「てか、シドウさんだって別にギルドの職員ってわけじゃねーだろ? 引き継げって言われてもなぁ」
「カッカッカ! そうだぜシドウ! 若い内はテメェが強くなってナンボだ! 今からそんなつもりにさせたら、育つもんも育たなくなっちまわぁ!」
「うげっ、キョードーさん!?」
そんな二人の背後から、笑いながらこの辺では珍しい片刃の剣……刀を振るうキョードーがやってくる。
「ほらほら、さっさとかかってきやがれ! お前達は丁度いい実験台だ!」
「ハァ。キョードーさん、すっかり現役みたいになっちまったなぁ……」
嬉々としてスケルトンに斬りかかっていくキョードーにシドウがため息をついていると、不意にカマッセの方に駆け寄ってくる人影がある。やたらとトゲのついた動き辛そうなローブを着ているのは、顔見知りの少年だ。
「カマッセさん! 西側が少しきつそうです!」
「お、シュルクか。ならお前達が行ってやれ」
「ハイ! おいみんな、行くぞ!」
「相変わらず張り切ってんなぁ、シュルク。ま、いいけどよ」
「スケルトンって矢が効きづらいから、私には向かないんだけどなぁ」
「はは、仕方ないよ。カリンはホムと一緒に援護を頼む」
「う、うん! ちょっとした怪我くらいならすぐ治すから、任せて!」
「頑張れよー! こいつを切り抜けりゃ、お前等も来年は鉄級冒険者だ!」
「「「はい!」」」
カマッセの言葉を受けて、若い冒険者達が戦場を走って行く。その背に声をかけてから、カマッセは改めて剣を握る手に力を込める。
「さーて、俺も頑張りますか! なにせ俺は期待の銀級冒険者、カマッセさんだからな!」
目指せ金級。その道は果てしなく遠くとも、カマッセの戦いはまだまだ始まったばかりだ。
そこはとある肉の町。迫り来るスケルトンの群れに対峙する冒険者達に、町の料理人達が一心不乱に料理を作っている。
「さあさあ、ドンドン食ってくれ!」
「うめー! まさか肉楽天の料理が食えるなんてなぁ」
「俺達料理人にできる戦いはこれだけだからな。食って力をつけたら、しっかり町を守ってくれよな」
「任せといてくれ!」
ミツボシの料理を素早く食べ終えた冒険者が、いい笑顔で答えて町の外へと走って行く。町の外で命を懸けて戦ってくれている冒険者達に対し、これがミツボシの料理人としての答えだった。
「兄貴! 材料を持ってきたぜ!」
「おう、ムボシ! そこに置いてくれ!」
そんなミツボシの元に、身長三メートルを超える伝説の巨人族のような男が大量の食材を抱えてやってくる。あの時巨大化した体が元に戻ることはなかったが、かといって何か副作用があるわけでもなかったため、結局ニックの渡した聖女ピースへの紹介状を使うことなく普通に暮らすことにしたムボシだ。
「くそっ、俺も戦えればいいんだけどな……」
「馬鹿言え、幾ら体がでかくたって、戦う訓練をしたわけじゃねぇお前が行っても邪魔になるだけだ。くだらねぇこと言ってる暇があるなら、さっさと野菜の皮を剥きやがれ!」
「わかってるよ兄貴」
ミツボシに言われ、ムボシは黙って野菜の皮むきを始める。昔ならばそんな兄の言葉に反抗したかも知れなかったが、今ならばこういう下積みの大切さがよくわかる。
「……それが終わったら、お前も一品作れ。そのでかい体でも満足できるような、安くて美味くて量があるメニューをな」
「兄貴!? それって……!?」
「お前は俺と同じじゃなくていいんだ。お前にはお前の料理道がある。親父とも考えたんだ……お前が出す新しい店の名前、『巨肉山』でどうだ? 山よりでかい肉を出す、でかい料理人の店だ」
「兄貴……っ!」
決して調理の手を止めず、振り返ることすらしない兄の背に、ムボシは感動で目を潤ませる。
「ハッ! 何もかもこの難局を乗り切った先の話だ! 皮むきが終わったら、今度はこっちの肉を捌いてくれ!」
「任せてくれ兄貴! うぉぉ、俺はやるぜぇ!」
ムボシの咆哮が町中に響き、その巨体がドスドスと店内を駆けていく。
「……まったく、もうちょっと落ち着けよ」
そんな弟に苦笑しながら、ミツボシは兄弟揃って店を出す日を迎えるために、ひたすら料理を作り続けた。
戦う、戦う。人々は抗う。
「我らエルフがスケルトン如きに遅れをとるものか! 皆奮い立て!」
「「「オーッ!!!」」」
「頑張ってね、パパ!」
「頑張ってなの!」
「お、おぉぉ!? 勝った! もう勝ったぞ! 皆、祝宴の準備を始めろ!」
「あの、陛下? それは流石に……」
「うっせーな! 娘との宴会を邪魔する骨野郎なぞ、秒で倒して終わりにするんだよ! 総員、かかれぇ!」
「「「オーッ!!!」」」
「ヒトナミーナさん! ここは僕が!」
「馬鹿言うんじゃないよ。そういうのは一度でもアタイに勝ってからにしな!」
「うぐっ!? そ、そうですよね。僕なんか、まだまだ……」
「ハァ、面倒臭い奴だねぇ。そういじけなくたって――」
「でも、いつか! そう遠くないうちに、きっと貴方を守れるくらい強くなってみせます! だから今は、一緒に戦ってください!」
「……フッ、いいとも。アタイの背中、アンタに預けるよ?」
「ハイッ!」
「ワンコ様! どうかお力をお貸し下さい!」
「任せるのだギセーシャ……じゃない、ミコミコムーン!」
「うぅ、その名前にはまだ慣れません……でも、いきます!」
「おお、巫女様のご登場じゃ! 皆拝め! そして謎の光る棒を振るのじゃあ!」
「巫女様ー! 今日も可愛らしいですぞー!」
「本当に、何でこんなことに……」
「ワオーン!」
「ほらほら、この程度じゃアタシは捕まえられないよー?」
「おいマチョリカ、無茶すんな! もうお前一人の体じゃねーんだぞ!?」
「このくらいへーきだって! それより……戦いの後ってすっごく体が火照っちゃうから、覚悟しといてね?」
「うっ……ま、まあ考えとく……」
「約束だよ! お義兄ちゃんのところより子沢山にするんだから!」
「おおっふぅ……仕事頑張らねーとな……」
「あの時に比べれば、この程度のスケルトンなどどうということもないわ!」
「師匠、もう歳なんですから少しは自重してくださいよ!」
「そうだよー? 師匠の分、おいら達が頑張るー!」
「フフッ、師匠には悪いけれど、この見せ場はボク達がいただきます!」
「お前達……ならばやってみろ。この俺が後ろで昼寝ができるくらいにな」
「「「ハイッ!」」」
「あーもうっ! 何で突然大量のスケルトンに襲われるわけ!? 意味がわかんないんだけど!?」
「お嬢様、文句を言っても始まりませんし、まずはこの場を切り抜けませんと」
「わかってるわよ! 適当に全部焼き尽くしながら移動するわ! あー、でも、こんなの引き連れて動いたらまた『厄介者』って言われちゃうかしら?」
「ふふふ、言いたい奴には言わせておけばいいではありませんか。お嬢様がお嬢様らしく生きることこそ、私の唯一の望みですので」
「……アンタちょっと変わったわね? ま、でも、そういうアンタも嫌いじゃないわよ、クローニン」
「お褒めにあずかり光栄です、チェーンお嬢様」
「ぬぉぉー! 俺の筋肉は戦闘用じゃないんだぞー!?」
「ゴリオシさんは、避難所に! ここは私が引き受けます!」
「ヤバスティーナ!? お前、戦えるのか!?」
「ええ。もう逃げないって、あの時に決めましたから!」
「ぬぅ……これもまた筋肉の一つの在り方だというのか!? 認めないわけにはいかない、か……」
(見ててくださいニックさん。私、頑張ります!)
『フフーン。僕達の町を攻め落とすには、ちょっと戦力不足じゃないかな?』
『笑止』
『とは言えあの骨柱の仕組みは興味深い。ああ、調べたい……』
『ヨンダルフ……君はこんな時でも相変わらずだね……』
『失笑』
『ダマーリンも……まあいいけど。じゃ、張り切って町のみんなを守ろうか! 何せ僕達は「三賢者」なんだし!』
『ま、頑張ってくれたまえ、キッター君』
『……ハァ』
「お、お父様!? 魔物が! 魔物が凄く沢山です!」
「お、おち、おちつけよ姉上! だ、だい、大丈夫……だろ?」
『そうよ。尻尾の状態が安定した今ニャら、ポーンちゃんくらい簡単に守れるわ。ついでに弟君も守ってあげるしニャ』
「猫ちゃーん! やっぱり猫ちゃんは最高のお友達ですー!」
『ニャー!? 鬱陶しいから抱きついちゃ……毛並みを逆なでしたら駄目なのニャー!』
皆が戦う。皆が抗う。されど敵は無限にて無尽。戦況は徐々に悪くなり、そして遂に……運命の天秤が傾いた。





