魔王、並び立つ
「魔王!? 何で、どうしてここに……!?」
「ふむ、その問いに答えるのは吝かでは無いが、その前にどうしても話をしておきたい相手がいるのだ。少し待ってもらえるかな?」
驚くフレイに穏やかにそう告げると、オモテボスは骨柱に向かって語りかける。
「聞いているのだろう? ボルボーン。余はお前と話がしたい」
『コツコツコツ。まさか魔王様がやってくるとは! 今更何の用でアールか?』
「今更、か……そうだな。本当に何もかもが今更だ」
ボルボーンの言葉に、オモテボスは悲しげな表情で天を仰ぐ。
「お前の連れていた従者エクスが、全てを教えてくれた。まさか余が……魔神様の復活を願い努力したことの全てが、逆に魔神様を苦しめる結果に繋がっていたとはな。はは、知らぬ事とは言え、とんだ道化だ」
ボルボーンが去った後、エクス……今も近くでスケルトン達と戦っている少女ピースは、空中にとある映像を映し出して見せてくれた。そこにはたった今連れ去られたばかりの魔神その人が映し出され、後にニック達に語ったのと同じ『真実』をオモテボス達に説明してくれる。
「話を聞いて、愕然とした。余の存在そのものが魔神様を責め立てる澱であり、魔神様にお力を与えるはずの魔王軍の必死の戦いこそが、魔神様を汚し貶める助力となっていたとは!
正直、すぐにでもこの首を落として死にたかった。だがそれはできない。余の命令で死地に赴き、余と同じ願いを抱いて戦い死んでいった者達に、お前達の献身が何の意味も無かったどころか害悪であったなどと、そんな言葉だけを抱えて何故死ねる!?
故に余は立ち上がったのだ。死に損ねたこの命を最後まで使い切り、今度こそ魔神様の役に立つためにな」
『コツコツコツ。それはまた何とも健気というか……で? わざわざそれを言うためにワガホネを呼んだのでアールか?』
「いや、違う。これはあくまで余の覚悟の問題で、お前を呼んだのは聞きたいことがあったからだ」
揶揄するようなボルボーンの言葉に、しかしオモテボスはゆっくりと首を横に振る。そうして視線を巨大な骨柱へと戻すと、魔王らしからぬ何処かすがるような声でボルボーンに語りかける。
「なあ、ボルボーン。確かにお前には色々と不審な点も多かった。だがお前もまた魔王軍の四天王として、他の者達と楽しげに話をしていたではないか。それにお前の拠点、あそこで育てている草花に対し、お前は真摯に愛情を注いでいると思っていた。
だというのに、何故こんなことをしている? あれは全て演技だったのか?」
元マンドラゴラ農家であるオモテボスから見ても、ボルボーンの邸宅に作られた菜園は見事なものだった。その品種改良の手腕などは大いに感心するところがあったし、何よりそれがちょっとした趣味程度の熱意で可能なことでないことを、オモテボスはよく理解していた。
それに、確かに最近こそ軋轢が目立ってはいたが、それまでのボルボーンは他の四天王達といい関係を築いていた。面倒くさがるギャルフリアに食料生産用のスケルトンゴーレムの使い方を説明したり、ひたすら筋肉談義ばかりするマグマッチョに付き合ったり、あるいはまだまともだったヤバスチャンと今後の魔王軍の在り方を検討したりと、「歴代魔王の側近にて最古参の魔族」として慕われ敬われていたのだ。
その全てが嘘だったのか? その答えに一縷の望みをかけるオモテボスの問い掛けに、ボルボーンはただ声だけで答える。
『コツコツコツ。特に演技をしていたつもりは無いでアール。そんなことをする理由も意味も無いでアールからな』
「ならば――」
『ですが、魔王様。魔王様ならばこう言えばわかるのではないでアールか? 己が成すべきただ一つのこと。その前には、それ以外は全て必要な犠牲なのでアール』
「…………ああ、そうか」
ボルボーンの言葉に、オモテボスは泣きそうな顔で苦笑した。今まで過ごした時が嘘ではなくても、それら全てに優先する目的があるのであれば、その全てを犠牲にする覚悟……それはオモテボスが「人間との和平」という極めて重大な魔族の未来を蹴ってすら「魔神を蘇らせる」という魔族の、魔王の本懐を全うしようとしたことと同じ。
「余にとっての魔神様が、お前にとっての創造主なのだな。頂く主が違えた今、もはや余とお前の道は交わらない……そういうことか」
『コツコツコツ。そういうことでアール。では魔王様、名残惜しいでアールが……』
「ああ、終わりにしよう」
オモテボスが、その手に闇の剣を出現させる。それを待っていたかのように襲いかかってくる青いスケルトンゴーレム達と切り結ぶが、元々近接戦闘を苦手としているオモテボスはすぐに苦戦を強いられてしまう。
『大層なことを語った割には、大したことないでアールなぁ、魔王様? 他の四天王達はどうしたでアール?』
「あの者達ならば、それぞれの領地に帰らせた。この現象、ここだけというわけではないのだろう?」
『コツコツコツ、正解でアール! まあ一気呵成に滅ぼされるか、緩やかに滅びていくかの違いだけでアールが……』
「フッ、そう上手くいくかな? あいつらのしぶとさは、お前もよく知っているだろう?」
『そうでアールな。でも同時に、その力の程度も理解しているのでアール』
「ぐっ!?」
上段からの切り下ろしを防いだせいで、オモテボスがその場に膝をつく。その隙を逃さず左右から別のスケルトンが斬りかかって来たが――
「させないわよ!」
「てやーっ! ですわ!」
オモテボスに迫るスケルトンが、フレイとピースの手で切り飛ばされる。更にその側には既に傷を癒やしたロンと、若干ながらも魔力の回復したムーナも控えている。
「お前達……何故余を助ける?」
「先にアタシを助けておいてそれを言うわけ?」
「お父様のためにそこまで献身を重ねた方を見捨てたりしませんわ! お父様の幼妻として! 幼妻として!」
「……何故二回繰り返したのでしょう?」
「きっとそういう年頃なのよぉ」
「あー、もう! 余計なこと言わないの! ねえアンタ……オモテボスさんだっけ? 魔神が蘇ったんだから、もう人間と戦う理由はないのよね?」
「あ、ああ。そうだな。この騒動が終わったならば、魔王軍は人間達との間に和平交渉をする用意がある。すぐにとはいかぬし、流石に無条件降伏せよと言われれば飲めぬが……」
「そんなこと言わない……アタシは言わないけど、偉い人はわかんないわね。ま、そこは何とかするわよ、きっと! そしてアンタがそう言うつもりなら、もうアタシ達は敵じゃない。違う?」
「それは……しかし、余は魔王なのだぞ?」
窺うようなオモテボスの言葉に、しかしフレイはその不安を鼻で笑い飛ばす。
「そうね。そしてアタシは勇者だけど……でも、だから何? 今アタシが剣を握っているのは、アタシが勇者だからじゃない。アンタを止めたいと思ったのは、アンタが魔王という存在だったからじゃなく、魔王っていう肩書きで魔族の王様、責任者だったから。
なら魔王が……魔族の王様が和平を望むっていうのなら、もう戦う理由は何処にもない! だってアタシの敵は、いつだってアタシ達の平和を脅かす奴だけなんだから!」
「そうですわ! お父様との甘く激しいスウィートライフを邪魔するような輩は、この私がケチョンケチョンにしてやりますわ!」
「平和を願う想いがあれば、種族の差など些細なことでしょう。なにせ拙僧が人の世界で暮らしているのですからな」
「なるようになるわよぉ。どうしても駄目だったら無理に仲良くしなくても、今まで通り魔族領域と人間領域で分かれて暮らせばいいだけだしねぇ」
「あーっ! ムーナはまたそういう! まあ確かに無理して付き合うよりはそっちの方が健全なのかも知れないけど」
「距離感というのは大事ですからな。我ら竜人の里も特別な事情がなければ余人を受け入れることはありませんし」
「竜人はそうなのねぇ。一度くらいは行ってみたいけど、難しいのかしらぁ?」
「私とお父様の距離はいつでも完全密着ですわ!」
激しい戦闘中にも関わらず、オモテボスの目の前で何とも緊張感の無い会話が繰り広げられる。その様子が在りし日の四天王達のようで、自らの言葉とは裏腹にやや投げやりになっていたオモテボスの胸に新たな決意が満ちていく。
「クッ……ハッハッハ! そうか。種族も立場も違えども、その本質は同じか……っ!
いいだろう。余の力、存分に使ってやる!」
「そうこなくっちゃ!」
魔神が復活した今、もう魔王は生まれない。そして魔王が生まれないなら、勇者もまた生まれない。
『コツコツコツ。まあ、精々あがいてみるといいでアール』
最後の魔王と、最後の勇者。決して相容れないはずの二人が並び立つその光景に、ボルボーンはカランと骨を鳴らしてそう呟いた。





