父、毟る
「……前言撤回だ。なかなか浪漫のある造形じゃねーか」
たてがみの如く生えそろった骨の手足……角やら尻尾やらも混じっているが……を揺らす竜頭の骨に、アトミスはそう嘯く。異様にして威容なるその姿は、その巨大さも相まって己の敵として申し分ない。
そしてそんなアトミスの隣から、やっと興奮が収まったニックが静かにアトミスに問い掛ける。
「で、儂はどうすればいい? 変化の途中で攻撃しろと言わなかったということは、ただ殴るだけでは駄目なのだろう?」
戦闘準備を整える敵をのんびりと待ってやる程、ニックはお人好しでも愚か者でもない。そうしなかったのはアトミスに「ただ殴っただけでは汚染が世界に散らばってしまう」と注意されたことをしっかりと覚えていたからだ。
「そうだな。変化の様子からいくつか仮説を立てたが……なあオッサン。できるだけ本体を刺激せずに、あのフサフサしてる骨の手足を引っこ抜けるか? とりあえず全体の一割くらい」
「ふむん? わかった。やってみよう」
アトミスの言葉に、ニックはその場を飛び出すと一直線に骨竜へと突っ込んでいく。そうして拳が届く距離まで近づくと、ニックの体を取り込もうと骨の手足が一斉に波打ち、ニックにまとわりついてきた。
「BUROOOOOOON!!!」
「ははは、これは好都合だな!」
普通であれば、それで終わりだ。山より巨大な頭骨から生える幾千万もの手足から逃れる術は無く、そのまま内部に取り込まれ、あとは絞め殺されるか潰されるかしてその命を終えることだろう。
だがニックからすれば引きちぎる対象が向こうから自分に絡みついてきてくれているだけであり、そのまま触れるを幸いと体を回転させ、自分を捕らえようとしてきた全ての骨を引きちぎる。
「BUROOOOOOON!?!?!?」
「ほれほれ、どうしたどうした? その程度では儂は捕まえられぬぞ?」
自分の顔の表面を撫でるように移動していくニックに、骨竜は戸惑いと驚愕の鳴き声をあげる。必殺である近接の間合いでまさかこれほど好き放題に動き回られるなど想定外にも程があり、また顔の表面を攻撃する術などあるはずもない。
次善策として頭を大きく動かし圧倒的な質量での体当たりを試みたが、ニックはそれすら受け止めてひとしきり表面の骨をむしり取ると、アトミスの元へと無傷で戻ってきた。
「これでいいのか?」
「あ、ああ。大丈夫だとは思ったけど、すげーな……っと、動くぞ」
「む?」
「BUROOOOOOON!!!」
咆哮を上げた骨頭が、その場で大きく口を開く。するとまたも口の奥から骨がせり上がってきて、それを噛み砕くと同時に黒い閃光がほとばしり、ニックが毟った手足が凄まじい勢いで再生していく。
「ふむ、元に戻ってしまったな」
「だがそれでいい! 予想通り、アイツはあのフサ骨を再生するのに体を消費するみてーだ。つまりひたすらにフサ骨を毟り続けて、体を全部消費させてから本体である頭蓋骨を叩けば……」
「汚染魔力が飛び散ることがないということか! なるほど、実にわかりやすい」
「だろ? ただまあ、そうは言っても世界を何周かグルグルしてる長さだからな。全部消費させるとなると時間がかかりすぎる。
なんで俺は俺で戦いながらもっと効率的な方法を探ってみるから、オッサンは今と同じ事を繰り返して、敵の注意を引きつつ消耗させてくれ。割と大変な役回りだが……当然できるよな?」
「無論だ!」
挑発的な視線を向けてくるアトミスに、ニックはニヤリと笑って答える。眼下の世界で娘達が頑張っていることを思えば、今のニックに限界など存在しない。
「なら早速行くぜ! ミエール・ゴーグル、キレール・ブレード、カターイ・シールド展開! トベール・ウィング、ブースター点火!」
「くぅ、やっぱり格好いいな……っと、儂等も行くぞオーゼン!」
『うむ。まあ程ほどにな』
自分専用の魔導兵装から青く輝く剣やら盾やらを出現させ飛んでいくアトミスに一瞬遅れて、ニックもまた見えない床を蹴り『裏世界の無限竜』へと突っ込んでいく。
そうしてニックが地道な草むしりならぬ骨むしりを開始した頃、地上でもまた激しい戦いが続いていた――
「ふぅ、本気できりが無いわね」
「むぅ、こんなことならお父様にもっと強力な体をおねだりしておくべきだったでしょうか?」
大地からせり出した太い骨柱。そこから無限の如く湧き出してくる青いスケルトンゴーレムに、フレイとピースが息を弾ませながら対峙する。そんな二人の耳に聞こえてくるのは、地の底からカラカラと響く骨男の声。
『コツコツコツ。もう終わりでアールか? ワガホネの方はまだまだ余裕でアールぞ?』
「うるさいわね! どうでもいいわよそんなこと!」
「まったく、スカスカの体の中にどれだけ魔力をため込んでいるんですか!?」
『コツコツコツ。何千年もの魔力貯金は伊達じゃないのでアール!』
「羨ましい限りねぇ……フレイぃ、悪いけどもうあんまり魔力に余裕がないわぁ」
からかうようなボルボーンの言葉に、ムーナが悔しげに顔を歪めながら言う。骨柱から湧き出してくる青いスケルトンゴーレムは総じて魔法防御力が圧倒的に高く、ムーナであっても普段なら切り札に使うような魔法でなければ有効打が与えられない。
そして、そんな魔法を連発すれば、如何にムーナが莫大な魔力を有していたとしてもすぐに底が見えてくる。あくまでも常識の範囲内の強さでしかないムーナの限界は、決して遠いものではない。
「いいわ、アタシがカバーするから、ムーナは少し休んでて。ロン、ムーナをお願い」
「任されました!」
『コツコツコツ。随分と余裕でアールな。ならばそれがいつまで続くか、じっくり鑑賞させてもらうでアール』
「フンッ! すぐに吠え面かかせてやるから、覚悟してなさい!」
「若い女性が喘ぐ姿を鑑賞するなどという変態趣味を公言する骨男なんて、ケチョンケチョンにしてやりますわ!」
「えっ、そういう意味なの!? 気持ち悪っ!」
『……………………』
ピースの発言に心底嫌そうな顔をしたフレイだったが、すぐにその表情を引き締める。押し寄せ続ける津波の如き骨兵士達の攻撃は、イデアと融合し三倍近く強くなったフレイであっても油断して捌けるものではない。
「くっ……そ! 本当に固いわね! 何なのこのスケルトン!?」
「以前に聞いた話だと、第六世代の魔導兵装相当の強さらしいですよ?」
「いや、それ比較対象がわかんないし……っと!」
だが逆に言えば、油断しなければどうしようもない強敵というわけではない。ピースの方も演技をしていた時と違い、今は普通に切り結ぶことができる。とは言えそれは二、三体までで、流石にそれ以上が一気にかかってくればどうしても対処が追いつかなくなってくる。
「このっ! しつっこいですわ!」
「ねえイデア、これどうにかならない!?」
『一応頑張ってみてるけど……ごめんなさい。お兄ちゃんならきっとどうにかできたと思うのに……』
「馬鹿ね、それ言い出したらアタシだって『ここに父さんがいれば……』ってなっちゃうでしょ? アタシも頑張るから、アンタも頑張りなさい! アタシは父さん、アンタはお兄ちゃんにいいところを見せなきゃね!」
『……うん、頑張る!』
自分の口から聞こえる沈みがちな声が、一転して気合いの入った声になる。それを不思議な気持ちで聞き流し、フレイが改めて剣を振るえば……不意に背後から仲間の悲鳴が聞こえた。
「キャーッ!?」
「ムーナ!?」
慌ててフレイが振り返れば、そこには肩から血を流して地に膝をつくロンと、骨兵士に拘束されたムーナの姿がある。
「ぐぅぅ……申し訳ありません……っ」
『コツコツコツ! まずは一人目でアール!』
「させるかぁぁぁぁぁ!!!」
なりふり構わず、フレイがムーナを拘束している骨兵士に突貫する。渾身の突きを意外にも骨兵士は回避せず、その頭蓋を聖剣が貫いて砕いたが――
「フレイ、後ろぉ!」
「チッ!?」
無茶な突撃で体勢の崩れたフレイに、背後から別の骨兵士達が斬りかかってくる。フレイを守るべく解放されたムーナが飛び出そうとしたが、その体をフレイは横から突き飛ばす。
「なっ!? フレイ!?」
「逃げて!」
助けた仲間を肉の盾にするなど、勇者の……フレイの選ぶ道ではない。だがそのせいで余計に体勢が崩れ、もはやフレイには振り下ろされる剣を防ぐ術が無い。
ガキィン!
「…………え?」
それでも何とか致命傷だけは避けようと体を捻るフレイだったが、突如目の前に出現した黒く輝く剣が、骨兵士の剣を受け止める。
「どうやら間に合ったようだな」
そう言って不敵に笑うのは、闇の衣をその身に纏う何処かくたびれて見える中年男。
「ここからは、余も相手をしてやろう」
堂々たる態度でそう宣言し、魔王オモテボスは骨柱にその切っ先を向けた。





