父、断念する
「あら、随分とお早い到着ね?」
小山の如き巨大な竜の頭の骨。その眉間部分に玉座のように腰掛けるオワリンデは、まるで女王のような立ち振る舞いで自分の元にやってきたアトミスとその他一名を見下す。かなりの距離があるというのに、どういうわけかその姿は細部までよく見えるし、決して大声を出しているわけでもないのにしっかりと声も聞こえる。
「てっきりもっと準備を整えてくるかと思ったけど、まさかそのまま飛んでくるなんて……流石に予想外だわ」
「ハッ! 方向性が違うとはいえ、こんな浪漫の塊が頭の上に浮かんでるのに、黙って見てるわけないだろ? つい駆けつけちまったぜ」
「ふむん? 体は蛇のように長いのに、頭はドラゴンなのか……?」
「そうなの。相変わらずせっかちというか、思い立ったら一直線なのね、アトミス。でもそれでこの『裏世界の無限竜』をどうやって止めるつもり?」
『細長いというだけで、蛇ではないのではないか? 我が見たところ、あれは体というよりも脊椎か背骨に見えるのだが』
「勿論、浪漫たっぷりの手札は用意してるぜ? ま、教えてやらねーけどな」
「背骨!? ということは、これは蛇ではなくもの凄く首の長いドラゴンということか!? 何とも肩が凝りそうだな」
「フッ。そんな事を言っていられるのも今のうちだけ……」
『む? 貴様肩など凝るのか?』
「儂を何だと思っておるのだ! 肩くらい――」
「うるさい! 何なのよお前達は!」
自分とアトミスの会話をそっちのけで姿の見えない何かと会話を繰り広げるニックに、オワリンデが激怒して怒鳴りつける。
「お前如きヒトモドキが、どうしてここにいる!? しかも私とアトミスの崇高な会話を邪魔するなど、どういうつもりなのだ!?」
「むぅ? どうと言われても、こんな怪しげなものが頭の上にあったら、壊しに来るに決まっているではないか。話の邪魔は……まあ、うむ。すまぬ。だがそんなに神経質にならずともよいではないか」
「黙れ、黙れ、黙れ! どういうつもりだアトミス!? 何故こんな奴を連れてきた!?」
「いや、俺が連れてきたわけじゃねーぜ? 何とこのオッサンが、生身でここまで着いてきたんだよ」
「そんなことできるわけないだろうがぁ! そうやってまた馬鹿にしてぇぇぇぇ!!!」
何故かドヤ顔で言うアトミスに、オワリンデが地団駄を踏む。
「今更! 今更そんな見え透いた嘘で私をからかうのがそんなに楽しいか!? 子供だって信じないような嘘で!?」
「嘘じゃねーよ! いや、俺も同じ説明されたら絶対馬鹿にされてると思うけどさぁ」
「もういい! お前がそういう態度をとるなら……っ! おい、ヒトモドキ!」
「うむん? 儂のことか?」
キッとオワリンデに睨まれ、ニックがとぼけた顔でそう答える。そこには危機感の欠片も浮かんでおらず、それがオワリンデを更に苛立たせる。
「チッ! 恨むならこんなくだらない嫌がらせのためにお前を連れてきたアトミスを恨むことね! 消えろっ!」
瞬間、オワリンデの座っていた竜の顎が大きく開き、中から赤い骨柱が射出される。家ほどの大きさのあるそれは一瞬にしてニックの体に直撃したが――
「ふんっ!」
「……………………は?」
「いきなり何をするのだ! 危ないではないか!」
飛んできた骨を後ずさりすらすることなく受け止め、横に放り投げたニックが抗議の声をあげる。だがあり得ない光景を目の当たりにしたオワリンデはそれどころではない。
「こ、こんなことが!? もっとだ! もっと撃ち出せ!」
焦ったオワリンデの声に合わせて、骨竜の顎から続けざまに骨柱が撃ち出される。だがその全てをニックは受け止め、あるいは殴り飛ばしてしまう。
「ハッハー! どうした? もう終わりか?」
「そんな……何で……!? ハッ、そうか! その喋る魔導具、それをアトミスが渡したのね!? それでそんな力が……」
「いやいやいやいや。何でもかんでも俺じゃねーから!」
「そうだぞ。これは儂が体を鍛えているからであって――」
「ひょっとしてアトミスが丸腰でやってきたのは、その男がアトミスの武器だから!? というか、その男こそアトミスの秘密兵器!?」
「何でそうなるんだよ!? 違うぞ、俺の浪漫溢れる武装がこんなオッサンのわけねーだろうが!」
「人を武器扱いするのは感心せんぞ? 確かに儂の鍛えた拳は生半な武器よりもよほど強いとは思うが」
「フッ、クックック……そうなの、ようやく納得がいったわ。でもそういうことなら――」
「話聞けよオイ!」
『どっちもどっちではないか?』
大声で叫ぶアトミスに、オーゼンがぼそっと呟く。そしてそれら全てを無視して自己完結したオワリンデが、玉座の上で両手を挙げて天を仰ぐ。
「今こそ全力でお相手しましょう!」
オワリンデの体が、竜の頭蓋骨に足下から吸い込まれて行く。そうしてオワリンデの姿が消えると、空虚だった骨竜の目に体と同じ禍々しい赤の光が宿る。
「BUROOOOOOON!!!」
空洞の頭蓋の中で反響した音がビリビリとニック達の体を揺すり、巨大な骨竜が動き出す。もっとも大きな頭に細い骨が一直線に繋がっているだけというその形態は、とても戦闘に向いているとは思えない。
「さあ、『裏世界の無限竜』よ! 罪を喰らいてその身と成せ!」
「BUROOOOOOON!!!」
頭蓋の奥から聞こえてくるオワリンデの言葉に、開いた竜の口の中に自身の背骨がせり上がってくる。それをバリンと噛み砕くと黒い閃光がほとばしり、竜の頭蓋に手や足、角などの様々な骨が無数に湧き出してくる。
「酷ぇ見た目だな。機能美の欠片もないじゃねーか」
「あれほど無秩序に手だの足だのを生やしても、戦いづらいだけなのではないか?」
『いや、普通はあの質量で攻撃されるだけで致命的だと思うが。貴様ならばともかく、その男にあれをどうにかできるとは思えんぞ?』
「おいおい、そいつは聞き捨てならねーな。さっきも言ったが、俺が何の手段も用意せずにこんな所に来てると思うのか?」
「ほぅ? 儂の見立てでは、お主には戦う者の強さを見いだせないのだが……」
余裕の笑みを浮かべるアトミスに、しかしニックは首を傾げる。ニックの見立てではアトミスの実力は精々鉄級冒険者程度で、今もなお不気味な骨を増殖させ続けている巨大な竜頭と戦えるとはとても思えなかったからだ。
「ふふふ、なら見せてやろう! こいつが俺の浪漫武装だ! 武装具現化、『ミナ・ギルゼン』!」
叫びながらアトミスが格好よくポーズを決めると、その体が眩いばかりの光に包まれる。そして一瞬の後にはかつて砂漠でまみえた王者、あるいは世界樹の守護者であった男のようなカクカクした全身鎧を身につけていた。
「うぉぉぉぉ!? な、何だ!? 何だそれは!?」
「フッフッフ、これぞ俺専用の魔導兵装、無限の魔力を内包する力の源『ミナ・ギルゼン』だ! どうだ、イカすだろ?」
あまりの格好よさに大興奮するニックに、兜の頬当てをシャコッと開いてアトミスがニヤリと笑う。それがまた格好よくて、ニックの少年心が大爆発する。
「ああ、実に素晴らしい! なあお主、それは儂にも身につけられたりするのであろうか?」
「あん? これ自体は俺専用だから無理だな」
「ならば儂専用の鎧を作ることはできるのか?」
「あー、まあできるけど……」
「な、ならば是非! 是非作ってみてくれんか? 金なら幾らでも出すぞ!」
「おおぅ、一生で一度は言ってみたい台詞を、まさか自分が聞くことになるとは。とはいえ流石に魔導兵装の量産はなぁ。あ、じゃあオッサンがその魔導具を調べさせてくれるなら考えるぜ?」
「ぬぐっ!? そ、それは…………無理だ」
アトミスの提案に、ニックは思わず腰の鞄に視線を落とす。そのまま二、三度手を開いたり閉じたりしたが、すぐにそう結論を出してガックリと肩を落とした。
『……なあ貴様よ、もし貴様がどうしてもと言うのであれば、我としても協力しなくもないのだぞ?』
「馬鹿を言え。儂の欲のために友を差し出すなどしたら、儂はどんな顔をして妻と娘に会えばいいのだ? 残念だがきっぱりと諦めるとしよう」
『……フッ、まったく貴様という男は』
「あっれぇ? これ俺がスゲー酷い奴みたいになってない?」
「気のせいだ。それよりそろそろ向こうも動きがあったようだぞ?」
「BUROOOOOOON!!!」
その言葉にアトミスが視線を向ければ、まるで獅子のたてがみのように幾千もの手や足などの骨を生やし終えた竜の頭蓋骨が、まるで産声のように一際大きな咆哮を放った。





