父、励ます
「あー、すまぬ。ちょっと通してくれぬか?」
「アナウンスさん! アナウンスさん!」
「いや、そうではなく。儂はそっちのアナウンスさんに用があるのだが……」
「アナウンスさん! アナウンスさん!」
「……どうしたものかな」
自分を囲む蟻の群れに、ニックはほとほと困り果てる。もしこれが敵であれば殴り飛ばせば終わりだが、流石に畏敬と崇拝を込めて自分を崇める相手を殴って押しのけるのはあまりにも気が引ける。
『くっくっく。何か声をかけてやればよいのではないか? アナウンスさん?』
「オーゼン、お主……こ、こんにちは?」
「「「アナウンスさん!!!」」」
「おい、これは本当に会話が通じているのか?」
『我に聞かれてもなぁ。少なくとも蟻達の言葉の翻訳だけは正常なはずだが』
「ぐぅぅ……」
面白がるような様子のオーゼンに、ニックは思わず歯噛みをする。
「やむを得まい。多少強引ではあるが……すまぬ、どいてくれ」
「アナウンスさん!?」
きちんと加減をしたうえで、ニックが正面の蟻に手を触れ動かそうとする。するとその蟻が顎をカッと大きく開き、頭の触手を激しく震わせる。
「接触!? アナウンスさん!?」
「アナウンスさん! 接触! アナウンスさん! 衝突!」
「アナウンスさん! アナウンスさん!」
「な、何だ!? 今度はどうしたというのだ!?」
それに釣られるように周囲の蟻達まで騒ぎ出し、ニックは珍しく本気で戸惑いの声をあげる。
『貴様に触れられたことに驚いているのではないか? 本物のアナウンスさんとやらは、幻影魔法だから触れられぬだろうしな』
「そ、そうか。だがそれなら……ほれ、どいてくれ」
「アナウンスさん! 感謝!」
ニックがヒョイと目の前の蟻を持ち上げると、蟻が興奮の声をあげる。だがどうやらそれが喜んでいるらしいと確信し、ニックは次々と蟻を持ち上げては脇にどかしていった。
「次はお主か、ほれ!」
「アナウンスさん! 衝突! 感動!」
「次はお主だ」
「感謝! 圧倒的 感謝!」
「今度はお主だな。ほいっと」
「アナウンスさん! アナウンスさん! アナちゃん!」
「「「アナちゃん!?」」」
「あ、アナウンスさん……」
興奮のあまりニックをアナちゃん呼びした蟻が、周囲の蟻からガチガチと警戒音を鳴らされて発言を訂正する。どうやらアナちゃん呼びは駄目らしい。
「わはは。何だかちょっと楽しくなってきたぞ」
『本当に貴様は単純でいいな。まあそこが貴様の良いところなのかも知れんが……やっとたどり着いたか』
そうして蟻の波をかき分けきって、ニックは遂に本家本元「アナウンスさん」の端末の前へとたどり着いた。淡い光を放つ円形の台座の上には、向こう側が薄く透けて見える若い女性の幻影が浮かんでいる。
『それでは、今週の順位を発表致しまーす! 今週の一位は、なんと六〇〇五四八週連続トップの……』
「で、これに話しかければよいのか?」
『うむ。対話型というならそのはずだが……』
「わかった。あー、すまぬ。アナウンスさん?」
『――ということで、順位の変動はありませんでした! いやー、不動のベスト一〇というのも面白いですけど、もうちょっと白熱したバトルが見たい――』
「アナウンスさん? おーい? ……うむん?」
オーゼンの言葉を受け幾度か話しかけてみるも、ニックの呼びかけに幻影の女性は反応しない。
『どうやらこれは広報用の端末のようだな。ならばおそらく壁際などに別の端末があると思うのだが』
「壁際……また蟻達をかき分けていかねばならぬのか」
『そこはまあ、頑張ってくれ』
小さくため息をつくニックに、気軽な感じでオーゼンが応える。再びニックが蟻を持ち上げてはどかす作業を繰り返し部屋の壁までたどり着くと、不意にニックの正面の壁に光が生まれ、そこに件の女性の姿が映し出された。
「おお!? これか? おーい、アナウンスさん?」
『は……日は……か?』
「むぅ?」
『ニック、もう一度だ! もう一度話しかけるのだ!』
「わ、わかった。おーい、アナウンスさん?」
興奮気味のオーゼンに促され、その後も何度かニックが話しかける。だがこちらの
「アナウンスさん」はどうにも調子が悪いのか、途切れ途切れの返答は一向に要領を得ない。
『ぐぅ。端末の状態が悪いのか? すまぬが他に似たようなものがいくつかあるはずだ。それらにも話しかけてみてもらえぬか?』
「うむ。やってみよう」
そう答えて、ニックはそのまますぐ側にあった同じ装置に声をかける。だがそれも、その隣にあった二つも、そして部屋の反対側にあった四つの装置も、どれもこれも結果は同じだった。
『駄目、か……』
「オーゼン……」
気落ちするオーゼンに、ニックは何と言葉をかけていいのかわからない。偶然とはいえ明確に在りし日のアトラガルドに繋がりそうな手がかりに接しただけに、その落胆は想像に難くない。
「なあオーゼン。あの部屋の中央にあるアナウンスさんでは駄目なのか? あちらはあれほど綺麗に映り、流暢に会話をしているのだから……」
『いや、あれでは駄目なのだ。ずっと聞こえてきた内容からしても、あれはあらかじめ決められた台詞を話しているだけだ。何の施設かわからぬが、おそらくあの順位などが入れ替わった場合、その部分の固有名詞だけが入れ替わるようになっているのだろう。
つまり、あれは会話できるようにはできていない。我のような人格どころか、こちらの問いに決まった答えを返すことすらできはしないのだ……』
「そうか……」
気落ちするオーゼンに、ニックは今度こそ声をかける。
「まあ、まだこの遺跡を調べ始めたばかりではないか。もっと探せばきちんと話の出来るアナウンスさんもいるかも知れん。まずはそれを探してみて、それでも駄目だったら……その時はその時だ。他にもこのような施設が生き残っているかも知れん」
『本気でそう思うか? 確かにひとつあるなら二つ三つとある可能性は残るが、常識的に考えればこのひとつだけが奇跡的な確率で残っていたという可能性の方がずっと高いぞ?』
「ハッ! 常識など今この場において何の役に立つ!? お主が求める答えは、そんなものでわかるようなチンケな謎ではあるまい?」
『貴様……そうか。そうだな』
まるで挑発するようなニックの笑みに、オーゼンの言葉に力が戻る。
『フッ。我としたことが……一万年もの間放置されていたことに比べれば、考えられないほどの前進であるというのに。よしニックよ。まずはこの遺跡を隅から隅まで徹底的に調べ尽くすのだ!』
「ハッハッハ! その意気だオーゼン! ならば早速…………」
豪快に笑いながら言ったニックだったが、その視線が未だに自分の周囲を取り巻く蟻達の群れに向けられる。
「あー……少しくらいはおざなりでもよくはないか?」
『馬鹿を言うな! 落ちている埃ひとつとて大事な手がかりなのだぞ? 隅から隅まで! 徹底的に! だ!』
「お、おぅ。わかった……む、そうか!」
『どうしたのだ?』
オーゼンの問いかけに、ニックがニヤリと笑う。
「まあ見ておれ……よーしお主達、整列だ!」
「「「……………………」」」
「あ、あれ? 駄目なのか? あー、何だ。並べ! 固まれ! それともなんだ……今までの傾向からすると、軍事用語か? なら隊列?」
「隊列!? アナウンスさん 隊列!」
ニックの言葉に反応し、蟻達が一斉に動き出す。それまで周囲を固めていた蟻達がニックの正面で整然と列を成し、まるで軍隊のように縦横ピシッと揃って並び立った。
「おお、通じたぞ! どうだオーゼン! 凄いであろう!」
『うむ、凄いな。凄いが……いや、言うまい』
得意げなニックに、オーゼンは本日二度目の言葉を飲む。
(蟻の軍勢を率いる王か……あの女王蟻からも『アナウンスさんの卵を産みたい』と要請されていたし、本当にこの男は計り知れぬな……)
己の見据えた王の器。その器の大きすぎるほどに大きな器に、オーゼンは一人おののくのであった。





