父、跳び立つ
「殴り甲斐って……父さん、どうするつもり?」
「どうもこうも、あれが何やら悪さをするというのであれば、跳んでいって全部殴り壊してくるに決まっているではないか!」
胡乱な眼差しを向けてくる娘に、ニックはさも当然とばかりに笑って答える。
「決まってるって……でもあれ、何か世界の外? にあるんでしょ? そんなことできるの?」
「さあ? まあやってみて駄目だったら、それはその時考えればいいではないか」
「ハァ。ニックは本当に変わらないわよねぇ」
「ですが、ニック殿ならできそうな気がするのが恐ろしいですな」
全く悪びれる様子の無いニックに、ムーナが呆れロンが苦笑する。常識が無理だと叫ぶようなことも、ニックがやるなるならばできそうに思えてしまう。
「ははは。じゃあちょっと行って――」
「いやいや、待てよオッサン!」
ニックがグッと足に力を込めたところで、不意に横から待ったがかかる。一行がそちらを振り向けば、ヨレヨレの白衣を着た青年と妙にきわどい服を纏った少女がニックの方へと近づいて来ていた。
「ん? 何だ? お主達も来るか?」
「来るかって……なあオッサン、オッサンはあれが何かわかってて言ってるのか?」
「ふむん? いや、わからんが……だが何であろうと殴り壊してしまえば同じであろう?」
「馬鹿言え! 俺の見立てだと、多分あの骨蛇の胴体は中が空洞になってて、そこに未加工状態の汚染魔力が蓄積してるはずなんだよ。そんなものあそこで砕いたら、世界中に汚染魔力が拡散して大変なことになるだろーが!」
「それは……確かに困るな」
殴って壊せるものならば、ニックはどうとでもできる自信がある。が、魔力視すらできないニックには飛び散った汚染魔力をどうにかする手段はない。
「オーゼン、どうにかできるか?」
『む? そうだな。「王の鉄拳」なら吹き飛ばせると思うが、あれだけの規模となると全ては無理だろう。貴様の魔力操作が未熟なせいで、連続使用ができんからな』
「ぐっ……そ、そうか……」
オーゼンの皮肉めいた言葉に、ニックは思わず眉根を寄せる。なお突然聞こえた聞き覚えの無い声にフレイだけが「え、今の誰!?」とキョロキョロしてムーナに説明されていたが、アトミスの方は特に反応しない。対話のできる魔導具などアトミスからすると特に珍しくもなかったからだ。
「では、どうするのだ? まさかこのまま放置というわけにもいくまい?」
「そりゃそうだ。あんな物騒なもんが頭の上に浮かんでたら、妹も安心して復活できないだろうからな。てことで、ピース!」
「はい、お父様!」
「俺は今から上にあがって、あの骨蛇を操ってるであろうオワリンデをとっちめてくる。その間お前には地上を任せたいんだが、大丈夫か?」
「はい、それは平気ですけど……こっちを任せるというのは?」
「ああ、それはな……」
アトミスの言葉が終わるより前に、突如として激しく地面が揺れ動く。それに合わせてニック達のすぐ側の地面から、巨大な骨の柱がせり上がってきた。
「うわっ!? 今度は何!?」
「でっかい骨の柱……これは肋骨かしらぁ?」
「ムーナ殿、この際骨の種類はどうでもいいのでは?」
近くに現れたそれにフレイ達が感想を口にしていると、骨の柱が青く輝きそこから次々とスケルトンが生み出されていく。
「みんな、戦闘準備!」
「承知!」
「お任せよぉ!」
その光景に、フレイ達は即座に戦闘態勢を整える。そうして向かって来たスケルトンと刃を交えるが……
「固い!? 二人とも、これ結構強いわよ!」
「この状況で出てきたってことは、あの骨男の召喚魔よねぇ?」
「ということは、今回もアンデッドではなくゴーレムということでしょうか? それだと拙僧は補助に回った方がよさそうですな」
青白く輝くスケルトンはフレイであっても一撃では倒せないほどに強く、それが骨の柱から次々と湧き出してくる。そうなれば柱本体には近づくのすら用意ではなく、無限と思われる物量に押し潰されるのは時間の問題のはずだったが……
「ふんっ!」
全てのスケルトンを蹴散らしながらあっという間に柱の元に辿り着いたニックが、その拳の一撃で骨柱を粉砕する。根元からへし折れた骨の柱は光の粒子となって消失したが、すぐに少し離れた所で新たな骨柱が地面からせり上がってくる。
「ぬぅ、これは……」
『コーツコツコツ! その程度ではワガホネの切り札は阻めないのでアール!』
「骨男!? 何処にいるの!? 姿を現しなさい!」
『姿ならとっくに見せているでアール。その骨こそワガホネの一部にして本体! この世界に遍く広がるワガホネの力そのものでアール!』
「遍く広がる……? ってことは、まさか!?」
『コツコツコツ。そうでアール。今頃世界中に同じ骨柱が立ち上がり、世界各地をワガホネの召喚した魔物が襲っているはずでアール!』
「チッ、何かこっちにも戦力を残してるとは思ってたが、こっちもこっちでそんな大規模なやつかよ! オワリンデの奴どれだけ仕込んでるんだよ!」
勝ち誇ったようなボルボーンの言葉に、アトミスが苦々しげに言い放つ。強大な個ならば多少の犠牲を覚悟してYggdrasill Cannonで吹き飛ばすということもできたが、倒してもすぐに復活し、雑魚を大量に吐き出す建造物となると手持ちには有効な札がない。
「これはちょっと不味いわねぇ。私達でも苦戦するほどの敵が大量に出現してるとなると……」
『そ、それは多分、大丈夫』
苦しげなムーナの呟きに、フレイの口からフレイでは無い声が答える。
「フレイ……じゃなくて、イデアだったかしらぁ? 大丈夫って、どういうことぉ?」
『力の流れを追ってみたら、ここから離れれば離れただけ魔力の強度が落ちてるみたいなの。だからこんなに強い敵は、きっとこの辺でしか召喚できないと思う……多分』
「なるほどねぇ。それならまだ望みはあるけど、どっちにしろ……」
「ええ、大本を叩かなかったら駄目よね。父さん!」
「ん? 何だ?」
一番近い柱の対応をフレイ達に任せつつ、縦横無尽に動き回ってそれ以外に出現する柱を片っ端から殴り壊していたニックに、フレイが大声で呼びかける。
「行って! 上! ここはアタシ達が何とかするから!」
「む、それは……」
「大丈夫よ! だってアタシは勇者……ううん、父さんの娘なんだから!」
「……そうか、そうだな」
青白く輝くスケルトンと交戦しながら笑う娘に、ニックは感慨深げに頷く。ここで娘の言葉を信じずして何が父親か。
「おい、そこの若いの! 上に行けばこれを何とかする算段はあるのか?」
「ある! 何だ、オッサンも来るのか?」
「ああ! この状況で座して待つほど耄碌はしておらんからな!」
「上等! なら行くかオッサン! トベール・ウィング展開!」
そのかけ声と共に、アトミスの背中に青く輝く光の翼が出現する。それはかつて魔竜王が生やした有機的な翼と違い、まるで金属の板のような形状をしている。
「ピース、後は任せた! ブースター点火! 魔導炉、最大出力!」
「では、行ってくる! とうっ!」
「行ってらっしゃいませ、お父様!」
「頑張って、父さん!」
青い光をたなびかせアトミスが天へと駆け上り、その隣では筋肉親父が空を蹴って跳び上がる。
「跳ぶって、そういう!? ま、まあいいや。遅れるなよオッサン!」
「ははは、お主こそ遅れるなよ! フンッ! ハッ!」
二人の男が蒼の彼方へと消え去ると、残された娘達は背中を合わせて大量の骨と対峙する。
「ずっと気になってたんだけど、アンタってモルジョバに居るピースの親戚とかなの? ピースって名前の子は割といるけど、顔までそっくりっていうのは……」
「ふふふ、気になるならあとで本人に聞いてみては如何ですか? ですが、そのためには……」
「ええ、まずはここを切り抜けないとね。ムーナ! ロン! まだいけるわよね?」
「当たり前でしょぉ?」
「お任せ下さい!」
『ここで敵を倒し続ければ、その分他の所に出現する敵が弱くなると思う。だから、頑張って!』
頼もしい仲間の言葉と、自分の口から聞こえる自分では無い声の励まし。何処からともなく巨大な鎌を取りだした謎の少女を加えた勇者パーティは、こうして終わりの見えない戦闘を開始した。





