魔神、これでもかと煽る
「兄がここに作ったのは、魔族……正確には魔石を持っている存在とそれ以外とが戦うことで生じるなんやかんやをエネルギーとして収集することのできる『死の螺旋』ってものだ。それに――」
「待って!」
ずっと大人しく話を聞いていたフレイが、その瞬間大声を上げてアトミスの言葉を遮る。その表情は怒りや悲しみ、やりきれない思いが入り交じり、まるで涙を堪える子供のように見える。
「なんで!? 何でそんな仕組みにしたの!? そんな仕組みにしたから、今日までずっと魔族と人間が戦ってたんじゃないの!? 何で、どうして……っ!?」
「あー、説明は後……と言いたいが、まあいいだろ。理由は簡単だ。それが一番効率がよかったからだよ」
「効率!? そんなことのために、一体どれだけの血が流れたと――」
「知らねぇよ、そんなこと」
フレイの叫びに答えるアトミスの声は、どうしようもなく冷たかった。そのあまりの硬質さに、フレイはそれ以上言葉を発することができない。
「なあアンタ、何か勘違いしてねーか? 言ったろ? 兄の目的はあくまで妹を蘇らせることで、それ以外は全部オマケだ。『死の螺旋』をそういう仕組みにしたのはここに住んでる奴らがそれ以外の奴らと対立して戦いたがってたからで、兄がそう仕向けたわけじゃない。
忘れるなよ。そいつは世界を救った救世主でも、魔族をそそのかした大悪党でもない。妹を救いたかっただけの、ただの『お兄ちゃん』なんだよ」
「……………………っ」
でも、だけど、だって。そういう言葉の全てを、フレイは砕けそうな程に歯を噛みしめて飲み込んだ。
そんな仕組みは間違っていると正義を掲げて指摘するのは簡単だ。でもそれは決して強要されたものではない。何故ならフレイが出会った魔族には、戦わないことを選んだ者も沢山いたからだ。
ならば罪はどこにあるのか? 最初に作った人間? それとも争いを止められなかった自分か? それに決まった答えなんてない。誰の視点で考えたか、誰を満足させるためのものか。その違いがあるだけだ。
最愛の人を助けたい……他の全てを、それこそ自分すら犠牲にしてでもその願いを貫いたアトミスを「悪」と断じて糾弾できるほど、フレイは傲慢な正義に浸っている「勇者」ではなかった。
「ハァ、話を続けるぜ……兄の作った『死の螺旋』は、完全かつ完璧なシステムだった。だが俺が眠った後で、それに手を出した奴がいた。完全なシステムに不完全な自分のシステムを上書きすることで欠陥を生みだし、システムへの干渉に成功する。
そのうえで汚染の浄化効率を低下させたり、あるいは汚染がより溜まりやすいように『魔神様を復活させるには積極的に人間と争って力を溜める必要がある』みたいな嘘をついて魔族を誘導したり……まあ色々暗躍してくれたわけだな。
もっとも、そこまでならまだ何とかなった。万が一にも妹の方に悪影響がでないように細心の注意を払っていたせいで阿呆ほど時間がかかったが、それでも十分に世界を上手く回せるはずだった。
問題だったのは、今から大体一〇〇〇年とちょっと前。限界まで溜まった汚染をやむなく『死の螺旋』から切り離した際に、その処理を乗っ取って汚染の力を用いて『魔王』なんてのを生み出しやがったことだ。
これには流石の俺も焦った。システムの中にいる俺には、外部に直接干渉する術が無い。にもかかわらずそんなものを作り出して戦乱を拡大されたら、更に汚染が集まる速度があがり、そのせいでまた汚染を切り離して、それが魔王になって……と、魔王の無限増殖だ。流石にそんなのは対処しきれない、どうしたものかと思っていたんだが、事態はそうはならなかった」
「……勇者の存在か」
ニックのこぼした小さな呟きに、当代勇者であるフレイに視線が集まる。そしてフレイ自身の視線は、手にした聖剣へと落ちる。
「そうだ。魔王が誕生してから数年遅れて、世界に勇者が現れた。そっちには干渉してないからわからないんだが……」
『うん。あたしが頑張ったの。お兄ちゃんが、色々残してくれてたから……半分以上使い方がわからなかったし、説明がくどいし、あと事あるごとに「妹がー」って入ってて、見るのが苦痛だったけど』
「……………………」
フレイの口から漏れたイデアの言葉に、ニック達のみならずピースまでもが微妙な表情を浮かべる。マキナだけは憎々しい眼差しを向けていたが、然りとて今はまだ何をされているわけでもない。
「そ、そうか……まああれだ。きっと妹が大好きすぎて気合いが入っちゃったんだろうな。とにかくその勇者のおかげで、俺は何とか汚染を耐えることができていた。
が、四人目の魔王が誕生した時、問題が起きた。それまでは割とあっさり……というと語弊があるが、まあ大体誕生から一〇年ちょっとくらいで倒されていた魔王が、今回に限り何十年経っても倒されずに存在し続けたことだ」
「それは…………えっと、何か、ごめんなさい…………」
アトミスの言葉は特に責めているようなものではなかったが、フレイはさっきまでのやるせなさを全て放り投げ、申し訳なさそうに謝罪を口にした。自分が歴代で唯一、魔王を倒すことを最終目標とせず、世界の真実を知ることに注力していたことをしっかりと自覚しているからだ。
もっとも、そんな謝罪の言葉を気にすることなくアトミスの解説は更に続く。
「魔王が倒されないことで、俺のところにはこれまでよりもずっと早いペースで汚染が蓄積されるようになった。しかも一度切り離すごとに汚染を隔離する作業が難航するようになっていて、俺の存在はドンドンと汚染に埋もれていく。
俺が本気でヤバいと感じ始めた、正にその時! 俺は突然、横からぶん殴られた」
「……………………は?」
「あー…………」
アトミスの言葉に、マキナは意味がわからないという顔をし、フレイ達は納得の表情でニックの姿を見る。そして当のニックは、悪戯がばれた子供のような顔で口をとがらせそっぽを向いている。
「正直なところ、何が起きたのか俺にもよくわからん。汚染の浸透が進んで意識が朦朧としていたところにもの凄い衝撃を受けて、その後は気づいたら外にいたんだよ。
で、慌てて使い捨ての魔導具で兄が昔使っていた拠点に戻ると、そこにはどういうわけか機能停止した魔導人形が……ピースがいた。で、とりあえずピースを直してから世界を巡り、色々と情報を集めてここに戻ってきて……」
そこで一旦言葉を切ると、アトミスはニヤリと笑ってマキナの方を見る。
「俺を罠に嵌めたつもりの奴を、まんまと罠に嵌め返したってわけだ。いやー、助かったぜ。流石の俺も何処だかわからない場所になんて転移できねーからな。
お前達の目的を考えれば俺が即座に壊されることはないだろうと踏んでたが、まさかこんなにあっさり重要拠点にご招待してくださるとは! 浅はかすぎてへそで茶が沸くぜ!」
「勿論、私にはその骨野郎の洗脳など一切効いておりませんわ! もし私が先にこちらに辿り着いた場合はお父様からお借りした権限でお父様を呼び戻すとか、本気で壊されそうになった場合の対処なども色々しておりましたのに、まさかあんな演技に欺されて従者などという者にしてくれるとは! 浅はかすぎておへそでお茶が沸いてしまいますわ!」
「ぐっ、ぬぅ…………」
思いきり煽りまくる二人に、ボルボーンが悔しげに骨を鳴らす。そうして散々煽り倒すと、アトミスが徐に文字を書き続けていた白い板をバンッと叩く。するとその板がくるっと回り、そこにもまた赤い太線であの文字が書かれている。
「さあ、これにて楽しい楽しい解説タイムは終了だ! ということで、もう一度行くぜ?」
「さあ、皆さんもご一緒に!」
「えっ? これは言った方がいいやつなの?」
「さぁ? 知らないけど、とりあえず言ったらスッキリしそうよねぇ」
「拙僧としては敗者にむち打つのは好みではないのですが……」
「わはは、まあいいではないか。フレイが苦労した原因の大半がアレのようだし、ならばこのくらいはよかろう」
『えっと、私も言うの?』
「いきますよ? せーのっ!」
「「「どっきり、大成功!!!」」」
「ふざけるなぁ!」
その場のほぼ全員の声を受けて、マキナが天も裂けよとばかりの大声をあげた。





