魔神、解説する
「あの、お父様? もの凄く膝がガクガクしておりますけど、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫だピース! 大丈夫だと思わないとやってられないから、俺は大丈夫だ!」
「あ、はい……」
心配そうに声をかけるピースに、アトミスはグッと親指を立てて答える。その顔には余裕の表情が浮かんでいるが、足は変わらずガクガクしっぱなしだ。その様子を見たニックは、先程のやりとりも踏まえて少しだけ反省の色を見せる。
「むぅ、ちょっと強く殴りすぎてしまっただろうか……? というか、ピース? なあフレイ、あれは一体誰なのだ?」
「えっ!? あのちっちゃい子のことは知らないけど、男の人の方は昔父さんが殴り飛ばした魔神でしょ? ほら、アタシが父さんをその……追い出しちゃった日の……」
「……ああ! いや、しかしあの時に殴ったのはもっとこう、粘つくような黒い何かに覆われていたモノだったと思うのだが」
「はーい、そこ! そういうのは今から全部纏めて話すんで、私語は謹んでくださーい! じゃないと先生いつまでも待ち続けますよー? 静かになるまで何分かかりましたーっていう糞みたいなお説教しちゃいますよー?」
「先生? まあ、うむ。すまぬ。静かにしよう」
ビシッと指を突きつけるアトミスの指摘に、ニックは謝罪して口を閉じた。当然フレイやムーナ達も聞く姿勢を取っているし、それはボルボーン達も例外ではない。強烈な敵意や殺意を向けてはいても、この状況の説明を最も求めているのはボルボーン、ひいてはマキナと呼ばれた女性であることは間違いない。
「よしよし、じゃ、ピース。アレ出してくれ」
「はい、お父様」
アトミスの指示でピースが黒い空間から取りだしたのは、自立するように足のついた大きな白い板と、何やら黒くて太い棒。その棒を受け取ったアトミスがキュポッと先端を引っ張って中身を露出さえると、妙に艶のあるその白い板に黒い棒を押し当て、キュッと引っ張って「ゴブリンでもわかる世界の歴史」という文字を書いた。
「じゃあ解説始めるぞ。まずは世界の成り立ちだけど……昔々、この世界には超凄い文明があったけど、なんやかんやあって文明が崩壊し、世界から魔力が失われました。ここまではいいか?」
「あの、お父様? いいもなにも、それは流石に雑すぎませんか?」
「平気だって! ここにいるくらいなんだから、その程度は前提知識として知ってるだろ? なあ?」
言って見回してくるアトミスに、全員が頷いて……あるいは沈黙で返す。ニックやフレイ達はシズンドルで知識を得ているし、ましてやアトミスと同じ時代に生き作業を手伝っていたマキナや、それに作られたボルボーンはそんなことわかりきっている。
むしろ知りたいのはそれこそ今この瞬間、どうしてアトミスが正気でここにいるのかということだけなのだが、急かして機嫌を損ねた結果知りたい情報に辿り着けなくなっては意味が無い。ならばとマキナは必死に怒りを理性で押し殺す。
そんなマキナにもチラリと視線を向けつつ、アトミスは満足げに頷いて話を続けた。
「よしよし、平気そうだな。なら続きだ。そんなぶっ壊れて終わった世界に、世界一可愛い愛の化身、天から降り立った人型の奇跡、お兄ちゃん大好きな超絶美少女である妹が――」
『……お兄ちゃん、嫌い』
「ぐはっ!?」
フレイの口から無意識に飛び出たフレイのものではない言葉に、アトミスは胸を押さえてその場で蹲る。
「お父様!? 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。平気だ。さっきの筋肉親父の拳とは比較にならない威力だったが……ふぅ、よし続けよう。じゃ、妹の可愛さについてだが」
『……お兄ちゃん?』
「そ、そうだな。これを語り始めると三日かけても解説が終わらなくなるから、ここは……ぐぅぅ、断腸の思いで……」
(何て言うか、ニックと同じ匂いを感じるわねぇ)
(何!? 儂はあんなではないぞ!?)
(お二人とも、お静かに。続きが始まりますぞ)
ボソボソと話しをするニック達の前で、苦しげに胸を押さえていたアトミスがようやくにして立ち直る。
「まあとにかく、最高に可愛い妹と、超絶天才である兄がいたんだよ。ただ妹の方は病弱で、その体は年を追うごとに弱っていった」
それまでのふざけたような空気が、スッと変わった。その境遇に思うところのあるニックとフレイは、真剣な顔でアトミスの話に耳を傾ける。
「兄は、妹を助けるためになんでもした。だがどれほど知識と技術を深めても、妹を救う手段は見つからない。最後の手段として妹を世界から隔離し、病の進行を極限まで遅らせるという手段をとったが、そんなものはその場しのぎでしかない。
だが、兄は諦めなかった。足りないならば更なる知識を。届かないならば更なる技術を。一〇年、二〇年、三〇年……その人生の全てをかけて辿り着いた結論は二つだ。
一つは簡単。最高品質の魔石を加工して作った魔導核に、人格を移植する。これならば金と設備があればもっとずっと前から可能だった。
だが、兄はそれを選ばない。だってそうだろ? 妹とそっくりの思考パターンを持ってるだけの人形を作ってどうする? それは妹の代替品であって妹じゃない。そんなものは妹を救う手段とはなり得ない。
故に、兄はもう一つの手段をとった。それは……妹の体を一から作り直すことだ」
『体を……作り直す……!?』
「えっ、何!? 何でアンタが驚くのよ!?」
突如自分の中に生まれた驚きの感情に、フレイは戸惑い聖剣に視線を向ける。だがその答えが返ってくることはなく、代わりにアトミスの説明が続いていく。
「当時、エルフを……新たな命を生み出す技術は既に確立されていたからな。だが弱い自我しかないElemental……精霊をそれ用に調整した肉体に入れて命にするのと、今生きている人間の魂を移し替えることのできる肉体を作るんじゃ難易度が全く違う。
絶対に拒絶反応が出たりしない、正真正銘の人の肉体……魂に合わせて細胞の一つ一つから作り上げるそれは、完成までおおよそ三〇〇〇年。
ハハッ、馬鹿みたいだろ? 人が腹から生まれるだけなら一〇ヶ月もあればいいのに、たった一人の妹の体を創るのにそんな時間がかかるんだ。全く以て無能な兄貴だぜ」
『お兄ちゃん…………』
「で、だ。妹が目覚めた時、世界が荒廃したまんまじゃつまんねーだろ? せっかく元気な体を手に入れるなら、綺麗な世界を堪能して欲しいしな。
そんなわけで、兄はついでに世界を再生することにした。人助けとかそんなのじゃない。単に妹に綺麗な世界を……青い空を見せてやりたい。ただそれだけのために世界を救い、そしてその手段の一つとして、世界を再生する際にどうしても避けられない汚染を浄化するシステムを作り、それを引き受けることに決めた。
それがここに魔神が……俺が眠っていた理由だな。いや、本当に寝てたわけじゃなくて、ずっと仕事してたんだけど」
そういってくたびれた笑顔を浮かべ、アトミスが頭を掻いてみせる。ただ妹のためだけに、何千年もの間苦しみを引き受ける。その詳細をフレイ達は知らなかったが、フレイの胸には自分のものとは違う感情が止めどなく溢れだしてくる。
『お兄ちゃん……あたしは……っ』
「待って。気持ちはわかる……なんて言わないけど、まだ話が終わってないでしょ? 最後まで聞きましょ。アンタの……お兄ちゃんの話」
『……うん』
今にも動き出しそうだった足が、ソワソワしつつも踏みとどまる。これが体が乗っ取られているというのであれば不快感を覚えただろうが、イデアの想いが自分に伝わってくるが故に体が勝手に動きそうになるというのは、フレイとしても苦笑するしかなかった。
(アタシだって父さんが同じ事してたら……いや、父さんはもうしてくれてるのか)
詳細までは知らずとも、自分の父がどれほどの想いを込めて自分を愛し、守ってくれているかをフレイは誰よりも理解している。この兄妹が父娘だったなら、今頃自分は全力で父に飛びついていたことだろう。
「で、だ。これで三〇〇〇年経って、美しく蘇った世界に妹が復活していれば、それでめでたしめでたしってことだったんだが……そうはいかなかった。俺が眠ったその後で、俺にちょっかいを出してきた奴がいたんだな、これが」
「……………………」
そう言ってアトミスが視線を向けた先には、射殺すような視線でアトミスを見つめるマキナの姿があった。





