骨男、呼び出す
魔王城、謁見の間。魔王オモテボスから召集令を受けたことで、そこには四天王のうち三人が集まり、談笑を繰り広げていた。
「ハゲル砲? 何それ、ツルピカになるの?」
「違うでヤバス! 魔力干渉により対象を激しく振動させることで、理論上どんな物質でも破壊することのできる必殺兵器! 激しく振動砲……略してハゲドウ砲でヤバス!」
「何だよくわからねーが、凄えじゃねーか! ま、俺様の筋肉はそんなハゲアガル砲なんてのに壊されたりしねーが!」
「だからハゲドウ砲で……まあ別にいいでヤバス」
何処までもボケ続ける二人に、ヤバスチャンは説明を諦めた。どのみち魔王がやってくるまでの暇つぶしの話題であり、本気で理解して欲しいわけではないのだ。
「にしても、魔王様遅くない? アタシこの後予定があるんだけどー」
「そうだな。俺様も筋トレがしたいぜ! 一日も早く元の体に戻りたいからな!」
「お前達、もうちょっと魔王様に対する敬意というものを……」
「皆の者、待たせたな」
と、そこで謁見の間に待ち人たる魔王オモテボスの声が響く。それに反応して振り向いた三人の前にいたのは、当然ながら魔王本人と、それに加えて意外な人物が二人。
「魔王様! に、ボルボーンでヤバス?」
「コツコツコツ! 久しいでアールな、皆の衆」
「うわー、めっちゃ久しぶりじゃん! てか、その子誰?」
魔王の後ろを歩くボルボーンの横には、誰も面識のない少女が付き従っていた。一二歳くらいの基人族に見える少女はまるで人形のように表情がなく、外見に不釣り合いな夢魔のようなきわどい服装が背徳的な淫靡さを醸し出している。
「ああ、これは――」
「私はボルちゃまの肉奴隷です。毎晩恥骨をペロペロ舐めるのが仕事です」
「ブフォッ!? ぼ、ボルちゃま!? ボルボーン、お前そんなガキにボルちゃまなんて呼ばせてるのか!?」
「肉奴隷って……うわぁ、マジで引くんだけど」
少女の自己紹介にマグマッチョが噴き出し、ギャルフリアが物理的に一歩下がる。そんな二人の態度に、ボルボーンは珍しく困惑した態度を見せた。
「ハァ……これは古代遺跡から発掘した、半生体のゴーレムのようなものでアール。古すぎるせいかどうにも調整が上手くいかなくて困っているのでアールが……エクス、こちらにくるでアール」
「畏まりました、親方」
近づいて来たエクスの頭を掴み、ボルボーンが魔力を流してその内部に干渉していく。するとエクスの体がビクビクと震え、その口から喘ぎ声のようなものが漏れる。
「あっ、あっ、あっ……」
「……ねえ、アタシ帰ったら駄目? こんな変態行為を見せつけられるとかマジあり得ないんだけど」
「断じて変態行為などではないでアール! さあ、これでどうでアールか?」
ジト目を向けるギャルフリアに抗議しつつ、ボルボーンが手を離す。すると力の抜けていたエクスの体がガクガクと不可思議な動きを見せ、次の瞬間。
「おはようございます大統領。本日の予定はチビッコビッチ氏との夜の大乱闘となっております」
「ねえ、本当に帰ったら駄目? 今すぐ戻って畑のゴーレム近づかないようにがきんちょ達に注意したくてたまらないんですけどー!?」
「ぐっ……とにかくこんな感じなのでアール。能力的には問題ないので従者として連れているのでアールが、言動に関しては無視して欲しいのでアール。さあエクス、こっちに来るでアール!」
「合点承知の助です。骨大将」
ギャルフリアのゴミを見るような視線を避けて、ボルボーンがいつもの立ち位置につく。それを受けてヤバスチャン達もいつもの並び順に……ギャフルリアだけはとても嫌そうな顔で可能な限りボルボーンから距離を取っていたが……整列すると、オモテボスが玉座の前に立ち自分達を見下ろす状況になったことで、改めて全員が挨拶を口にした。
「土の四天王、泰山狂骨ボルボーン。御身の前に!」
「風の四天王、闇風貴人ヤバスチャン。御身の前に……でヤバス」
「水の四天王、流水偶像ギャルフリア。おんみのまえにー」
「火の四天王、噴炎爆筋マグマッチョ! 御身の前に!!!」
「うむ。よくぞ集まってくれた四天王よ!」
「それで魔王様、本日はどのようなご用件でヤバス?」
「全員集めるなんて随分と久しぶりじゃねーか! 何かヤバいことでもあったのか?」
「ちょっ!? マグマッチョ、それは私のやつでヤバス! そこを被らされたら私の印象がヤバいくらいに薄くなってしまうでヤバス!」
「え? 今更ヤバスチャンの印象が薄くなるとかあり得ないでしょ?」
「……あー、いいか?」
「はっ!? も、申し訳ないでヤバス!」
困ったような表情を浮かべるオモテボスに、ヤバスチャンが慌てて頭を下げる。それに合わせてギャルフリアとマグマッチョも沈黙したことで、ようやくオモテボスは話を再開することができた。
「では、今回お前達全員を集めた理由だが……実は余の意思ではなく、ボルボーンの願いなのだ」
「ボルボーンの?」
オモテボスの言葉に、ボルボーン以外の三人がボルボーンの方を見る。特にヤバスチャンはあからさまに訝しげな視線を向けたが、ボルボーンの骨の顔からは相変わらず何もうかがい知ることはできない。
「で、ボルボーンよ。余の名を使ってまで全員を集めるほどの重大な報告とは何だ?」
「コツコツコツ。それなのでアールが……実は魔神様を復活させる準備が整ったのでアール」
「何っ!?」
ボルボーンのその発言に、オモテボスが驚きの声をあげる。声を上げるのはかろうじて堪えたが、ヤバスチャンもまた目を見開きボルボーンを見つめている。
「ど、どういうことでヤバス!? 魔神様を復活させる!?」
「魔神様の復活は、人と魔族が戦う事によって生じる力を我ら魔族の秘宝『死の螺旋』に注ぎ込むことで成るはずだが……?」
「コツコツ。勿論それで合っているでアール。正確には必要量の力が溜まった段階で封印を解除する必要があり、そして丁度昨日で魔神様の復活に必要な力が溜まりきったのでアール」
「……何故それをお前が知っているでヤバス?」
鋭く睨み付けるヤバスチャンに、しかしボルボーンは肩の骨をカラカラと鳴らしてすくめる。
「むしろ何でお前達は知らないのでアールか? ワガホネはちゃんと初代魔王様から力の溜まり具合を調べる方法も、溜まった力で魔神様を解放する手順も受け継いでいるでアールぞ?」
「ぐっ……!? ま、魔王様……?」
「……いや、余はそのようなことは知らん。魔王になった時に得た知識にもそれに関するものはない。単に力が溜まれば勝手に復活すると思っていたのだが……」
「コツコツコツ。いくら何でもそんなに雑な作りにはなっていないでアール」
呆れたような声で言うボルボーンに、オモテボスもヤバスチャンも何も言えない。ボルボーンの発言の真偽を確かめる術はなく、ボルボーンが初代から……少なくとも文献の残っている二代目からは間違いなく……ずっと四天王として歴代の魔王に仕えているという事実は揺らがないからだ。
「そう、か。魔神様が蘇るのか……ということは、余はどうなる?」
「コツコツコツ。力は溜まりきったのでアールから、とりあえず魔神様の為に死ぬ必要は無くなったはずでアール。ただし蘇った魔神様が魔王様をどうするかまではワガホネには何とも言えないでアール」
「それはまあ、そうだな。しかしそうか。余の命は……助かったのか……?」
「魔王様…………」
ずっとずっと、魔神復活の礎となって死ぬために生きてきた。そんなオモテボスは突然運命のくびきから解放され、放心したようにジッとその手を見つめる。そんなオモテボスに気遣わしげな視線を向けるヤバスチャンだったが、そんな二人を完全に無視してボルボーンが玉座の方へと歩き進んでいく。
「ということで、早速魔神様を復活させるでアール!」
「は!? 今すぐか!? それは何と言うか、もうちょっと式典とかそういうのを準備してからの方がいいのではないか?」
「何を言っているでアールか魔王様。魔神様はもう一万年も待ったのでアールぞ? ならば一日、いや一秒だって早く目覚めたいと思っているはずでアール」
「それはそうかも知れんが、だが流石に今すぐは……」
「あー、ハイハイ。後はワガホネが上手くやるから、魔王様はそっちで見ていて欲しいでアール」
「ボルボーン! お前、魔王様にヤバい位に失礼すぎるでヤバス!」
「そういう話も魔神様が蘇ってからまとめて聞くでアール。エクス」
「はい、提督」
「…………儀式の邪魔をされないように、そこでワガホネを守るでアール」
「畏まりました」
「ボルボーン!」
「ちょっ、落ち着けよヤバスチャン! 魔神様が復活するなら、それはいいことなんだろ?」
飛び出そうとするヤバスチャンを、マグマッチョが押さえる。弱体化した今のマグマッチョの力ならばヤバスチャンでも十分に振り払えたが、それを踏み留めたのは他ならぬ魔王オモテボスだ。
「いい。まずはボルボーンの好きにさせるのだ」
「魔王様……わかったでヤバス」
「じゃ、ボルボーン! とりま魔神様の解放、よろしくー!」
「コツコツ。任せるでアール」
どうにも温度差のある四天王と魔王の視線を背に受けながら、ボルボーンは玉座を越えて、その背後で輝く『死の螺旋』に手を触れる。
「管理者権限でシステムにログイン。浄化核を排出させるでアール」
『申請を確認。登録座標にゲートを展開。浄化核を排出します。排出後は速やかに新しい浄化核をセットしてください』
皆が固唾を呑んで見守る中、無機質な女性の声が謁見の間に響き、死の螺旋の上に黒い窓が開く。そこからずるりと人型の何かがこぼれ落ち……
「さあ、目覚めるでアール、機人デウスよ!」
起き上がった男の瞳には、どす黒い渦が宿っていた。





