父、一工夫する
『それで、満足したのか?』
アイランドタートルの背でのんびり寝転がるニックに、オーゼンが声をかける。肉、野菜、果物と一通り口にしたのだから、そろそろいいのではと思ったからだ。
だがニックはむくりと上半身を起こすと、そんなオーゼンにニヤリと笑ってみせる。
「何を言っておる。むしろこれからではないか! やっと調子が出てきたところだぞ?」
美味しいものをより美味しく感じるために、ニックは目的の食材を食べるとき以外の食事を意図して簡素なものにしていた。だからこそニックの食欲はまだまだ収まることはなく、むしろこれからが本番とばかりにその胃袋がうなりを上げている。
「やはり肉を駄目にしてしまったのが心残りだな……よし、次は鳥にするか!」
『鳥? 鳥を捕まえて食うということか?』
「そうだな。不死鳥辺りなら卵も肉も美味いはず……っと」
不意にニックの足下が揺れ、地面……というか甲羅がゆっくりと沈んでいく。生きている魔物なので、動くのは当然だ。
「休憩時間はそろそろ終わりのようだな。よしオーゼン、次の場所に向かうぞ!」
『はぁ……よかろう。とことん付き合ってやる』
呆れた声を出しつつも、次はどんな予想外な事をするのかとオーゼンの内側にはワクワクする気持ちが顔を出しつつある。それを知ってか知らずかニックは軽く甲羅を蹴ると、水上を走って陸地の方へと戻っていった。
『不死鳥か……そういえばあの鎖使いの娘に馳走していたな。随分と高級品らしかったが?』
「まあ、そうだな。と言ってもあの時話した金額は『売ればその程度になる』ということであって、『それだけの金を出せば買える』というわけではないからなぁ」
人に欲がある限り、この世に値のつかないものなどない。特に稀少なものとなれば、それに使い道があろうがなかろうが相応に値段がつく。
が、ならばその金を出せば必ず手に入るかと言えばそうではない。金は所詮金でしかなく、金貨を投げたところで天から素材が降ってくるわけではない。
『つまりはこのところ貴様が食い続けているものと同じということか。ならば今回はどんな手段を使って不死鳥とやらを狩るのだ?』
「ああ、今回はそう迂遠な手段をとるつもりはない。普通に不死鳥の生息域に行って狩るだけだ。不死鳥は決まった発情期を持たない魔物で、なればこそいつであっても巣には卵がある可能性があるしな」
『ほぅ、そうなのか。貴様の「普通」がどれほど当てになるかはわからんが、ならば我はゆっくりと静観させてもらおう』
その口ぶりからしても、不死鳥がニックにとって脅威となる強さを持っているとは思えない。ならばこそ気楽な調子で言うオーゼンをそのままに、ニックは一路不死鳥の生息する山の方へと駆けて行く。そうして辿り着いた先には、青い空を我が物顔で飛び回る巨大な炎の鳥の姿があった。
「おお、いるいる! では、早速行くか!」
『あれが不死鳥か。一体どうやって――っ!?』
オーゼンが言い終わるより先に、ニックの巨体が炎の鳥にまっすぐに突っ込んでいく。大地から跳んできた筋肉の塊に、不死鳥は気づく間もなくその胴体を撃ち抜かれ、片翼ですらニックの身長ほどの大きさのあった炎の鳥が急速にその形を失っていく。
「ふふふ、獲ったぞ!」
「GYA!?」
炎を突き抜けたニックの腕の中では、一メートルほどの大きさで一本も羽の生えていない裸の鳥が驚愕の表情を浮かべている。すぐに自分が捕まったことを悟った不死鳥がニックの腕の中でジタバタともがき、その体表にニック諸共灼熱の炎を纏っていくが……
「フンッ!」
「GYA……」
ニックの腕に力が入り、ゴキリという音と共に不死鳥の首が折れる。途端に集まりかけていた炎が霧散し、残されたのは食べるための下処理を終わらせた後のような不死鳥の死体のみ。
「ふふーん、まずは一羽だ」
『……おおぅ、素晴らしい手並みだな。というか、この妙な裸鳥が不死鳥なのか?』
「そうだぞ。実に食いやすそうであろう?」
『う、うむ、そうだな。確かに調理の手間はかからなそうだ』
鶏肉を食べようと思えば、一番面倒なのが羽をむしる作業だ。それが一切必要ないというのは調理の観点からするとかなり楽だと言える。
ただし、討伐という観点からみるとその難易度は極めて高い。その身を覆う炎は魔力の塊であり、並の攻撃ではそれを貫けない。かといってそれを貫けるような攻撃……たとえば弓や槍、収束した魔法などは基本的に攻撃範囲が点であるため、高速で飛び回るうえに纏う炎の熱で周囲の空気を温め歪める不死鳥の本体に正確に当てるのは相当以上に難しい。
天から降り注ぐ炎をかわし、素早く自在に動き回るうえに炎に中に隠れた本体を一撃で貫く。それが不死鳥の最も基本的な倒し方で、それを実践できるものがほとんどいないからこそ、不死鳥の素材は貴重なのだ。
なお、見ての通り不死鳥には羽が無いので、世間一般に薬の材料などとして売り出されている「不死鳥の羽」は当然ながら一つの例外もなく偽物である……閑話休題。
「とはいえ、やはり一羽では少ないな。できればもう二、三羽ほど仕留めて、あとは卵も欲しいところだ」
『卵か……そちらはどうやって探すのだ? この環境では見つけるのは難儀しそうだが』
獲物を魔法の鞄にしまい込みながら言うニックに、オーゼンが問い掛ける。不死鳥の生息しているこの場所には、剣の如く細く尖った峰を持つ山が無数に乱立している。そのため見通しが悪い上に、山々が重なり合っているため死角となる部分がやたらと多い。
こんなところで鳥の巣を探すとなれば相当に骨が折れそうだと思ったオーゼンだったが、それに対してニックは余裕の笑みを浮かべて答える。
「ふふふ、実は簡単に見つける方法があるのだ。見ておれ……とうっ!」
言ってニックは地を蹴ると、先程と同じように不死鳥の本体を炎の体から外に出す。が、今度は暴れる不死鳥から手を離して解放してしまった。
『ん? 何故逃がしたのだ?』
「強い恐怖を感じさせた不死鳥を放すと、まっすぐに己の巣に戻っていくのだ。後はそれを追いかければ……ほれ、あそこだ!」
体に纏う炎の大きさに比例してドンドン速度を上げていく不死鳥を余裕の表情でニックが追いかけていくと、やがて岸壁にある小さな割れ目に不死鳥の巨体が吸い込まれるように消えていく。
その割れ目にニックが顔を近づけると、中から猛烈な勢いで炎が噴き出してくる。だがそんなものでニックの顔を焼けるはずもなく、威嚇する不死鳥を無視してニックが割れ目に手を突っ込むと、中から不死鳥の卵を次々と取りだしていった。
「ふっふっふ、一発目で大当たりだな! 三つもあるとは大猟だ!」
そう言って立ち去ろうとするニックに、巣穴から不死鳥が飛び出してくる。その鋭いくちばしの一撃を首を僅かに傾けることで避けると、ニックは不死鳥の首を折って二匹目の獲物とした。
「すまんな。だがこの地に生きるものとして、弱肉強食の理は曲げられんのだ」
命を奪った罪過にではなく、己の糧となってくれることに感謝の祈りを捧げてから、ニックは卵と不死鳥を魔法の鞄にしまう。その後もう一匹の不死鳥を仕留めると、ニックは適当な場所で火を熾し、調理を始めた。
『今回はどうするのだ?』
「不死鳥と言えば蒸し焼きだな。表面を塩でよく揉んでぬめりを落としたら、内臓をとった腹の中に香草などを摘めて焼くのだが……ここで一工夫だ」
そう言ってニヤリと笑うと、ニックは詰め込む香草の中央に不死鳥の卵を仕込む。そうしてから蒸し器に入れて待つことしばし。出来上がった蒸し鶏を皿の上に乗せ、ニックはご機嫌な様子でその香りを堪能する。
「うーん、いい出来だ! では、最後の仕上げだな」
不死鳥の腹から香草を取りだし、中で蒸していた卵を割る。すると半熟になった卵が蒸し上がったプリプリの鳥の身のうえでトロリと蕩け、これ以上無い程にニックの食欲がそそられる。
「では、いただこう!」
いつもの通り手刀で斬ってもよかったが、今回はあえて小さなナイフで丁寧に切り、プルプルの卵を絡めた不死鳥の身を口に入れる。すると弾むような歯ごたえと共にすり込んだ塩の強い刺激がやってくるが、その塩辛さはすぐに卵のまろやかな甘味に中和され、丁度いい具合になる。
そんな幸せの象徴を幾度も噛んで堪能してから飲み込めば、最後にスッとする香草の風味が吹き抜け次の一口への準備が一瞬にして整ってしまう。
「うむうむ! 素晴らしい……無限に食える気がするぞ」
『……そうか。なあ貴様よ、ものは相談なのだが』
「ははは、言わずともお主が食事をできるようになった暁には、ちゃんとこいつも作ってやるから楽しみにしておれ」
『なっ!? ち、違うぞ!? 我は決して貴様のように、そんな食い意地が張った存在では……』
「ならいらんのか?」
『それは……あれだ。貴様の善意を無駄にするのは我としても本意では無いと言っておこう』
「ハッハッハ! そうかそうか。ではいずれな」
満面の笑みを浮かながら、ニックは不死鳥の蒸し焼きを堪能する。だがその頭の中では、早くも次の料理に対する想いが湧き上がっているのだった。





