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最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される  作者: 日之浦 拓
本編(完結済み)

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父、収穫する

『…………それで貴様よ、ここは一体何処なのだ?』


 見上げる空は青く澄み渡り、隠すものの無い太陽がその日差しを強烈に浴びせかけてくる。


 対して見下げれば、そこに広がるのは一面の白い海。吹きすさぶ風に刻まれた傷から見えるのは深い森であり、人の何倍も大きいはずの大木が豆粒の如く小さく見える。


 高い高い山の頂。そこに広がる僅かな平地にてオーゼンに問われたニックは、軽く首を傾げてとぼけた声を出す。


「……さあ?」


『さあって貴様よ……』


「いや、そんなことを言われてもな。調べれば何らかの地名があるのかも知れんが、少なくとも儂は知らん。別に特別な地というわけでもないしな」


『あー、そう、か……まあ、うむ。そうか……』


 確かに高い山ではあるが、逆に言えばそれだけの場所。世界で何番目などと数えられるほどでもなければ、伝説の巨人族が住んでいるわけでも、天空城に繋がる虹の架け橋が出現するわけでもない、本当にただの山である。


 なのでニックはこの地の名前を知らなかったし、仮に近隣の町や村などでそれを聞いてオーゼンに伝えたとしても、「そうか」という感想以外は得られなかっただろうことは想像に難くない。


『って、違う! いや違いはしないが、とにかく違う! 野菜を育てると言っていたのに、何故こんな所にやってきたのだ?』


「何だ、知らんのかオーゼン?」


『知らぬ? 何をだ?』


「野菜というのは、高い場所で育てるとより美味くなるのだぞ!」


『…………はぁ?』


 ドヤ顔で言うニックに、オーゼンは思わず間抜けな声をあげてしまう。確かにオーゼンの中にある農業の知識でも、高地で栽培された野菜は味が濃くなるというものが存在していた。


 だがそれは様々な条件や育てる野菜の種類を厳選することで、味の向上が見込めるものもあるというものだ。決して「とにかく高地で育てれば何でもかんでも美味くなる」などというものではない。


『……な、なあ貴様よ? その知識が間違っているとは言わぬが、決してそれだけでは無いと思うぞ? もうちょっと慎重に考察を……というか、そもそもこんなところで本気で野菜を育てるつもりなのか?』


 ニックの足下には、確かに土がある。が、その土はカチカチに凍り付いており、どう考えても農地に適しているとは思えない。もし少しでも農業知識のある者がここにいたならば、最初にする助言は「まずはここではない場所を探しましょう」に違いない。


「うむ! では早速やっていくぞ!」


 だが、ニックは満面の笑みを浮かべて頷き、まっすぐに指を伸ばした手刀を凍った地面に突き込んでいく。すると見る見る間に大地がザクザクと耕されていき、とりあえず見た目は畑っぽいと言えなくもない感じになった。


「よしよし、次は種だ」


 オーゼンが何かを突っ込む間もなく、ニックが耕された地面にズポッと指を突っ込み、穿った穴に種を入れて土を被せていく。耕した地面は三メートル四方程度の広さだったため、その作業もあっという間に完了した。


「で、水だ」


 革袋の栓を抜き、ニックがそっと畑に水を撒いていく。元々の量が少ないため表面を飛沫がかかった程度に濡らすのが精一杯だったが、それでも一応満遍なく泉の精霊の力の籠もった水が畑全体に行き渡った。


「うむ! 後は待つだけだな」


『……待つのか?』


「ああ、待つのだ」


『そうか、待つのか……』


 土が凍り付くほどの寒い場所で、表面が湿る程度の水だけ与えて待つ。オーゼンの持つ常識という知識はこの状態で一〇〇年待っても芽が出ることすらないと訴えかけてくるが、どっかりと地面に腰を下ろした相棒は何故か微塵もその不安を感じていないらしい。


『……………………』


 故に待つ。待つしかない。どれだけ非常識だろうと腑に落ちなかろうと、オーゼンには待つ以外の選択肢が与えられていない。


『…………………………………………』


 だが、不毛だった。身を切られるような冷気を苦痛と感じる肉体もなければ、時間経過による疲労や空腹に悩まされることもないオーゼンではあったが、そこに魂が存在するだけに精神的な苦痛は感じる。


 流石にこれは、指摘するべきではないだろうか? そんな思いがオーゼンの中に浮かんでは消える。それを五度ほど繰り返し、いよいよオーゼンがニックに忠告しようと決断した、まさにその時。


「おっ、来たぞ!」


『なっ!?』


 突如として畑の土が……正確には土に撒かれた泉の水がキラキラと輝き始め、大量の魔力が畑の中に流れ込んでいく。その現象にオーゼンが呆気にとられていると、程なくして地面がピカッと輝き……次の瞬間、そこには見事な実をつけた野菜畑が出現していた。


『……何だこれは?』


「うむ。あの水を撒いてしばらく経つと、どうやら近隣にいる精霊を呼び集める力があるらしいのだ。儂には見えぬから細かいことはわからんが、そうやって集まった精霊の力が種に命の力を大量に吹き込み、それによって野菜が瞬時に育つだけではなく、溢れるほどに力を注がれた野菜は極上の味になるのだそうだ」


『ほう! なるほど、そういうことだったのか!』


「……儂が説明しておいて何だが、理屈がわかるのか?」


『うむ。今まで貴様が成してきた奇行の中では、これが一番納得できる理屈だ』


「そ、そうか。それはよかった……」


 説明した自分でもよくわからない理屈に深い理解を示すオーゼンに、ニックは何とも言えない表情になる。なおオーゼンが理解できたのは、回復魔法に近い力を用いて、魔力による作物の成長促進というのはアトラガルドの技術に存在していたからだ。


『そうかそうか。あの水を文字通りの「呼び水」として用い、周囲から力を集めるきっかけとしたわけか。となると精霊の性質には――』


「あー……まあいいか。では儂は早速野菜を食わせてもらおう」


 したり声で考え込み始めてしまったオーゼンをそのままに、ニックは実ったばかりの野菜を収穫していく。真っ赤に熟れたトマトはニックの大きな手のひらですら溢れそうなほどであり、そのまま齧り付けばやや厚めの皮の向こうから甘酸っぱい汁が溢れ出て口腔内を一杯にしていく。


「うーん! 美味い!」


 シャクシャクと歯触りを楽しみながらペロリとトマトを平らげると、ニックは残った食材に目を向けた。食べられないわけではないが、流石にカボチャやイモを生で食べたいとは思わない。


「ふふふ、茹でる、蒸かす、色々あるが……今回は焼いてみるか!」


 他の場所に移動することもできたが、ニックはあえてこの場でたき火を熾す。そうして薄く切った野菜類を適当な串に刺すと、たき火の周りに立ててゆっくりと焼き目をつけていった。


「ふーんふーんふーん! ふんふふーん!」


 ご機嫌に鼻歌を歌いながら、ニックは野菜が焼けていくのを待つ。まず完成した焼きナスは口の中でトロトロに蕩け、次いで焼けたカボチャは濃い甘味とホクホクの食感を、最後に遠火でじっくり火を通したイモは赤黒い皮の下から黄金色の身を晒し、その全てがニックの胃袋にあっという間に収まっていく。


「はぁぁぁぁぁぁぁ…………美味かったな…………」


 寒空の下熱い野菜を堪能し、ニックは満足げにため息をつく。そのまましばし夢見心地で快晴の空を眺めていると、ようやく考察を終えたオーゼンがニックに声をかけてきた。


『む? 食べきったのか?』


「ああ。実に美味かったぞ」


『そうか……むぅ』


「ふふふ、何だ? ひょっとしてお主も食べてみたかったのか?」


『ぬっ!? そんなことは…………まあ、無くも無いが』


「ははは、そうか。ならば以前に言っていたお主が食事を楽しめるような体の入手も、少し本気で考えてみてもいいかもなぁ。その時は改めて、儂が最高の食事をご馳走してやろう」


『そうか。ならな少しくらいは楽しみにしておいてやろう』


 どことなく強がっているようなオーゼンの言葉に、ニックは思わず笑みをこぼす。そのままポンポンと腹を叩くと、ニックは徐に立ち上がって地平の彼方に視線を向けた。


「よし! 肉も野菜も食ったし、次は果物だな!」


『まだ食うのか!?』


「当たり前ではないか! こういう欲求というのは中途半端にしてしまうのが一番駄目なのだ。ならば今回はとことんまでに美味いものを食い尽くすと決めたからな」


『まったく貴様という奴は……』


 ニンマリと笑うニックに、オーゼンは呆れ声で返す。ニックの美食の旅は、まだ道半ばであるようだった。

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