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最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される  作者: 日之浦 拓
本編(完結済み)

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730/800

父、邪魔される

 人里から遠く離れた山の中。大きくくぼんだカルデラを満たす溶岩のなかから、赤く輝く巨大な竜がのっそりとその身を起こす。


「グルルルルルルルル…………」


 それはかつて、三代目の勇者によって討伐された伝説の魔竜。肉体が死するその瞬間に魂だけを切り離し、人も獣も近づかぬマグマの底にて新たな体を生みだし、育てること数百年。その竜は遂にかつてと同じ……否、かつてより強靱な体を手に入れた。


「グルルルルルルルル……………………」


 赤熱する鱗はもはや聖剣の一撃すら通さず、吐き出す吐息は漏れ出る分だけで大気を焦がす。羽ばたく翼は音を越え、そのかぎ爪は魔鋼(アダマンティア)すら引き裂く。


「グルルルル……グァァァァァァァァ!!!」


 竜は吼える。遂に蘇ったと。

 竜は吼える。今こそ復讐の時だと。


 ブワリと翼をはためかせれば、カルデラに満ちた産湯たるマグマが波打ちこぼれ、山肌を伝い落ちる灼熱は木々を燃やして煙を立ち上らせる。


「ガァァァァァァァァ!!!」


 その煙が、遠吠え一つで吹き散らされる。素振りのように腕を振るえば、離れた大地に三筋の傷が深々と刻まれる。


「グルルルルルルルル!」


 それを見て、竜は笑う。己の力がかつてとは比較にならぬほど強くなっていることを。かつて自分を倒した者への復讐心が、それを容易く倒せるまでに新たな肉体を強化してくれたのだと理解し、無数の牙の生えそろう顎を楽しげに歪めてみせる。


 時は来た。終わりの時が。

 時は来た。始まりの時が。


 地に這いずる矮小な生き物達を一息に焼き払い、天を制する己がこの世界を我が物とする。

 弱肉強食。そんな当たり前の理を為すべく、太陽を喰らう勢いで竜は羽ばたき天に舞う。


「グルルルル……グル?」


 そんな竜の眼下に、小さな人影があった。座り込んだまま動かないのは、おそらく自分の威容に怯えて動けないからだろう。


「グルゥ……」


 最初の生贄にしては、些か以上に物足りない。偉大なる竜の復活であれば、一息に万の民を焼き尽くすくらいはしたい。

 が、そのために目の前の獲物を見逃すのもまた許しがたい。己が通り過ぎているというのにのうのうと生き延びられていては、最強たる竜の沽券に関わる。


「グルルルルルルルル……グファァァァァァァァ!」


 僅かな逡巡の後、竜はその喉に炎を溜め始めた。物足りなかろうとなんであろうと、見逃すよりはマシと考えたのだ。せり上がる灼熱は紅く輝く光球となり、口を開いて吐息を放てば、見える全てが焼き尽くされる。


「グルゥゥゥゥゥゥゥ…………?」


 揺らぐ大気に色が戻れば、そこには何も無いはずであった。だというのに、竜の目には小さな黒い点があるのが見える。焦げ目が残るなどまだまだ本調子ではないなと思った竜だったが、その黒点が不意に動いた。


「……肉が」


 竜の耳に、言葉が届いた。消し炭の残りかすであるはずの黒点が声を発したのだ。だがそれを理解するより早く、黒点が己の眼前を残像を残して飛び越えていく。


「焦げてしまったではないかぁ!!!」


「グルォ!?」


 瞬間、竜は自分の頭部に転生前も含めて感じたことが無いほどの衝撃を受けた。途端にその体がぐらりと揺らぎ、己のものであった空がグングン遠くなっていく。


「グ……ォ…………?」


 何もわからず何も成せず、突如訪れた理不尽に疑問を抱く暇すらなく、竜の意識はそのまま暗闇へと沈んでいった。





「人が食事をしているというのに、突然火を噴いてくるとは! 何という理不尽な魔物なのだ!」


『……いや、それはきっとこのドラゴンが感じていることだと思うぞ?』


 ドスンという重い音と共に落下した巨大な竜の骸が、辺りに酷い土煙を巻き起こす。そんな煙を腕の一振りで振り払い憤慨するニックに対し、オーゼンは何とも切ない声でそう返した。


『哀れな。この男にちょっかいをかけなければもうちょっと長生き……いや、しかし人を見ていきなり襲ってくるような魔物であれば、ここで仕留められたのは僥倖であるのか?』


「ふむん? あの吐息(ブレス)の感じだと、なかなかの大物のようだったな。絶対に倒せぬとまでは言わんが、放っておいたら国の一つや二つは焼き尽くされていたかも知れん。確かにそういう意味ではよかったのかも知れんが……ああ」


 思案顔だったニックが一点、その視線を足下に向けて情けない声を出す。そこに置いてあった肉は、黒い跡しか残っていない。


「はぁぁ……溶岩の遠火で焼いた、せっかくの肉が……」


 凄まじい攻撃ではあったが、ニック自身は勿論、服や鎧、魔法の鞄(ストレージバッグ)などの身につけているものには一切の被害はない。が、流石に焼いている途中だった肉や、その元となった魔物までは手が回らず、苦労して手に入れたそれらを一口も食べられなかったことにニックはガックリと肩を落とす。


『まあ、そう気を落とすな。もう一枚焼けばよいではないか。確かにあれだけ手間をかけて手に入れた肉が失われたのは残念だが、他の適当な肉ならば魔法の鞄(ストレージバッグ)のなかに幾らでも入っているであろう?』


「そうではあるが……ぐぐぐ」


『諦めろ。流石の王能百式でも、失われた物体を元に戻すような奇跡は起こせぬ』


「そうだな。とりあえず別の肉を焼いてみるか」


 どれほど悲嘆に暮れたとしても、無くなったものはどうしようもない。ニックは気を取り直して魔法の鞄(ストレージバッグ)から新たな肉を一切れ取り出し、竜の吐息で赤熱する岩の上に置く。するとあっという間にジュウジュウという音を立てて肉が焼け始め、辺りに油の溶けるいい匂いが漂ってくる。


「む、さっきよりも岩の温度が高いな。これは手早く調理せねば!」


 早すぎる肉の変化に、ニックは急いで肉の表面に塩コショウを施し、焼き加減を見計らってひっくり返す。そちらにも味付けをすると、表面にカリッと焼き目がついたのを確認してひょいと肉を取り上げ、新たに取り出した皿の上に乗せた。


「ふむふむ、なかなかいい具合だ」


 手刀でスパッと肉を切れば、中央に生の部分が残るちょうどいい焼き加減だ。本来魔物の肉はよく焼くのが鉄則なのだが、味だけで言うのならば半生が一番美味い。


 故に食通の貴族が回復薬などを用意してこうした半生ステーキを食べたりするのだが、ニックの場合は生で食っても大丈夫なのでその辺の配慮は必要無い。


「では…………」


 赤く艶めくステーキを一切れつまみ、ニックは徐に口に放り込む。この日のために用意した最高の肉……ではないが、それなりにいい肉は噛みしめるごとに油が染みだし、口の中で強烈に主張する塩コショウの尖りを中和して得も言われぬ調和を生みだしていく。


「うむ、いいな。やはりこのくらいの焼き加減の方が歯ごたえも楽しめる。いつもの魔法の肉焼き器では出せない味だ」


 ニンマリと笑顔になりながら、ニックは二切れ三切れとドンドン肉を食っていく。そうして用意した一枚分を軽々と平らげると、口の中に残る余韻を楽しむように静かに目を閉じ腹をさすった。


「ハァ、美味かったな。しかしこうなると、やはり最初の肉が食えなかったのが心残りだ……竜の肉は高級ではあれど美味くないしな」


 精神的な満足感はともかく、肉体的な満腹にはほど遠いニックがチラリと近くに落ちている竜の巨体に目をやる。ぱっと見では一〇〇メートルほどはあろうかという巨竜だが、実際には体の殆どは広げた翼や伸ばした首と尻尾の大きさであり、可食部分というのならそこまでではない。


 そして、それ以前の問題として竜の肉は素人が調理すると固くて美味くない。つまり料理の素人であるニックでは、目の前の(ドラゴン)を美味しく食べることはできないのだ。


「ま、捨てていくのも勿体ないし、とりあえずしまっておくか。竜であれば全身換金素材になるしな」


『これほどの魔物をそこまでぞんざいに扱うのは、この世界に貴様しかおらん気がするな……』


「ははは、そうか? まあいいではないか。さて、とりあえず肉は食ったし、では次に向かうか!」


 竜の死体を魔法の鞄(ストレージバッグ)にしまい込むと、ニックは笑って山の外に目を向ける。今のニックの目標は中央集積倉庫(セントラルサーバー)を探すこと……ではなく。


「次は野菜だな!」


『本当に貴様という奴は……』


 突然に目覚めた美食を極めることであった。

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[良い点] >弱肉強食。そんな当たり前の理 うむ。当たり前だね。 ただ、自分が「弱」の方だと気づくのが遅すぎたんだ… [気になる点] 竜さん、今回は魂を切り離す余裕もなかったのかねぇ
[一言] 旨いもの食うとおはだけが!あ、いつも脱いでたわ。
[一言] 相変わらずのやり取りにほんわかした
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