娘、助言を得る
「たぁぁぁぁーっ!」
気合いのかけ声と共に、フレイが剣を振り下ろす。何カ所も切り傷を負った腕からは込めた力の分だけ血が噴き出すが、それを気にできるほど相手は弱くない。
「グアッ!?」
だが、どれだけ強い敵だったとしても決着は訪れる。牛の頭をした魔族の兵士は聖剣の一撃を受け、ドゥッという音を立てて遂にその場に倒れ伏した。最後の瞬間に浮かべた笑みにどんな意味があったのかは、もはや永遠にわかることはない。
「ふぅぅぅぅ……やっと終わった……」
細く長い息を吐き、周囲に敵が残っていないことをしっかりと確認してから、フレイが残心を解き剣を下ろす。そのまま地面に座り込んでしまいたい衝動に駆られるが、流石に「敵」の死体がゴロゴロしているところでしっかりと休憩したいとは思えない。
「お疲れ様ですフレイ殿。さ、傷を癒やしますので、こちらへどうぞ」
「ありがとロン」
背後に控えていたロンに呼ばれてそちらに行くと、フレイの腕が柔らかな光に包まれ、瞬く間に傷が癒えていく。そしてそんなフレイの側に、更に別の人影が近づいてくる。
「お疲れ様ぁ。はい、これぇ」
「ムーナもありがと。ぷはぁ、生き返るわぁ」
渡された革袋の中身を飲み干し、フレイがようやくその表情を緩める。だがその気分までは緩める気にはなれない。その理由はこの三日で五回というあまりにも高すぎる交戦頻度だ。
「ねぇ、最近の魔王軍って、何かちょっと必死すぎない? 勢いがあるって言うよりは、半ばやけくそみたいな感じがするんだけど」
「そうねぇ。そんな感じは確かにするけどぉ、でもそれが不自然かって言われるとねぇ」
「魔王軍も相当に追いつめられているはずですからな。むしろ今までが穏やかすぎたという考え方もありますぞ」
「まあ、そう言われるとそうなんだけどさぁ」
仲間二人の指摘に、しかしフレイはどうにも腑に落ちないものを感じる。確かに黒騎士の存在によって緊張感が高まったとはいえ、総合的に見れば人間軍が魔王軍を圧倒していることに変わりは無い。現状はやや人間軍に被害が増え侵攻速度が遅れているが、それでも人間軍の勝利は時間の問題であるという事実は動いていない。
だからこそ、押し込まれた魔王軍が必死になって戦うことには確かに何の疑問もない。だがそれでも今の魔王軍の戦い方にはどうしても納得できない。
「でも、前は不利になったら撤退とかしてたじゃない? なのに今はもう勝ち目が無いって状況ですら死ぬまで向かってくるのよ? 重要拠点の防衛とか、守るべき対象が背後にいるとかならわかるけど、こんな何も無い森の中で仕掛けてきて、なのに最後の一人になっても逃げずに戦うって、やっぱり変よ」
「言いたいことはわかるけどぉ、でもそれを調べる方法なんて無いわよぉ?」
「それに調べる余裕もありませんしな。フレイ殿からすれば無念の極みでしょうが、現状では魔族との融和は一旦諦めざるを得ません」
「むぅ。だからアタシ達が最前線に出張ってるんじゃない! ……まあ、どれだけ効果があるかはわかんないけど」
これほどまでに苛烈な対応に出られると、人間側としても「まずは会話から」などとはとても言っていられなくなる。また戦闘に関わらない魔族がいたとしても、すぐ側で自国の兵士が全滅させられ、その血に濡れた手を差し出しながら「我々と和平を結ぶ気は無いか?」と問うたところで、同意などするはずもない。
そんな状況で少しでも魔族との和平の模索するためにフレイが選択したのが、自分達が最前線……しかも突出した存在となり、自分達の周りに魔王軍を引きつけることだ。
こうすれば後続の人間軍が魔王軍に襲われる可能性が減り、「恐ろしい勇者」と「何もしていない人間軍」を別として見てもらえれば、まだ和平の可能性がちょっとくらいは残るだろうという苦肉の策なのだが、それが上手くいっているかどうかがわかるのは、それこそ戦争が終わってからになるだろう。
「それにしても、随分と魔族領域の奥まで来たわねぇ。ここまで来たら、魔王城までもうちょっとなんじゃないのぉ?」
「あー、言われてみればそうかもね」
結論の出ない問題からムーナが話題を変えると、フレイもそれに乗って改めて空を見上げる。流石にまだ視認できるほど近くはないが、確かに魔王軍のいそうな方向にがむしゃらに前進してきたのだから、当然ながら魔王城までの距離は随分と縮まっている。
「それで、どうするのぉ?」
「どうするって?」
「魔王城よぉ! また突入するのぉ?」
「うーん。それなのよね……」
今までの勇者にはあり得なかったことだが、フレイ達は一度魔族の案内で魔王城に普通に入り、魔王と対面したどころか一緒にお茶を飲みすらした。その時に魔王に告げられたのは「魔神を復活させるまでは、戦争をやめるつもりは無い」という言葉であり、それと共に解放された魔王の力の前に、フレイ達は為す術も亡く城の外へと放り出されている。
「戦争を終わらせるには、魔王を倒すか説得するしかない。でも倒すにしても最低限あの魔王と拮抗する力がなければ無理だし、説得するとなればそれよりずっと強くなって、相手を圧倒できなきゃならない。そうなると、今のアタシ達じゃ……」
冴えない中年親父の見た目とは裏腹に、魔王の実力はその肩書きに恥じない本物だった。父ほど隔絶した存在だとは思えないが、それでも今の自分達が対抗するにはあまりにも大きすぎる。
「……ねえ、アタシって弱いのかな?」
ふとそんな思いが頭をよぎり、フレイが疑問を口にする。歴代の勇者よりもずっと長い期間「勇者」として活動してきたはずなのに、どうにも自分の力は今までの勇者に及んでいない気がするのだ。
「今までの勇者は、自分の他に何人かの仲間だけで境界の森を突破し、こんな風に魔族領域で戦い続けて、そのまま魔王城に突入して魔王を倒してるのよね? それに比べたら今のアタシは相当に楽な環境にいるはずなのに、魔王に対抗できる気がしないもの。
ひょっとして、まだ何か足りないものがあったりするのかな?」
「うーん。とりあえず拙僧には何も思い浮かびませんが……」
「私もねぇ。フレイは頑張ってると思うし、他に何かって言われても……」
ニックと別れ、己の未熟を理解してからのフレイは、ずっと地道な鍛錬を続けていた。その結果今のフレイはニックを追放したあの日から格段に成長しており、年齢を考えれば十分以上に強いと言える。
ただ、「勇者」と言われるほど隔絶した能力があるかと言われると、そんなことはない。世界中から一目置かれる天才剣士ではあっても、全人類の勇気の総算と呼べるほどではないのだ。
「むぅ。いっそ父さんがどんな訓練をしてあそこまで強くなったのかを聞いて、それと同じ事でもしてみようかなぁ」
「それは…………最終手段としてはありかも知れませんが…………」
「フレイぃ、貴方ニックみたいにムキムキになりたいわけぇ?」
「なんでムキムキなのよ!? あれ、でも強くなるってそういうこと、なの?」
若干引いた顔をする二人に、フレイは抗議の声をあげ……だがすぐに傾げる。確かに女性らしい細身の体よりも、これでもかと筋肉のついたムキムキマッチョな体の方が強いのは間違いない。
「で、でもほら! 別にムキムキじゃなくたって強い人はいるじゃない?」
「そういう人は、身体強化の魔法とかを使ってるのよぉ。フレイ、貴方魔法は全然でしょぉ?」
「うぐっ!? それは……って、あっ!? まさかアタシが微妙に強くないのって、そのせい!?」
「ああ、言われてみればそれはあるかも知れないわねぇ。歴代勇者で魔法が駄目なのってフレイだけみたいだしぃ。ふふふ、答えがわかってよかったわねぇ」
「ちっともよくないわよ! えぇぇ、そんな理由!? もっとこう、勇者の力が目覚める特別な場所があるとか、そういうのじゃないの!?」
「そんな都合のいい場所はないわよぉ、多分」
「ハハハ、では今後は体を鍛えるだけではなく、魔法の訓練もするべきですな」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ! 魔法は本気で駄目なのにぃぃぃぃ!」
父よりは少しだけマシ程度の魔力しか持たないフレイが、本気で頭を抱え込む。こうして殺伐としたフレイの日課に「ムーナからの魔法指導」が加わり、毎日父にそっくりのしょっぱい顔で訓練を続けることになるのだった。





