密林の戦士、一撃する
「ニック!?」
突然飛びだしたニックの行動に、その場の誰もが驚愕する。ニック自身がそう考えていたように、ナットゥやメクァブ達も客人であるニックに頼る戦法をとる気はなく、だからこそ森の主の動きを止める最後の詰めの時に援護してもらうということで話がついていたからだ。
「クッ! リョメーン! セローハン! 今行く!」
「頼む!」
とは言え、呆気にとられていたのは一瞬のこと。すぐにナットゥがその場を飛びだし、セローハンと共に動けないリョメーンの体を引きずって後方へと下がる。
時間にして、わずか一〇秒。ニックがその身を挺して作ってくれた黄金よりも価値のある時間を経て避難を終えると、ナットゥはすかさず叫ぶ。
「ニック! リョメーン助けた! もういいぞ!」
その声を聞けば、ニックがすぐに森の主から離れると思っていた。そうしたら焼けただれているはずの体を手持ちの全ての薬を使い切ってでも癒やし、その尊すぎる恩に報いるのだと皆が考えていた……たった一人、身を挺した本人を除いて。
「どうやら儂が思っているよりも、コイツの動きは機敏なようだ。儂に構わず、儂ごと森の主を拘束するのだ!」
「馬鹿な!? そんなことできるはずない! ニック、主と一緒に死ぬつもりか!?」
皆の気持ちを代弁するようにオックラーが叫び、だがニックは森の主に張り付いたまま、頭だけを軽く振り返らせて言う。
「まさか! 儂ならば主と一緒に縛り付けられても自力で糸を切って脱出できる! だからほれ、さっさと縛らんか! そう長くは保たせられんぞ?」
「ニック!」
「……全員、作戦続行! ネヴァールの網、続け!」
「ナットゥ!?」
ギュッと拳を握りしめ、そのまま戦えと指示を出すナットゥに、オックラーが噛みつかんばかりの勢いで迫る。
「ふざけるなナットゥ! ニック、我らネヴァールの客人にして友! ニック犠牲にして勝つ、あり得ない!」
「当たり前だ!」
怒りに満ちたオックラーがビクッと怯えて体を振るわせる程の声量で、ナットゥが怒鳴り返す。
「だが、ニックは戦士だ! 戦士の覚悟、無駄にするか!?」
「そ、それは……」
「我らに出来ること、一瞬でも早く森の主を倒すこと! 覚悟に応える! 覚悟を決めろ! 我らは皆、ネヴァールの戦士だ!」
「……次の網、俺行くぞ!」
血が滴るほど唇を噛みしめて言うナットゥに、オックラーはただそう言って持ち場に戻る。その目に燃えるのはただひたすらに戦士の魂の炎。
「囮、我らの役目! お前達、ニックばかりに活躍させるな!」
そしてそう思うのは、ネヴァール族ばかりではない。自分達の不甲斐なさがネヴァール族の戦士の命を危機に晒し、今その代償を客人であるニックが払っている。そんなものを黙って受け入れる者が、一体誰に戦士を名乗れるというのか。
「ウォォォォォォォォ!!! ヌメルの戦士の誇り、今ここで見せつけろ! 私はメクァブ! ヌメル族最強の戦士にして、誰よりもヌメヌメの女!」
主のすぐ側まで近づいたメクァブが、嵐のように拳を叩き込む。ヌメルの膜の再生が間に合わないほどに猛烈な勢いの攻撃はメクァブの拳を徐々に焼いていくが、その程度の痛みで今のメクァブは止まらない。
「メクァブに続け! 少しでもヌメルの膜が満ちたら、すぐに行くんだ!」
「主の意識、少しでも逸らす! 金テカのニック、絶対に助ける!」
気勢を上げるヌメル族の戦士が、次々と主に殴りかかる。その周囲ではネヴァールの戦士が鬼気迫る表情で全力疾走を繰り返し、ニックと共に主の体をグルグルと巻き付けていく。
そして主の巨体をしっかりと抱きしめ、抑え込んでいるニックは……
『なあ貴様よ。長く保たんというのはどういう意味だ? 貴様がこの程度の相手に溶かされるはずもあるまい?』
ニックの股間から、オーゼンの暢気な声が響く。腰に巻かれた毛皮は既に溶けてしまっているが、当然ながらアトラガルドの至宝であるオーゼン自身がこの程度の溶解液で溶けることなどあり得ない。
「いや、それがな。どうにも力加減が難しいのだ。これ以上そっと受け止めては踏ん張りがきかんし、かといって力を込めると主の体が弾け飛んでしまいそうでな。まあそれならそれで飛び散る体液ごと全てを殴り飛ばすというのもできなくはないが、それをしてしまうのは流石に身も蓋もないというか……」
そしてオーゼンすら溶かせない溶解液に、ニックの皮膚が焼けるはずもない。ジュワジュワと音は立っているが、それはニックの肌が焼けているからではなくニックの体温で溶解液が蒸発しているからであり、受ける被害は強いて言うなら産毛の先がほんの僅かに溶けて丸くなっている程度。
なお貴重品である魔法の鞄は飛び出す前に外して地面に放ってあるので、当然そちらも無事だ。
「大きな被害を出さないと約束した手前、どうしようもなければそういう手段も考えるが、今のところは当初の作戦が上手くいっているようだしな。しばらくはこのまま様子を見てみるのがよかろう」
『だな』
そうして会話を終えると、ニックは森の主を潰さないように絶妙な力加減でその巨体を抑え込み続ける。だがその様子こそニックが苦しんでいるように見えなくもなかったため、ネヴァール族は更に必死に糸を巻き付け、ヌメル族は主を殴り続ける。
息が切れ足が震え、唾に血が混じってすら走る事を辞めないネヴァールの戦士達と、皮膚が溶け肉が見えてもなお殴り続けるヌメル族達。そんな彼らの努力は十重二十重と主の体を糸で縛り付けていき……そして遂にその時が訪れた。
「よし、もう十分だ!」
ナットゥの声と共に、両族の戦士達が森の主から距離を取る。主の巨体は何百と繰り返して巻き付けられたネヴァールの糸が太い帯のようになって締め上げられており、そこから更にに周囲の木々や大地へと糸が伸びることで、主の巨体をガッチリと固定している。ここまでくればたとえニックが押さえていなくても森の主が動くことはできないはずだ。
「でも、どうする? ニック離れるとき糸千切ったら、主の体、また自由になる」
「……なら、一撃で主を倒す」
オックラーの問い掛けに、ナットゥは決意を込めてそう答える。
「できるのか?」
「やるしかない。いや、やってみせる!」
先祖代々受け継がれた大戦士の槍を手に、ナットゥはゆっくりと主の方へと近づいていく。
森の主を倒すには、一般的な魔物と同じくその胎内に宿す魔石を砕けばいい。だが主の巨体の中央にある魔石を貫くのは高い技量が必要であり、一撃で貫けなかった場合、体に開けた穴から体液が噴き出してくるためすぐに退避し、次は少しずれた場所で攻撃しなければならない。
だからこそ主の動きを封じているのであり、今までであればそもそも最初に二、三回失敗前提で槍を刺し、体液を減らして魔石を狙いやすくするというのが定石であった。
だが、今はニックが主の体にピッタリと密着している。この状況でそれをやると、どうなるのかがわからない。何も起こらず同じように倒せるかも知れないし、ニックの分だけ拘束が緩くて再び動き出されてしまうかも知れない。それに何より時間をかければかけるだけ、ニックの怪我は……実際には無いのだが……悪化してしまう。
ならばどうするか? 決まっている。最初の一撃で主を倒せばいいのだ。
「ニック! 今から俺が攻撃する! 主の体に槍刺さったら、すぐに糸を引きちぎって逃げろ!」
「わかった!」
予想以上に大丈夫そうなニックの声に、ナットゥは少しだけ安堵する。だがその精神に緩みはなく、縛られて尚もぞもぞと動く主の動きに全神経を集中し、槍を掴む手にありったけの力を込める。
「偉大なる祖霊、大戦士トリモチよ。今この時、我が友を救うため、その力を貸し与え給え! スゥゥゥゥゥゥ…………ハァァァァァァァァ!!!」」
魂すらも吐き出すほどの気合いを込めて、ナットゥが槍を主の体に突き刺す。その瞬間ニックがネヴァールの糸を引きちぎって主の側から離れ、同時に主の体が僅かとは言え自由を取り戻す。
「ウォォォォォォォォ!!!」
それでもナットゥは怯まない。全力で槍を突き込むも、槍の長さは二メートルほどなため、たとえ根元まで突き込んでも主の体の中央にある魔石までは届かず……だからこそナットゥは、そのまま主の体内に自身の腕を突っ込んでいく。
「ぐぁぁ!?」
瞬間、槍を掴む腕に襲い来るのはまるで煮えたぎった湯に手を突っ込んだかのような猛烈な熱さと痛み。突きに巻き込んだネヴァールの糸がいくらか腕を保護してくれているが、それでも五秒は保たないだろうと本能で察する。
だが、やはりナットゥは退かない。ただ一心に腕を突き込み、森の主の魔石を狙う。しかし固定の甘くなってしまった森の主が身をよじったため、魔石の位置が槍の突き込む先から僅かにずれてしまった。このままならば槍は魔石を僅かにかすめる程度で終わってしまうが……
「ネッ! ヴァァァァァァァァァァァァァァァァル!!!」
クイッと、粘り着く何かが槍の穂先を引っ張るような感触を感じて、ナットゥは本能的に槍を突き込む方向を少しだけ変えた。進む穂先はまるで導かれるように森の主の魔石へと方向転換し……そして遂に。
パリンッ!
ナットゥの手に伝わってくる、固い物が砕けた手応え。慌てて腕を引き戻したナットゥが激痛を無視して油断なく槍を構えると、目の前で不意に主の体からフッと力が抜け、その場にベシャリと崩れ落ちた。
「勝った…………勝ったぞ! 我らの勝利だ!」
槍を手にした血濡れの腕を天高く突き上げ、ナットゥが勝ち鬨をあげる。一瞬遅れて勝利を理解した戦士達は、森が震えるほどの歓喜の雄叫びでそれに応えるのだった。
「電池不要!」様より素敵なレビューをいただきました! もうすぐ三年目ということで、三本目のレビューです(笑) これからも頑張って面白い話を書き続けますので、引き続き応援宜しくお願い致します。





