粘り戦士、話し合う
元々その為に集まったということもあり、一度始めてしまえば話し合いは実に順調に進んでいった。まずは互いの集落からどれだけの戦士が出せるのかから始まり、決めるべきことは無数にある。
「ふむ。じゃあ森の主に対する偵察は、我らヌメル族の戦士だけで行うということでいいのかい?」
「構わない。その方がいいのだろう?」
「ああ、そうだよぉ……ふふ、ネヴァールの戦士ナットゥ、とても物わかりがいい。これなら本当に今回は戦士が死ぬの、無くなるかも知れないねぇ」
「うむん? 長老殿、何故ヌメル族の戦士だけで偵察を行うことと、死者が減ることが繋がるのだ?」
部外者であるニックは基本的には黙って見ているだけだったが、それでも気になったことはその都度聞いている。ニックもまたモズクに「戦士達を守る」と約束しただけにどんな小さな情報でも確認しておきたいし、何より自分だけが「当たり前」を知らないというのが一番怖い。
ここで生まれ育ち、互いをよく知るネヴァール族とヌメル族が「語るまでもない常識」として理解していることこそ、ニックがもっとも知らなければならないことなのだ。
「そう言えば、説明してなかったかねぇ? 金テカのニック、これを見る」
そう言うと、モズクが枯れ木のような腕を前に伸ばし、その表面を軽く撫でる。すると僅かなぬめりが生じ、皮膚の表面が艶やかに光る。
「私はもう殆ど出ないけど、ヌメル族の戦士、みんなヌメヌメ。そしてこのヌメヌメ……ヌメルの膜があれば、森の主に触れても、少しだけ平気。だから我らだけが偵察する、一番安全」
「ほぅ、そういうことか。あー、だがネヴァール族の糸も森の主を拘束できるのであろう? ならばそれで防げるのではないか?」
答えは得られたが、新たな疑問も生じた。ならばとそれも素直に問うニックに、しかしモズクは悲しげな様子で首を横に振る。
「前に森の主出た時、ここに来たネヴァールの戦士、我らの話聞かず、同じように考えて自分達だけで森の主、挑んだ。
でも、駄目。ネヴァールの糸、確かに森の主捕らえられる。でも糸、隙間だらけ。体に巻き付けても主の力、完全には防げない。防げるほどぐるぐる巻きにしたら、今度は戦士の体が動かない。それで戦えるはず、ない」
「む…………」
「長老様、その戦士達、どうなった?」
ニックが厳しい表情となるなか、ナットゥが改めてモズクに問う。ネヴァール族の戦士として集落に伝わる話は全て聞いているはずなのに、その話には聞き覚えがなかったからだ。
そしてそんなナットゥに、モズクは暗い表情で非情な真実を告げていく。
「ネヴァールの戦士、沢山死んだ。強い戦士ほど、誇り大事にする。でも誇りと驕りは違う。できないことを認め、できることを助け合うことこそ大切。
彼らの次にここに来た戦士、泣きながら床に頭をつけて頼んだ。だから我ら同じ話をして、今度は助け合って森の主、倒した。その時の戦士、今のネヴァールの長老」
「なんと!?」
「それ、俺、初めて聞いた。長老、それ話したことない」
「死んだ男、ネヴァールの長老トロロゥの兄。強く勇敢で、そして愚かだったネヴァールの戦士。身内の恥、語れなくても仕方ない」
「長老!? 戦士の生き様侮辱するか!?」
モズクの物言いに、ナットゥが激しく感情を露わにする。思わず立ち上がって槍を手にするナットゥにメクァブもまた臨戦態勢となるが、モズクは変わらず悲しげな表情のまま淡々と言葉を続けていく。
「同胞を守って死ぬ、とても尊い。ただ敵に突っ込んで死ぬ、とても愚か。似ていても違う。死ぬことそのもの、尊くない。
同じ言葉繰り返す。誇りと驕りを間違えるな、ネヴァールの戦士ナットゥ」
「……………………」
深く静かなモズクの言葉に、ナットゥは再び腰を下ろし、槍を床に置いた。それに合わせてメクァブも警戒を緩め、何があっても一瞬で取り押さえられるように心構えをしていたニックもまたこっそりと緊張を解く。
「さて、話を戻そうかのぅ。次は具体的な森の主の倒し方、教えるよぉ」
「……頼む」
声の調子が戻ったモズクに、ナットゥは胸の内にあるわだかまりを深く飲み込んでそう答える。それをしわくちゃの目を細めて見極めると、モズクが説明を始めた。
「これまで話した通り、ヌメルの戦士、そのヌメヌメで森の主の攻撃、少しだけ耐えられる。だからヌメルの戦士が囮となり、その間にネヴァールの戦士が森の主をネバネバに巻き付ける。
そうして主の動きが止まったら……その槍でとどめ、刺す」
「これか」
モズクの言葉に、ナットゥは床に置いた槍に視線を向ける。
「確かにこれなら、ネヴァールの糸でネバネバにした森の主に攻撃、通る。なるほど、その為の武器だったのか!」
丈夫で粘つくネヴァールの糸だが、大戦士トリモチから受け継がれているこの槍だけは、その糸を一切の抵抗なく切り裂くことができる。しかも代々の所有者が槍全体を己の糸でネバネバにしているため、森の主でもこの槍を溶かすのは容易ではない。
「そうだ。我らと森の主との戦い、ずっとずっとずっと昔から続いている。ヌメル族のヌメヌメも、ネヴァール族のネバネバも、この森で主と戦い、生き残るための力。そしてその槍は、遙か遠い先祖がようやく辿り着いた、森の主を倒せる力。
だからこそ、もう一度繰り返す。誇りと驕り、決して間違えるな。死んで残すのではなく、生きて伝えることこそ大事。
みんなで生きて、みんなで勝って、そうしたらみんなで宴を開くんだよぉ」
「長老様……ああ、そうだ! 皆で戦い、皆で勝つ! そして皆で宴を開く!」
最初から見えていた最良の答えに、今ようやくヌメル族とネヴァール族が辿り着く。その後もやる気に満ちたナットゥが残った細かい決め事をモズクと話し合い、実りある会合を終えて一行はネヴァールの集落へと戻る。
そして一週間後……
「ヌメル族から、連絡来た。森の主、ヌメル族の集落の側まで来ている。お前達、今すぐ向こうに行って、戦いに備えろ!」
ネヴァール族の集落にやってきたヌメル族の伝言に、長老トロロゥが即座に皆を集めてそう宣言する。するとすぐに皆が動き出し、トロロゥが改めてニックに声をかけてくる。
「客人ニック。本当に我らと共に戦ってくれるのか? 今回は戦士も多い、ヌメル族の協力もある。無理をする必要は無いが……」
「ははは、無理などしておりませんぞ。というか、今更戦うななどと言われてはそちらの方が困ってしまいます。この通りやる気に満ちておりますからな!」
心配するトロロゥの言葉に、ニックは力こぶを作ってみせる。すっかり裸に慣れたニックの肌はいい具合に日に焼けており、逞しさが普段の二割増しほどになっている。
なお季節的には既に秋なのだが、湿度の高い密林ということでむしろ軽く蒸し暑いくらいなことと、そもそもニックなので風邪を引いたりすることはない。
「そうか……ネヴァールの民、果てしなくネバネバ。受けた恩は何処までも粘り着いて、絶対に忘れない。助力に心から感謝する。客人……いや、我らネヴァールの友、金テカのニック!
さあ皆! 戦士達を盛大に送り出すのだ!」
「「「オオオォォォォォォ!!!」」」
トロロゥの声に呼応して、集落中から歓声があがる。その声に集まりつつあるナットゥやオックラーが手を上げて答え、ニックもまた満面の笑みで拳を突き上げる。そんな彼らの足下には、歓声に後押しされるように小さな影が駆け寄ってくる。
「ター!」
「ヒキワリィ! どうした?」
「アタシ、みんな応援する! ター、最強! ニック、最強! 二人とも頑張れ!」
「ははは、ありがとうヒキワリィ。なぁニック、これは負けられないぞ?」
「当然だ! こんな応援をもらってしまったら、もう勝ち以外は見えん!」
「ヒキワリィ? 俺は?」
笑顔で娘を抱き上げるナットゥと、その隣で笑うニックをそのままに、オックラーがヒキワリィに問い掛ける。
「オックラー? うーん……微妙?」
「何で俺だけ!?」
「ふふふ、嘘! オックラー、最強! 頑張れ、オックラー!」
「お、おう! 俺、最強! ネヴァールの戦士、みんな最強! 森の主なんて簡単にやっつける!」
悪戯っぽく笑うヒキワリィにオックラーが調子に乗る。普段ならばナットゥが諫めるところだが、流石に今は苦笑するだけだ。
「さあ、征くぞ! 皆、出発だ!」
「「「オオーッ!」」」
勇ましいナットゥの声に合わせて、戦士達が再び拳を突き上げる。こうして彼らはまずはヌメル族の集落へと向かっていった。





