父、興味を持つ
「まずは若いのからだ! お前達、行け!」
「「「オウッ!」」」
「ネヴァールに遅れをとるな! 倒してこい!」
「「「はいっ!」」」
ナットゥとメクァブの言葉に、それぞれの陣営から三人ずつが歩み出た。両陣営によって丸く囲まれた簡易的な陣地の中で、若い戦士達が気勢を上げて相手に挑みかかっていく。
「ふむん? 集団戦なのか?」
てっきり一対一の対決をするのだと思っていたニックは、その様子に軽く意外そうな声を出す。すると隣にいたナットゥが戦士達に視線を向けたままで解説してくれた。
「そうだ。森での戦い、一人じゃない。だから若い戦士なら仲間と戦う、当然」
「ああ、まあそうだな」
それこそ何らかの試合でもなければ、一対一で戦うなどということは滅多にない。実戦を想定した強さを競い合うというのであれば集団戦を行うのは確かに当然と言えるだろう。
そんな風に納得しつつ、ニックは戦況を見守る。だが五分もしないうちに若者達は少しずつ息を切らせ始める。全力戦闘での五分は、戦いを知らない者では想像もできないほどに消耗するのだ。
「むぅ、若い戦士、やはり未熟。そろそろ先頭に立って戦う戦士、必要」
「ナットゥ! 俺が行く!」
「オックラーか……」
以前にヌメル族にやられていたことと、つい最近もニックに負けたことで鬱憤の溜まっているオックラー。そのやる気に満ちた顔をしばし見つめて考えてから、ナットゥは大きく頷いてみせる。
「いいだろう。行ってこいオックラー! ネヴァールの戦士の強さ、ヌメル族に見せつけろ!」
「任せろ! ネヴァァァァァァァル!!!」
破顔したオックラーが、雄叫びをあげながら戦場へと飛び込んでいく。若い戦士達とは一線を画すその動きは、あっという間にヌメル族の戦士をネバネバの糸で捕らえていく。
「きゃあっ!?」
「と、とれない!?」
「ハッハッハ! 真のネヴァールの戦士の糸、恐ろしい程ネバネバ! 未熟なヌメルの戦士には、ネヴァールの糸はずせない!」
「ふむ、流石だな。ならばナメココ、お前が行け!」
「了解! ヌメェェェェェェル!!!」
メクァブに言われ、ヌメル族の集団から新たな戦士が飛びだしてくる。ナメココと呼ばれた女戦士は滑るように大地を進むと、拘束されていたヌメル族の戦士の体をぬるりぬるりと撫で上げていく。
「とれた!」
「未熟者、下がれ! コイツの相手は私がする! 久しぶりだな、オックラー」
「ぬぅ、お前、ナメココ!」
ペロリと舌なめずりをするナメココに、オックラーが渋い顔をする。二年ほど前にオックラーが負けたヌメルの戦士が、このナメココであった。
「少しは強くなったか? 相手をしてやる、かかってこい!」
「舐めるな!」
ナメココの挑発に乗せられて、オックラーが乱立する木々の間をまっすぐに走っていく。そのままナメココに飛びかかっていき……だが次の瞬間、オックラーの体がガクンとその場に引き留められる。
「何っ!?」
「かかったな!」
走る間に木々に触れ、オックラーは手から糸を伸ばしていた。その粘りで無理矢理に体を止めることで、カウンター狙いで放った拳を空振りしたナメココが前のめりに体勢を崩す。
「食らえ!」
「食らうか!」
オックラーの蹴りがナメココの腹部に命中する。だがナメココの体がぬるりとぬめり、蹴りの威力が半分以上失われてしまう。
「ヌメルの戦士、とてもヌメヌメ! 半端な攻撃、痛くない!」
「なら、全身ネバネバに縛り上げる! ネヴァールの糸、ヌメルよりネバネバ!」
殴り蹴り、その度にオックラーの体から出た粘りが糸となってナメココの体に絡みつく。だが同時にナメココの体もまた肌から汗とは違うヌメヌメの液が滲んでおり、ニックがあれほど落とせなかったネヴァールの糸が今一つ拘束しきれない。
『ふむ。ヌメヌメの相手を捕らえるための糸と、ネバネバの糸から逃れるためのぬめり……それぞれが相手に特化した能力を備えているのか。随分と長いこと外界から隔離されている場所のようだし、どちらも純粋な基人族とはかなり違った進化の道を歩んでいるようだな』
「だな。何とも興味深い……ひょっとして儂の手からも、頑張れば糸が出たりするようになるのだろうか?」
『貴様、更に人の道を外れるつもりか……っ!?』
「何だ、ニック、ネヴァールの戦士なりたいか?」
ニックの発言に驚愕の声を上げるオーゼンだったが、ニックがそれに反論するより先に、その呟きを耳にしたナットゥがそんなことを聞いてくる。
「ん? ああ、ちょっと便利かも知れぬと思ったのだが……どんな訓練をすればいいのかが全くわからんのでな。というか、お主達はどうやって体からネバネバやヌメヌメを出しているのだ?」
「むぅ、そんな事聞かれても、俺わからない。ネヴァール族、生まれたときからネバネバ。体粘らせる、息するのと同じ」
ニックの問いに、ナットゥが困った顔で言う。誰もが当たり前にやっていることなので、どうやっているのかと聞かれても答えようがなかったのだ。
「ほぅ。ではネヴァール族とヌメル族が結婚した場合は、子供はどちらになるのだ?」
「……わからない。長老なら知ってるかも」
「そうなのか。ふーむ、ならば事が終わって集落に帰ったら、その時にでも聞いてみるか」
「ガァァッ!?」
そんな風にニックが勝負から意識を逸らしていると、不意にオックラーの叫び声が聞こえてくる。慌ててそちらに視線を戻せば、オックラーが地面に転がりジタバタともがいている様子が見えた。
「クソッ、立てない!?」
「ふふふ、ヌメルの膜、猛烈にヌメヌメ。お前が調子に乗ってる間に、地面も木も全部ヌメヌメにした。お前もう立てない。ネヴァールのくせに粘れない!」
「まだ! まだ負けてない! 地面掘れば……」
「それを待ってやるほど、私ヌルく無い!」
木はともかく、地面は掘ればヌメヌメが無くなる。ならばと必死に手足を動かすオックラーだったが、そんな隙だらけな状況を黙って見逃すはずもなく、ナメココがヌメヌメの地面を滑るように移動して勢いを乗せた蹴りをオックラーに放つ。
「ぐはっ!?」
「ふぅぅ……今回も私の勝ち! ネヴァール弱い! ヌメル最強!」
「「「ネヴァール弱い!!! ヌメル最強!!!」」」
蹴り飛ばされて伸びているオックラーをそのままに、ナメココのあげた勝ち鬨にヌメル族が声援をあげる。その状況にナットゥは頭を抱えてため息をついた。
「ハァ。オックラー、力弱くない。でも心ちょっと弱い、あと頭大分弱い。もうちょっと冷静になれば今よりずっと強くなるのに……」
「ははは……それは何とも辛辣だな」
ナットゥの呟きに、ニックは思わず苦笑いを浮かべる。実際オックラーと戦ったニックが持った感想も似たようなものだったからだ。
「仕方ない。俺出る!」
「待て!」
槍を手に一歩踏み出そうとしたナットゥに、しかしメクァブが待ったをかける。
「何だ? 俺出る、不服か?」
「違う。ネヴァールの戦士ナットゥの強さ、我ら知ってる。お前出たら私以外誰も勝てない。でもお前と私戦ったら大変。森の主と戦う前にどちらかが怪我する、よくない」
「む、それは確かに。だが、俺が負けずしてネヴァールが負ける、あり得ない! どうする?」
「その前に、ちょっと聞きたい。そいつ、何だ?」
「む? 儂か?」
メクァブが指さしたのは、ニックだ。この場では最年長であろうはずなのに今まで見たことのない相手の正体が、メクァブにはずっと気になっていた。
「そいつ、私見たことない。隠してたネヴァールの戦士か?」
「違う。ニック、ネヴァールの客人。ネバネバじゃないが、とても強い」
「強い? ならば私とそいつ戦う、どうだ? 私、そいつの力知りたい。そいつが私に勝ったなら、ヌメル族が負けでいい」
まるで値踏みするような目で、メクァブがニックの全身を見つめる。彼女もまたひとかどの戦士であるだけに、ニックの強さを本能で感じているのだ。
「それともネヴァールの客人、ネヴァールの誇りを託すに値しないか? ネヴァールの目、曇ってるか?」
「安い挑発だ。だが、お前の気持ち俺もわかる……どうだニック、ネヴァールのために戦ってくれるか?」
ナットゥもまた、戦士としてニックと戦ってみたいと思っていた。だからこそ自分と同じくらい強いメクァブとニックの勝負には興味があり、真剣な顔でニックに問う。
そしてそんな二人の言葉に、ニックの答えは当然にして必然。
「フフフ、いいだろう。その挑戦、受けて立つ!」
満面の笑みを浮かべた筋肉親父が、満を持して囲みの中央へと一歩踏み出した。





