父、愛着を語る
「殻付きニック! 薬湯の準備できたぞ!」
「おう、そうか? ではこのくらいにしておくか」
呼びに来た中年の女性に対し、ニックは笑顔でそう答える。汗一つかいていないその巨体の足下には、ネヴァールの男達が死屍累々たる惨状で倒れ伏している。
「ぐぅぅ、殻付きニック、強い……」
「どれだけ粘っても倒せない……殻付きの弱虫のくせに……」
「フフフ、人は見た目ではないということだな。まあ、お主達も筋は悪くなかったぞ。特に何度倒されても向かってくる心意気は実に素晴らしい」
「当たり前! ネヴァールの男、諦めない! でも、無理なものは無理……ガクッ」
「ほら、お前達も遊んでないで、全員薬湯入れ! 汚れたまま宴会、駄目!」
「「「はーい…………」」」
腰に手を当て言う女性の言葉に、倒れたままの男達が呻くように返事をする。ネバネバの糸が張り付いたままのニックと組み合っていたのだから、当然ながら彼らもまた色々と粘ついているのだ。
「まったく……殻付きニックは、こっち!」
「うむ」
そんな男達に呆れた視線を向けてから、女性が改めてニックを呼んで歩き出す。当然ニックもその後をついて歩いて行くと、そこには大きめの桶に濃い緑色をした液体が湯気を立てて満たされていた。
「これで拭く、ネバネバ落ちる! さっさと殻を脱いで洗う!」
「ああ、そうさせてもらおう」
ニックは身につけていた鎧などを脱ぎ、その場に座り込んで魔法の鞄から取り出した布を薬湯に浸し、丁寧に擦り上げていく。独特の臭みのある薬湯の効果はなかなかのもので、二度三度と繰り返し擦れば徐々に粘りが落ちていく。
「うむうむ、ちゃんと落ちているな」
武具の手入れはそれなりにしているニックだったが、ここまで丁寧にすることは滅多にない。磨き上げられていく鎧の輝きに満足げな笑みを浮かべていると、そんなニックに話しかけてくる者がいた。
「殻付きニック!」
「ん? おお、お主はオックラーではないか」
笑顔で歩み寄ってきたのは、ニックに勝負を挑み負けたオックラーだ。親しげな様子でニックの側までやってくると、その隣にしゃがみ込んで武具の手入れをするニックを見る。
「ニック、殻のネバネバ、落ちたか?」
「おう! ほれ、ピカピカであろう?」
「確かにピカピカ。ネバネバ、無い……なあニック、質問ある」
「何だ?」
「お前、どうして殻つける? 殻付きニック、凄く強い。強い奴、殻いらない。なのにお前楽しそうに殻の手入れしてる。俺、それがわからない」
心底不思議そうな顔でそう言い、オックラーが首を傾げる。それに対してニックは朗らかに笑い、優しく鎧を拭き上げながらその口を開いた。
「ははは、確かに儂はこの鎧や剣に頼らなくとも強い。だがこの鎧や剣……お主達の言う殻は、儂と共に戦場を駆けたこともある友人が、儂のために作ってくれたものなのだ。友の想い、心意気を身に纏って戦いたいと思うのは、そんなに不思議なことか?」
「む……」
ニックの答えに、オックラーは顔をしかめて考え込む。その視線は集落の奥に向かい、それからすぐに改めてニックに向き直る。
「殻付きニック、ナットゥが持っている槍を見たか?」
「うむん? ああ、見たぞ。さっき別れるまでずっと持っておったしな」
「あの槍、ネヴァールで最強の戦士だけが手にできる、祖先から受け継いだ槍。途轍もなくネバネバだった大戦士トリモチの魂、今も粘り強く宿ってる。
あれを持つ、ネヴァールの男の夢。だからニックの気持ち、ちょっとだけわかった」
自分達が散々馬鹿にしてきた「殻」が大事なものなのだと理解できたことで、オックラーが少しだけ気まずそうに顔を逸らす。そんなオックラーの態度にニックは思わず笑みを漏らし、綺麗になった鎧をそっと地面に置く。
「そうか。お主達が儂の気持ちを理解してくれたのなら、儂もお主達の気持ちに応えようではないか!」
言って、ニックは鎧や魔剣のみならず服まで脱いで魔法の鞄にしまっていく。しまいには下着まで脱ぎ捨てると、その手が徐に外している腰の鞄へと伸びて……
『待て待て待て! 今我はとても嫌な予感がしているぞ!?』
「『王能百式 王の尊厳』!」
『やはり!?』
ニックの股間に、黄金に輝く獅子頭が装着される。その神々しい御姿に、オックラーは興奮を隠せない。
「凄い! 殻付きニック! 股間に殻が出た! 金に輝く獅子の顔! 殻付きニック、股間まで殻付き!」
『ははは、わかっていたぞ。半裸の種族に出会った時点で、貴様が脱ぐのは確定事項だったのだ。故に我は何とも思わぬし、何も感じぬ……あ、ちょうちょ。きれいだなー……』
「……むぅ」
変な現実逃避を初めてしまったオーゼンはともかく、オックラーの発言は明らかに賞賛の言葉であるのに微妙に貶められているような気がして、ニックは魔法の鞄から適当な毛皮を取りだし腰に巻き付けた。あとはオーゼンを取りだしたこともあって腰の鞄も魔法の鞄に収納してしまい、肩掛け鞄に毛皮だけというネヴァール仕様のニックが今ここに爆誕した。
「ふふーん、どうだ?」
「凄い! 殻付きニック、殻無くなった! 殻無しニックは強いニック! ネヴァールの民、みんなお前を認める!」
「そうかそうか。服を脱いだだけでそこまで変わるのもどうかと思うが……まあ異文化というのはそういうものであろうしな」
「ニック、お披露目する! 宴始まる! 早く行く!」
「お、おぅ!?」
未だ興奮冷めやらぬオックラーが、グイグイとニックの手を引いて中央広場へと連れ戻そうとする。そうして「殻無し」になったニックが姿を現すと、宴の準備をする者達がその姿に歓声をあげた。
「殻付き、殻無しになった! 一人前の戦士の誕生!」
「殻無しニック! もう一回勝負だ!」
「馬鹿、それより宴の準備する! これ以上遊んでると、ガムテさんに怒られる! 宴、出られない!」
「うっ、確かにガムテさん、しつこくネバネバ。俺、諦めて準備する……」
「うーむ、実にいい賑やかさだな」
活気溢れる広場の様子に、ニックの体もウズウズとし始める。と、そこにやってきたのはネヴァール族の長老だ。
「殻付きニック、いい格好になった! 殻はどうした? ネヴァールの糸、落ちなかったか?」
「おお、長老殿! いえ、綺麗に落ちましたが、せっかくならば貴殿等に合わせようかと思いましてな」
「そうかそうか! 殻付きニック、殻無しになって立派になった。ネヴァールの客人に相応しい」
「ありがとうございます。ところで長老殿、こうして見ているだけ、もてなされるだけというのはどうにも落ち着きませんでな。何か儂に手伝えることはありませんかな?」
「む? ネヴァールの民、礼節を知る。客人に手伝わせることなどないが……」
「長老、肉足りない! ナットゥ、狩りしてこなかったから、あるの干し肉だけ!」
迷うトロロゥのところに、年若い男が小走りに寄ってくる。だがすぐに側にニックがいたことに気づき、その顔があからさまにしかめられた。
「こら! 客人の前で何を言うか!」
「うぅ、ごめん、長老……」
「いやいや、気にせんでくだされ。というか、そういうことならば……」
言ってニヤリと笑うと、ニックは魔法の鞄に手を突っ込む。そうして引っ張り出したのは、巨大な熊と巨大な猪、そして巨大な……六本足で羽が生え、鱗と羽毛が一緒についている何だかよくわからない魔物の死体。
「おおぉ!? 客人ニック、これは!?」
「凄い! でかい熊! でかい猪! でかい……なんだこれ?」
「ああ、それはあの山を越える途中で捕まえた魔物だな。何かと言われると儂にもわからんが、まあ焼けば食えるだろ」
「確かに! 大抵のもの、焼けば食える! 殻付き……じゃなくなったニック、これみんな食っていいのか?」
「ああ、そうしてくれ。せっかくの宴なら、腹いっぱい肉を食わねばな」
「やったー!」
ニックの言葉に周囲からまたも歓声があがり、巨大な魔物達が宴の食材とすべく運ばれていく。そんな若者達を見送ってから、トロロゥがニックに改めて頭を下げ、ニックの側ではまたもオックラーが声をあげる。
「世話になった、客人ニック。ネヴァールの民、お前の恩を忘れない」
「流石ニック! 金の殻付き!」
「うん? 金の殻?」
オックラーの発言に、トロロゥが不思議そうに首を傾げる。
「そう! ニックの股間、金の殻付き!」
「おいオックラー? それはあまり広めんで欲しいのだが……」
「殻付きニックは金の殻付き! テカテカピカピカ、強い殻付き!」
「ほほぅ、金の殻付き……客人ニック、その殻を見せてくれんか?」
「いや、それは流石に……ははははは……」
自分の股間を食い入るように見つめてくるトロロゥに、ニックは心底困り果てた表情で愛想笑いを浮かべることしかできなかった。





