表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
707/800

父、おびき寄せる

「キャァァァァ!」


「モンディ! こっちに!」


「二人とも、儂の背に隠れるのだ!」


 直撃すれば骨折どころか命すら落としかねない金属板が散乱するなか、バンが必死にモンディを抱き寄せ、そんな二人を守るようにニックが立ちはだかる。身長二メートルを超える巨体は見事に盾の役目を果たし、メーショウの鍛えた鎧にガンガンと板のぶつかる音がバン達のすぐ側でけたたましく鳴り響く。


「ニック君!? 無茶だ!」


「なに、儂は平気だ! この鎧もその下の筋肉も、こんなものに負けるほどやわな鍛え方はしておらんからな! それよりもしっかりと身を縮めていてくれ! 下手に手や顔などを出されたらそれこそ守りようがない!」


 背後から聞こえるバンの叫び声に、ニックは振り返ることなくそう答える。実際その声には十分な余裕があるし、激しい揺れと強烈な衝撃をその身に受けてなおニックの巨体は小揺るぎすらしていない。


「ふふふ、この金属板が硬い材質で助かったな。多少雑に殴っても壊れたり変形したりしないのは大助かりだ!」


「君って奴は……っ! わかった、ここは任せる! さあ、モンディ、落ち着くんだ!」


「だ、大丈夫。大丈夫よ。ちょっと焦っただけだから」


 バンに背中をさすられて、モンディが大きな胸に手を置いて答える。未だにその唇は震えているが、少なくとも目には力が戻っている。


「そうか、流石はモンディだ!  ニック君、ここよりは部屋の隅の方がいくらか安全なはずだ。ゆっくりとそちらに移動できるかい?」


「わかった!」


 ニックの返事を確認してから、二人がジリジリと壁際を移動していく。だがそうする間にも地面の揺れは少しずつ小さくなっていき、大して移動もしないうちにすっかり収まってしまった。


「ふむ、思いのほか早く収まったようだな。二人とも大丈夫か?」


「それはこちらの台詞だよ。ニック君こそ大丈夫だったのかい!?」


「ボロボロだろうけど、今のうちに応急処置だけでもしちゃいましょう。ほらニックさん、手を見せて!」


「ああ、いや。儂は本当に何の問題もないぞ?」


 心配して駆け寄ってきたモンディに、振り返ったニックがそっと手を見せる。するとあれほど硬い金属板を殴り飛ばしていたというのにその拳には傷どころか小さな痣の一つすらできていない。


「嘘でしょ、本当に怪我してないの……!?」


「無論だ! 意思も持たぬ金属板などに儂の拳が負けるわけないではないか!」


「えぇぇぇぇ……」


「ニック君の非常識さは、私達の想定を遙かに超えているということか……だが今はそれが何より頼もしい。そういうことなら、早速今後の動きを相談しよう」


 腑に落ちないといった声を上げるモンディをそのままに、バンはスッパリと現実を割り切って新たな話題を切り出す。想定される現状はかなり悪く、一秒たりとも無駄にする時間はない。


「さっきの揺れで、私が掘った穴はおそらく崩壊してしまっているはずだ。なので新たに脱出経路を作らないとなんだけど――」


「待て」


 話し始めたバンの言葉を、ニックが手で制して止めさせる。そのまま真剣な表情で耳を澄ませ気配を探り、そこから感じ取ったものにニックの表情が一気に険しくなる。


「まずいぞ。とんでもない数の小さな何かがこっちに向かってきている」


「小さな何か? 壁に空けた穴から崩れた土砂が流れ込んできているとか、そういうことではなくてかい?」


「違うな。もっと能動的に動いているというか……っ!?」


 真なる暗闇すら見通すニックの目に、不意に白い影が映る。一つ一つは自分の拳ほどの大きさだが、想像を絶する数はまるで波が押し寄せてくるかのようだ。


ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ…………


「なっ!? ね、鼠!?」


「あ、あ…………っ」


 ランタンの光に照らし出されたのは、真っ赤な目を輝かせる白く小さな鼠の群れ。一匹二匹ならば何の脅威でもなく、一〇や二〇いたとしても少々面倒だと思う程度であろうそれらは……しかし何百万という群れとなって鳴き声ひとつあげることなく猛烈な勢いで迫ってくる。


(駄目だな、これは防げぬ)


 状況の悪さを、ニックは即座に悟る。自分一人なら適当に腕を振り回しているだけでいずれ群がる全てを駆逐できるだろうし、魔鋼(アダマンティア)よりは格段に柔らかいであろう鼠の牙が自分に通じるはずもない。


 だが、背後にいるバンとモンディは別だ。倒れた棚や金属板で足場が悪く、横はともかく高さという意味では決して広いとは言えない空間でこれだけの数の相手から守り切るのは流石のニックでも難しい。一切の手加減なしで暴れれば可能だろうが、その場合ここにある金属板……かつての復興派が何千年もの間守り抜き受け継いできた英知の結晶は跡形も無く壊れ尽くすことだろう。


「ウォォォォォォォォ!!!」


 強烈な敵意と殺意を込めて、ニックが拳を振り抜く。瞬きの間に数万倍まで圧縮された空気が鼠の群れへと打ち出され、その衝撃によって拳の直線上にいた数百、あるいは数千匹の鼠が弾け飛んだが……


(怯えもしなければ血も流さない。やはりまっとうな生き物ではないな)


 群れ全体としては勿論、己の小さな体のすぐ隣を死が吹き抜けていった鼠すら欠片も怯える様子をみせずに一心不乱にこちらに向かってくる。それは興奮しているというよりは、恐怖という感情そのものを持ち合わせていないようにニックには見受けられた。


(となれば、これが『歴史を狩る獣』とやらで間違いないか? ならば目的はここの金属板か?)


 極限まで集中することで引き延ばされる時間のなか、ニックは刹那で思考を巡らせる。その瞳は鼠の群れを捕らえてはいても映してはいない。


(近くの金属板を全部弾き飛ばして、当初の予定通りバン殿達を部屋の隅に匿う。おそらくそれで二人の安全は確保できるが、それでは普通に暴れるのと結果が変わらぬ)


 諦めない。妥協しない。最善ではなく全て(・・)を掴む。そのためにこそ鍛え上げた体であり、その体があればこそひねり出せる一秒を費やし、ニックはひたすらに考え続ける。


魔法の鞄(ストレージバッグ)に全て収納する? この状況でバン殿達から離れたくはないし、かといって二人を抱えてはそこまで速く動くわけにはいかん。どうにかして此奴等の意識を逸らせれば――)


『投げろ!』


 瞬間、ニックの脳内に雷鳴の如き声が轟く。短く鋭いその一言には決意と信頼が籠もっており、ならばこそニックはその想いに覚悟と信頼を以て応える。


「『王能百式 王の羅針』!」


 腰の鞄に手を突っ込み、それを言い切るより先にニックがオーゼンを投げる。すると投げ放ったメダリオンは中空で姿を変え、ニックの手から離れてもその能力を失わない羅針の球へと変じる。


ザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!!!!!


 ただの文字盤とは比較にならない、鮮烈なアトラガルドの光を放つオーゼンを目にした鼠たちの瞳の色が、血の如く朱く染まる。迫り来る波が物理法則に反するかのようにのけぞって放り投げた羅針球を追いかけたことで、ニックの中にあった仮定が確信へと変わり、その足が魔鋼(アダマンティア)をへこませるほどの力で床を蹴った。


「オォォォォォォォォ!!!」


 雄叫びと共に突っ込んだ筋肉塊は鼠の波を容易く撃ち抜き、その鼻先が触れるより先にニックの手が相棒を掴む。


「引き受けた!」


 その光景を唖然と見守る二人にただ一言を叫んで残し、オーゼンを握り込んだニックの拳が天を衝く。開けた大穴から即座に土砂が流れ落ちてくるが、それすらも巻き上げる勢いでニックの巨体が打ち上がる。


 その有り様は、正しく火山の噴火の如し。チリツモ山脈中央に突如として空いた大穴から筋肉親父が飛び出せば、それに続いて噴き出すのは同じ朱なれど溶岩ではなく、過去の歴史を絶やさんとする小さく歪な鼠の群れ。


 溢れる、溢れる。中央の山から鼠が噴き出し、その標高がみるみる削れていく。積み重なっていたのは火山灰ではなく、その多くがこの鼠であったと言わんばかりに幾千万もの鼠のうねりがニックに目がけて殺到する。


 町どころか国一つ飲み込むのではないかと思える、絶望的な滅びの群れ。だがその殺意を一身に受け止める筋肉親父は、してやったりとニヤリと笑う。


「『王能百式――』」


 静かに呟くニックの手には……


「『王の鉄拳』!」


 光り輝く巨大な手甲(ガントレット)が装着されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ