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父、思い当たる

「いや、すまない。少々興奮しすぎてしまったようだ」


「そうよね、この部屋全体を調べる方が先よね」


 ニックの「まずはここを調べてはどうか」という提案に、バンとモンディは恥ずかしそうな顔をして同意する。とんでもない大発見を前に子供のようにはしゃいでしまっていたことは、二人ともしっかり自覚していた。


「では、改めて調べていこうか……言うまでも無いけれど、近くの棚にぶつからないように気をつけてくれ。この金属板は相当に重いから、倒れてきたら押しつぶされてしまうぞ」


「さっきのバンみたいに?」


「ぐっ!? そ、そうだね。だからモンディも気をつけてくれ。その無駄に大きな脂肪を引っかけたりしないように」


「はいはい、わかってるわよ」


 からかうモンディに何とか一矢報いようとしたバンだったが、逆に軽く流されて微妙に渋い顔になる。とは言えすぐに気を取り直すと、掲げたランタンで改めて室内を照らしてみた。


「うーん、かなり広い空間だね。壁どころか柱すら全く無いってことは、まさか一辺三〇〇メートルの空間が全部この一部屋になっているんだろうか? まあ天井まで魔鋼(アダマンティア)で覆っているなら、それでも崩落なんてしないだろうけど」


「単に丈夫ってだけじゃなくて、空間を最大限に活用するにも便利ってわけね。だからって魔鋼(アダマンティア)を建材に使おうとは思わないけど」


「希少性も加工難易度も桁違いだからね。ここの壁内に埋め込まれた魔鋼(アダマンティア)を全部持ち帰ることができたら、モナ王の墳墓から持ち帰った財宝よりもずっと高く売れるんじゃないかな?」


「ははは、ならば儂等はこれで大金持ちということか?」


「あくまでも『持ち帰れば』だけどね。ニック君には申し訳ないけれど、ここは遺跡としても価値が高すぎるから、おそらく解体はできないと思う。その分の報酬は何とか捻出したいと思うけれど……」


「ああ、それこそ気にしなくていいぞ? 確かに金は大事だが、金を稼ぐ手段は他に幾らでもあるからな。儂としては報酬を気にされて呼ばれなくなるよりも、今後も面白そうな場所があれば気楽に呼んでくれる方が嬉しいのだ」


「そうかい? なら、さしあたってはその気持ちに甘えさせてもらおうかな?」


 冗談めかしてそう言いながら、今回もバンが先頭となって一行はゆっくりと室内を外周沿いに歩いて行く。特に遮るものもないままにそうして半周ほどすると、部屋の西側の中程にて初めて棚と金属板以外の物を発見した。


「これは……石碑かな?」


「これは金属製じゃないのね。それに文字も……これって、ヒャッコイナの文字よね?」


 床から突き出すように伸びている大きな石碑。そこにはバン達にとっては見慣れた文字が刻まれており、だからこそこの遺跡ではもっとも異質な存在でもある。


「ふむ、これなら読めそうかな……モンディ、ちょっと照らしてくれるかい?」


「了解。これでいい?」


「ああ、ありがとう。なになに……」


 柔らかなランタンの光を浴びて、かつての意思が蘇る。二〇〇〇年の時を超えて、今その内容をバンは静かに語り始めた。





――遙か古代に失われし英知を抱え、我らは幾星霜の時を過ごしただろうか? 執拗に襲い来る『歴史を狩る獣』の存在により、もはや同胞の姿は何処にもない。


 故に、我らが最後の生き残りであろう。そして我らもまた限界を迎えている。生まれては消えていく様々な文明を隠れ蓑として世界を渡り歩いて来たが、長い時の果てに継承されし英知は薄れ、歪み、正しき形は流るる川の形の如く失われていく。もはや彼の文字を読める者は半数にすら満たず、英知の断片を行使できる者は数えるほどしか残されていない。


 代々の長老とてもはや全てを記憶してはおらず、『真に完全なる英知の書』も、あと数度読めばおそらく力を失うことだろう。失われし力を補充し再び読めるようにする英知もまた存在していたが、それを作るだけの設備を整えることは敵わない。英知の片鱗でも見せつければ、めざとい獣は瞬く間にそこに現れ全てを狩り尽くしてしまうからだ。


 故に我らは残されし英知の力の全てを用い、ここに我らの残しうる全てを残す。彼の文字をそのまま刻み、ただ一辺の齟齬すらなく、完全かつ完璧に英知を記す。その行為は獣を呼ぶだろうが、隣の山から降りしきる火の雨がそれを撃退してくれるはずだ。


 そうしてその後は、優しく積もる土と灰が全てを覆い隠してくれる。この谷底を揺り籠とし、我らの長き旅路は終焉となるだろう。周囲に命の一つすらなく、金属板に刻まれただけの英知であるなら、流石の『獣』も反応しないはずだ。


 だが汝よ。幾多の苦難を乗り越え、この地に辿り着きし強く賢き者よ。汝が英知と真実を求めるならば、獣は必ずやってくる。それを打倒して初めてこの世界は過去を取り戻し未来へと歩むことができるようになるのだ。


 我らの意思を、どうか受け継いで欲しい。我らの願いを、どうか叶えて欲しい。獣を倒し、世界の歴史を人の手に取り戻して欲しい。見て見ぬ振りを続け、偽りの安寧にすがる時を終わらせて欲しい。


 私はフクロ。真意を内に口を閉ざし、逃げて隠れて生き延びたトジール族最後の長。この地の封を開けた者に英知と災厄を託す者なり――





「これはまた……」


「えっと……どういうこと? このトジール族っていうのは古代文明から技術と知識を引き継いでいたってこと?」


「そうなんだろうね。でもそれを公に使うと、この『歴史を狩る獣』とやらがやってくるから、ずっと秘匿し続けていた、と。でもそれも限界だったから、ここに残せるだけの情報を残した……といった感じなのかな?」


「うぅ、何なのここ!? 新発見とか新情報が多すぎて、頭が追いつかないわ……」


 石碑を前に、バンとモンディが頭を抱えて意見を交わし合う。だがニックがそこに加わることはない。それはニックが歴史の専門家ではないからではなく、彼らが知らない歴史の真実を既に知っているからだ。


(なあオーゼン。今の話は……)


『うむ。おそらくは復興派と回帰派の争いが、こんな時代にまで続いていたということなのだろう。そして今語られた内容が真実であるならば、最後に残った復興派の末裔がここを作り上げ、そして滅んだということか。確かに今の世界を見てみれば、勝者が回帰派なのは間違いないだろうが』


 現代においてアトラガルドはその名前すら伝わってはおらず、世界の技術水準は当時の足下にも届いていない。世界樹などのごく一部の例外はあるが、それは当時から残っているだけであり、新たに作るどころか仕組みを理解することもできてはいないのだから、回帰派の目的である『かつての文明の排除』は概ね達成されていると言って間違いないだろう。


『ただ、気になるのは「歴史を狩る獣」とやらの存在だな』


(うむ。お主と出会ってその力を借りるようになってから随分経つが、そんなものの気配を感じたことはないからなぁ)


 オーゼンの持つ「王能百式」は、正しくアトラガルドを象徴する力だ。それ以外にもアトラガルドに関連する魔導兵装(マグスギア)との戦闘なども幾度か行っているが、ニックがその「獣」とやらの気配を感じたことは一度もない。


『まあ、普通に考えれば二〇〇〇年前から存在の確認されていない脅威など気にする必要もなさそうだが……っ!?』


「な、何だっ!?」


「キャッ!? 何!?」


 その瞬間、魔鋼(アダマンティア)に囲まれた部屋がガタガタと揺れ始める。激しい振動に棚から金属板が滑り落ち、室内の至る所からガシャンガシャンと甲高い音が響いてくる。


「むぅ、これは……!?」


『…………ハァ、やはり貴様の「厄介ごとを呼び込む力」は完璧だな』


 何処か呆れたようなオーゼンの呟きに合わせて、一際大きな揺れがニック達を襲った。

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