父、方針を決める
モンディが加わり調査能力が倍になったことで、その後の遺跡調査は順調に進んでいった。長い通路を進み脇にある小部屋を調べること数日。行ける範囲を大まかに調べ終えた一行は、天幕を張っている場所にて顔を付き合わせ今後の相談をしていた。
「これで一応全体を見て回ったわけだけど……何なのあの遺跡?」
たき火を前にして座り、白湯の入ったカップを片手に濃い味付けの干し肉を一かけモムモムと囓りながら漏らすモンディに、バンがやや呆れた表情をする。
「それを調べるのが私達の仕事だろう?」
「いや、まあそうだけど……でもそれにしたっておかしくない? 何なのあの作り?」
モンディ達が歩き回った結果、遺跡の内部構造は突き当たりで直角に曲がる直進通路が四本と、その脇に無数の小部屋があるだけという極めて不可思議なものであった。
「通路はまあわかるわよ。要は砦とかと同じで、中央の何かを囲うように作られてるってことでしょ? その通路から寝室だの調理場だのの部屋が存在しているのも理解できるわ。
でも、出入り口が外向きに一つしかないっていうのはどういうことなのかしら?」
一辺が一キロほどであろう正方形の形をした遺跡には、彼らが出入りしている壁の穴を除くと外に出るための出入り口が西側に一つあるだけ……勿論崩落していて瓦礫と土砂に埋もれていたが……で、囲いの内側に入るための扉や通路はただの一つも存在していなかった。
「うーん。可能性として考えられるのは、この遺跡は何かを守る為ではなく、何かを封じるために建てられたってところかな? 外ではなく内側に脅威があり、それを守る為に建造された砦……と考えれば一応最低限の納得はいく。
それ以上のことを知りたければ、どうにかして囲いの内側、中央部分に行ってみるしかないだろうね」
「それこそ無理でしょ。完全に土の中よ? まさか山を丸ごと吹き飛ばすなんて……」
言って、モンディはふとニックの方に視線を向ける。いくら何でもあまりに馬鹿げた発想だとは思いつつも、なんとなくそれを聞いてしまう。
「ねえ、ニックさん? まさかとは思うけど、山を吹き飛ばしたりってできる?」
「うん? できるかできないかで言えばできるぞ? ただ、山というか邪魔な土砂だけを吹き飛ばして遺跡は保護するというのは無理とは言わぬが難しいな。
やるとすれば大雑把に七、八割を吹き飛ばしてから、残りは少しずつ手作業で土砂を除去していく感じになるだろうか? かなりの手間と時間がかかるであろうから、できればやりたくないが……」
「ははは、流石にそんなことは頼まないさ。ま、冗談はさておき、本気で対策を考えよう」
ニックの発言を冗談と捉えたバンが、笑いながら話を進めようとする。その対応にニックは少しだけ難しい表情をしたが、かといって本気で山を吹き飛ばしてくれと頼まれてもそれはそれで困るので、とりあえずは無言でバンの言葉に耳を傾けることにする。
「さしあたって、明日はこれを使ってみようと思う」
そう言ってバンが鞄の中から一メートルほどの金属製の棒を取りだして見せる。
「何それ? それで何をどうするの?」
「フフフ、見ててごらん」
不思議そうに問うモンディに、バンはニヤリと笑ってから立ち上がって金属棒の先端を地面に押し当て、後ろについている取っ手を握るとグルグルと回し始める。すると螺旋の溝が掘られた金属棒の先端が伸びて少しずつ地面の中へと埋まっていき、最終的に二メートルほどまで伸びたそれを引き抜くと溝の部分に掘り抜いた地層の土がしっかりと付着していた。
「こうやって壁に穴を開けて、向こう側の様子を調べるんだ。もし出てきた土に水分が多いようだったら近くに水がある可能性があるから、そこは避ける。逆に乾燥しすぎているようなら、それもまた崩れやすいということだから避けた方がいいね。
そうして丁度いい具合の場所が見つかったら、そこから壁を壊して穴を掘ってみようかと思うんだ」
「……え、待って。壁の向こうの地面の様子がわかるっていうのは理解できたけど、穴を掘るの? 本気!?」
得意げに言うバンの提案に、モンディはあからさまに眉をひそめて言う。瓦礫をどかして進むくらいならともかく、完全に埋もれた遺跡で穴を掘って進むというのは何十人もの人を集めて行う大作業であり、決して個人でやるような調査方法ではない。
だがそんなモンディの当たり前の疑問に対し、バンの得意げな顔が更にニンマリと笑みを浮かべる。
「本気だとも! この前のニック君との冒険のおかげで、予算にかなりの余裕ができたからね。様々な状況に備えた魔法道具を大量に購入してあるのさ! というか、そもそもあの遺跡に通じる穴は誰が掘ったと思っているんだい?」
「えっ、あれバンが掘ったの!? 確かに魔物が巣として掘ったにしては妙だと思ったけど……」
バンの言葉に、モンディが呆れた視線を投げかける。分岐も小部屋もない洞窟を一体如何なる魔物が掘ったのかという疑問が、思いがけないところで解消してしまったからだ。
「む? 地面が掘れるのに埋まった瓦礫はどうにもできなかったのか? それに、崩落の危険があるからと瓦礫を撤去できなかったのに、壁を壊したりして平気なのか?」
と、そこでニックが新たに浮かんできた疑問を口にする。壁を壊して穴を掘ることができるのであれば、自分が来た時にバンが瓦礫を前に立ち往生していた理由がわからない。
「ああ、それか。まず地面が掘れるのに瓦礫をどうにもできなかったのは、単純に私が使っている魔法道具の出力の問題だね。柔らかい土や小石程度ならともかく、頑強な遺跡の壁を直接掘り抜いたりはできないんだ。
そして壁の破壊だけれど、遺跡内部をきっちりと調べた結果、想定していたよりもずっとしっかりと堅牢性が保たれているというのがわかったからね。それでも爆破したりするようなことをすれば危ないだろうが、あの時ニック君が来なかった場合にやろうとしていた手段を使えば壁を抜くことはできる。時間と手間はかかるけどね」
「ああ、なんだ。儂が来なくても何とかなっていたのか」
「ふっふっふ、当たり前だろう? この私を誰だと思っているんだい? ありとあらゆる状況を想定し、その全てに完全かつ完璧な備えを実践するバン・ジャックだよ?」
やや拍子抜けしたニックの言葉に、バンが再び胸を張りカイゼル髭をしごく。
「ということで、壁の破壊とその後の通路作成は私に任せてくれたまえ。ふふふ、アレを見たらニック君もきっと驚くぞ?」
「ほぅ? 何だかわからんが、楽しみにさせてもらおう」
自信満々のバンの言葉で、次の方針は決まった。その後は何事も無く夜を過ごし、次の日の朝。一行は今日も遺跡へと入り込み、バンが石造りの壁に件の金属棒を押し当てて回せば、ゴリゴリという音と共に螺旋の鉄棒が石壁にめり込んでいく。
「うわ、こんな固そうな壁なのに、ちゃんと入っていくのね」
「はは、これだって魔法道具なんだから当然さ……ふむ、どうやら壁の向こう側の土に水分が多いということはないみたいだね」
引き抜いた棒の溝に入っていた土はどちらかと言えば乾燥気味で、溜まった地下水が押し寄せてくるというのは無さそうな代わりに、やはり衝撃には弱く崩落の危険性は高そうだ。
「うーん。水の心配は無さそうだけど、やはり地盤が脆いのかな? とりあえずもう何カ所か調べてみよう。ニック君とモンディは、その間にもう一度隠し扉などが無いか調べてみてもらえるかい? 絶対に行けないようにするよりは、巧妙に隠蔽した通路で行き来できるようにしてる可能性の方が高いからね」
「わかったわ」
「うむ。調べてみよう」
そうしてバンが壁の向こうを調べる間、ニックとモンディは隠し扉を探す。だが結局その手のものは見つからず……
「……よし、じゃあここの壁を破壊しよう」
当初の予定通り、壁を壊して進むことが決定した。