父、思いを馳せる
気づけば遂に700話です! ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。これからも引き続き応援していただければ嬉しいです。
(おいオーゼン、その話は本当か?)
前を歩くバンに気づかれないようにこっそりと歩く速度を落としつつ、ニックがオーゼンにそう問い掛ける。今この場で問わなければならないほどにオーゼンの発言は衝撃的だったからだ。
『ん? いや、現段階ではあくまでも「できるかも知れない」だぞ?』
(それでも大したことではないか! 一体どうやるのだ?)
『うむ。ずっと昔……まだ我が貴様と出会ったばかりの頃に、魔法の鞄がどのような仕組みで機能しているかを話したのを覚えているか?』
(あー、そう言えばそんなこともあったような……)
オーゼンの言葉に、ニックは眉をひそめて必死にかつての思い出を漁る。そうして浮かび上がるのは、キレーナ王女を助けた時のことだ。
(確か……こう、鞄の口が転移陣のような感じになっていて、何処か遠くに中身を送ったり取り寄せたりしているんだったか?)
『そうだな。魔法の鞄……本来は異空間収納目録と呼ばれるそれの全機能は、中央集積倉庫にて一元管理されている。そしてそこに辿り着ければ、新たな鞄……別に鞄に限るわけではないが、とにかく何かに魔法の鞄としての機能を付与できると説明したはずだ』
(そうだったそうだった! だがそのナントカという場所が何処に在るかわからんから無理という話だったのではないか?)
『うむ、それなのだが――』
「おーい、ニック君? 随分遅れているけど、どうしたんだい?」
オーゼンとの会話を断ち切るように、前方からバンがニックに声をかけてくる。どうやらオーゼンとの会話に夢中になるあまり、思っていた以上に距離が離れてしまっていたようだ。
「ああ、すまぬ。ちとその……この遺跡がどういう経緯でこうなったのかを考えていたのでな」
「おお、そうだったのかい! ハハハ、気になるのはわかるけど、その辺は天幕の所に行ったらゆっくり説明するから、もうちょっと待ってくれたまえ」
「わかった、楽しみにさせてもらおう」
咄嗟に誤魔化したニックの言葉に、バンが機嫌よく笑って答える。それに僅かな罪悪感を覚えたこともあり、ニックはとりあえずオーゼンとの会話を後回しにし、今度は遅れないようにバンに続いて洞窟を抜け、バンが拠点として設置した天幕のところまで歩いて行った。
そうして天幕の前で火を熾し、湧かしたお茶をカップに注いでニックに手渡すと、バンもまた湯気の立つカップを手に火の前に腰を下ろして体を落ち着けた。
「ふぅ。じゃ、一息ついたところでお待ちかねの説明をしようか」
「ああ、宜しく頼む」
咄嗟に口を突いたこととはいえ、ニックは遺跡に対する興味がないわけではない。むしろ娘と一緒に世界中を回っているだけに、その手のことには興味も理解も、そして専門家には及ばないにしても知識もある方だ。
であればこそ聞く姿勢を見せるニックに、バンは楽しげに口元を歪め、自慢のカイゼル髭を何度か手でしごきながらゆっくりと語り始める。
「うーん、何処から話そうかな。まずは……」
「ほう? そのラー・メインという国が元ということか?」
「そうなんだよ。そこから派生した一族のうち、ホソ・ナゲーナ川に辿り着いた者達が作ったのがヒャッコイナ文明なんだ。当時川の周囲を勢力圏としていたのはペイ・ヤング族やユーフォ族といった先住民族だったんだが、彼らが聖地と崇めるバソキヤの台地を舞台にした大戦争は当時としては最大級の戦で――」
「あー……つまり、そのナントカチャンが裏切ったということか?」
「イッペイ・チャンだね。鉄の如く焼ける台地バソキヤを聖地と崇める彼らは基本的に太陽信仰に近いものをもっていたんだけど、イッペイ・チャンだけは夜の闇に価値を見出したんだ。皆が寝静まるなかただ一人で聖地を訪れ、聖なる台地に白い獣脂を塗りたくった。そうして仕込みを終えたイッペイ・チャンは、明けの明星をその背に背負って未だ寝ていたノビ・テンゾ・ラ王の軍勢に宣戦布告を――」
「それは…………あー…………どういうことなのだ?」
「まあ、逃げたってことなんだろうね。敗北したペイ・ヤング族とユーフォ族は、故郷の土地を捨てて西にある乾いた土地へと移り住んだ。極端に雨の少ないその土地での生活は辛酸を極めたけれど……そこに現れたのが伝説に残る賢者、サンプン・カーンさ!」
「む……うむ…………で、どうなったのだ…………?」
「ダバアの濁流に呑まれたペイ・ヤング族の末路を知り、ユーフォ族は太陽を信じる……日信の教えを守ることを誓った。その証拠として賢者の弟子であるユギリーが当代族長と結婚してるんだけど、彼らは女性であるユギリーの家名を受け継いでいるんだ。
そうして生まれた初代の王、ジェット・ユギリーがまた新たな戦乱を巻き起こすんだけど……それはまた別の話ということで、あの遺跡に関する話はこのくらいかな? あまり多くを語りすぎてもわからなくなってしまうだろうしね」
「そ、そうか! そうだな、うむ。本当にそうだ…………ふぅぅ」
長い長い、いくら興味があったところで思考と記憶がついていかない程の長い話が終わり、ニックは思わず大きく息を吐く。確かに興味深いし面白い話ではあったのだが、昼前から休憩無しで日暮れ近くまで話が続いていたとなれば、体はともかく精神的な疲労は如何ともし難い。
「おっと、流石に話過ぎてしまったみたいだね。今日はゆっくり休んで、遺跡探索は明日からにしようか」
「そうだな。そうしてくれると助かる……」
バンの提案を一も二もなく受け入れ、魔法の肉焼き器を出す気力すらなくなっていたニックは簡単な保存食で夕食を済ませると、自身の天幕をすぐ側に張って早々にその中で身を横たえた。
『フフフ、随分と疲れているようだな』
「まあ、な。バン殿の話が長いことを、すっかり忘れておった……興味深くはあったのだが、流石にあれだけ長時間話されるとな」
『フム。では我の話の続きはまた今度にするか?』
「魔法の鞄の話か? ぬーん……いや、聞こう。それはそれで気になるからな」
オーゼンの問い掛けに、ニックはむくりと体を起こしてあぐらを掻いて座る。その目の前には鞄から取り出されたオーゼンが床に置かれており、天幕内に置いた魔法のランタンの光を怪しく反射している。
『そういうことなら話してやろう。中央集積倉庫の探し方だが、貴様が「王の羅針」で覚えさせた物品を魔法の鞄に入れ、その場所を特定するという、ただそれだけのことだ』
「む? そんなことでわかるのか?」
『いや、普通ならばわからん。中央集積倉庫が万全な状態で稼働していれば、探知系の魔法は全て阻害されてしまうからな。
だが、ふと思ったのだ。一万年も経っているなら、多少の不具合や機能不全が発生している可能性は高い。ならばこそ貴様が魔法の鞄に入れた物を……そうだな、できれば世界に唯一無二の物品、そうでなければ強力な魔法道具などが望ましいが、とにかくそれを羅針に覚えさせれば、ひょっとしたら探知できるのではないかと思ったのだ』
「なるほど? 可能性としては無くも無い、のか?」
オーゼンの話に、ニックは眉根を寄せて首を傾げる。その手の知識の全く無いニックには、それがどの程度上手くいくのか見当も付かないのだ。
『何度も言っているが、あくまでも「かも知れない」だ。そもそも「王の羅針」の探索範囲の問題もあるから、本気で探すなら町や街道といった目安を全て無視し、本当の意味で世界中を回る必要があるのが難点だが……』
「ふふふ、それはつまり、お主との旅はまだまだ終わらぬということか」
『そういうことだな』
ニヤリと笑うニックに、オーゼンもまた笑う雰囲気を醸し出した声で答える。今回の遺跡巡りは旅の目的が無くなった事による妥協の産物に近かったが、これでまた新たな……今までで一番時間のかかりそうな目的ができたことになる。
「まったく、この調子では死ぬまでお主と一緒に旅をし続けそうな気がするな。儂は孫と一緒に小さな家でのんびり余生を過ごせればそれでいいのだが」
『ハッ! 貴様のような男がそんな大人しい晩年をおくれるものか! その体が動かなくなるまで精々こき使ってやるから、覚悟しておくがいい』
「おお、怖い怖い」
最後にそう言って笑うと、ニックはランタンの光を落とし、改めて横になった。そうして目を閉じれば、まだ行ったことのない場所、見たことのない景色が夢となって瞼の裏に浮かんでくる。
「ふふ……」
旅はまだまだ終わらない。四〇を過ぎてなお未来に想いを馳せられる幸せをじんわりと胸に感じながら、ニックは静かに眠りに落ちていった。