娘、邂逅する
「はぁ、疲れる……」
国王との謁見という面倒事を片付けたフレイ達一行。だがその後に催された晩餐会にて、フレイは心底くたびれたというため息を吐いた。
「お疲れ様ぁ」
「それにしても、フレイ殿がこの手のパーティへの出席を承諾されるのは珍しいですな。普段は全て断っておりましたのに」
グッタリしたフレイとそれを労うムーナのところに、ワインの入ったカップを手にしたロンがやってくる。フレイとムーナには先ほどからずっと軽そうな貴族の子弟が声をかけ続けてきていたが、流石に美的感覚の違う竜人族ではどうすることもできないのか、ロンだけはマイペースにパーティを楽しんでいた。
「アンタはいいわよね。アタシ達のところには変なのばっかりよってきて……およびじゃないってのよ、ったく」
「でも、こうなるのは最初からわかってたことでしょぉ? それなら何で断らなかったの?」
「だって、あんな顔されたら……ねぇ?」
本来ならば自国に迎えていたはずの勇者。そうでなくても出立した後には慣例として城に顔を出してくれるはず。それらの期待を全てスルーしたフレイに対し、ジョバンノ王は「また素通りしてしまうのか?」と訴えかけた。その捨てられた子犬のようなお誘いは、流石のフレイでも断ることができなかったのだ。
「そういえば、あの時王様の横にいた人……大臣? あの人なんであんなに顔色が悪かったのかしら?」
「さぁ? そんなの私が知るわけないじゃない」
「まあそうだけどさ」
改めて思い返したことで浮かんだのは、国王の隣に立つ軽くやつれた男性の姿。明らかに覇気の無い声とまるで生気の感じられない顔色は、いっそアンデッドか何かじゃないかと疑いたくなるほどだった。
「コモーノは平和な国ではありますが、だからといって王城に治癒術士がいないということはありますまい。フレイ殿のために無理を押してあの場におられた可能性はありますが……」
「うわ、悪い事しちゃったかしら? あとでお詫びしておこう」
「あの、ちょっといいですか?」
そんな風に雑談するフレイ達に、不意に声をかけてくる人物がいた。これが五月蠅そうな貴族のボンボンならフレイがひと睨みするところだが、視線を向けた先にいたのは謁見の間でも顔を見たこの国の王女だ。
「あー、えっと、キレーナ王女様……だっけ?」
「はい! 貴方がニック様のお嬢様なのですね」
「姫様、それでは勇者様がニックさんのオマケみたいになっちゃってますよ?」
「あっ!? し、失礼しました。謹んでお詫び致します」
軽くとは言え頭を下げようとするキレーナに、フレイは慌ててそれをとめる。
「あー、いいわよいいわよ! そんなの気にしないから! ってか、貴方が父さんが助けた王女様よね?」
「はい。ニック様には私の命ばかりか弟や、ひいてはこの国の未来をも救っていただいて、本当に何と感謝すればいいのか……」
「えぇ……本当に何やったのよ父さん……」
思わず頭を抱えるフレイに、キレーナは小さく笑う。
「フフ……あ、すみません。何というか、そう言う仕草のひとつひとつがニック様と似ているような気がしまして」
「そう? 自分じゃわからないけど、確かにアタシと父さんの両方を知ってる人は、アタシは父さん似だって言うわね。父さん自身はアタシは母さんに似てるって言うけど」
「そうなんですか。そう言えば、勇者様のお母様というのはどのような方なんですか?」
「母さんは……ごめん。アタシが一歳の頃に死んじゃったから、アタシには何にもわからなくて答えようがないわ」
「っ……ごめん、なさい……」
「あー、もう! 本当にそういうのいいから! 実際アタシにしてみたら気づいた時にはいなかったから、別に寂しいとかそんな――」
「貴方が勇者フレイ?」
俯いて唇を噛みしめてしまったキレーナに、フレイが必死にフォローを入れる。そんなところに口を挟んできた第三者にフレイが顔を向けると、そこには濃い目の化粧を施した貴族の女性が立っている。
「そうだけど、貴方は?」
「私? 私は貴方の母よ」
「……さっきの話、聞いてたんでしょ? 冗談にしても笑えないわよ?」
低く抑えたフレイの声に、ココロは思わず後ずさる。それでも最近やっと回復してきた矜持がココロをその場に踏みとどまらせた。
「嘘ではないわ。ニック……様がこの城に滞在している間に、私の部屋に来て夜を共にしたのよ。であれば私はニック様の妻。つまり間接的には貴方の母になる……違うかしら?」
「違うわね。そんなバレバレの嘘誰が信じるのよ」
「嘘? 何故嘘だと決めつけるの? 私の方は目撃者もいるのに、何を根拠に――」
言いつのるココロに、フレイはスッと指を突きつけ、その頬を擦る。するとフレイの指先には分厚いドーランが残った。
「ほら、これが証拠。こんなくっさい厚化粧した女なんかに、父さんがなびくわけないじゃない。自分じゃ気づかないかも知れないけど、アンタクサイムより臭いわよ?」
「クサイム?」
「あれ、知らない? ねえムーナ。ちょっと気付けの小瓶出してくれる?」
「いいけど、絶対私達には向けないでよぉ?」
「わかってるって」
ムーナの胸の谷間から出現した小瓶を軽く舌打ちをしつつ受け取り、フレイはココロの鼻先にそれをもっていく。
「ほら、これがクサイムよ。ちょっとだけ嗅いでみて」
「これが……スッ!?!?!?!?!?」
瞬間、ココロは自分の顔が陥没したのではないかという錯覚に見舞われた。それ程までにクサイムは臭く、思わず鼻を押さえてのたうち回る。
「くっ、クサ!? 臭い!? 何ですの!? 何ですのこれ!?」
「だからクサイムだって言ってるじゃない」
「私が、マックローニ侯爵家の娘である私が、これより臭いと!?」
「そうよ。だってアンタ、性根まで腐ってそうだもん。そんなのに父さんがどうにかできるわけないでしょ? 聖剣賭けたっていいわよ! イテッ!?」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよぉ!」
背後からムーナのチョップを受けて、恨みがましそうな視線を向けるフレイ。完全に自分を無視したそのやりとりに、ココロが再び声を荒げようとして――
「やめんかココロ! 申し訳ありません勇者様! どうか、どうか娘の無礼をお許しください!」
「ちょ、お父様!? 何を……痛い!?」
「申し訳ありません! 申し訳ありません! この通り、誠心誠意謝罪させていただきます!」
娘の失態を目の当たりにしたハラガ大臣がすっ飛んできて、ココロの頭を押さえつけて必死に謝罪を繰り返す。そのなりふり構わぬ平身低頭っぷりに、フレイもまた己の中の怒りが急速に萎えていくのを感じた。
「あー、もういいわよ。でもこれっきりにしてね?」
「はい! 私からよーく言って聞かせておきますので! さあ、戻るぞココロ!」
「ああ、お父様! お腹の脂肪と一緒に全てをなくしてしまった可哀想なお父様! 待っていてください。家に帰ったら使用人に脂たっぷりの料理を作らせますので……」
「いらん! この年でそんなもの食べたら胸焼けしてたまらんと言っているだろう!」
「ああ、お父様……」
「…………何なのあれ?」
「ははは……申し訳ありません。我が国にも色々あるのです。一応大半はニック様が解決してくださったのですが……」
「何か、あれよ。頑張ってね?」
「ありがとうございます、勇者様」
キレーナの曖昧な笑みに、フレイもまた微妙な笑顔を返すことしかできなかった。





