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父、名付ける

『何故だ。何故我がこんなことに……』


(仕方ないであろう。いわゆる緊急措置と言う奴だ)


『何故だ。何故こんなことに……』


 股間から聞こえてくる呪詛の呟きに、ニックはこそこそと言い訳を続ける。


 ニックのアレを隠すように生じたそれは、メダリオンが変じたものだった。極めて精緻な細工の施された金色の獅子頭は見るからに高価そうだったが、それが中年男の股間を隠すためだけに生まれたとなればあまりにも微妙である。


「ほらほら、早く来ないと行っちゃいますよ?」


「お、おう! 今行くぞ」


 そんなニック達の前を、ミミルがご機嫌で歩いている。股間の獅子頭を見て更に一悶着はあったが、ならば全裸とどちらが良いかと問われればミミルとしては納得するしかなかった。


 それでも突然目の前で消えたニックに心配したと責めはしたが、結果として母の病を癒やす薬草は手に入り、滋養のある蛇の卵もおまけで入手できたということで、浮かれる足取りのミミルに先導されて一行は獣人の村へと向かっている最中である。


(そう言えば、あの転移陣は放置しても大丈夫なのか?)


『問題無い。あれはそこの娘……獣人と言ったか? それには反応しない。資格を持つのはあくまで貴様のような人間だけであるし、そもそも我が外に出ている間は休眠状態になっているからな』


(そうか。ならば安心だな)


 ニックにとってはどうということの無い試練だったが、ニックはちゃんと自分が強いことを自覚している。ただその強さに無頓着なだけだ。


 だからこそあの試練も普通の人なら大変なのだろうと心配したのだが、どうやら杞憂だったようだ。


『……なあ、それよりも早く我を元に戻してはくれぬか? この扱いはあまりにも、あまりにも……』


(いや、すまぬとは思うが、もうしばらく我慢してくれ)


 非常に申し訳ないとは思っているが、かといってニックも股間丸出しで獣人の村を訪ねるわけにはいかない。


(ミミルの村に着いたなら、なんとか服を用立ててもらえないか交渉はしてみる)


『頼むぞ貴様……本当に頼むぞ……』


 股間の獅子頭が、雄々しい見た目とは裏腹に力なくそう呟く。そのあまりのしょげかえりっぷりに、ニックは村での交渉に全力を尽くそうと密かに気合いを入れた。


「あ、おじちゃん、見えてきました! あそこが――」


「ミミル!?」


 やっと村にたどり着いて嬉しそうな声をあげたミミルに被せるように、やや離れたところから声が響く。声の主はミミルの姿を確認すると、大慌てでミミル達の方へ駆け寄って来た。


「ミミル! 本当にミミルか!? 良く無事で…………な、何者だ!?」


「ん? 儂か? 儂は――」


「そ、それ以上近づくな!」


 問われて答えようとしたニックの言葉を遮り、獣人の男が手にした槍をニックに突きつける。


「ミミル、早くこっちに来い!」


「ち、違うの! この人は――」


「いいから早く!」


 強引に手を引いて、男はミミルを自分の背に隠す。


「待て、まずは話を聞いてもらえんか? 確かに基人族……ノケモノ人はこの辺では珍しいのかも知れんが――」


「そうじゃない! 確かにノケモノ人は珍しいが、それとこれとは全く別だ!」


「ならば何が問題だというのだ?」


「そんな格好してる奴が怪しくないわけないだろうが!」


「……おぉぅ、そう言われると反論はできんな」


 今のニックは、股間に金色の獅子頭をつけただけの格好である。服すら着ていないのに明らかに高価そうな装飾品をひとつだけそんな部分に身につけているなど、全裸より余程怪しい。


「いや、しかしこれには事情がだな……」


「どんな事情があるとそんな格好になると言うんだ!? 盗賊に襲われたのならそれが残っているわけがないし、それを売れば服なんて何百着だって買えるだろう? なら好き好んでそんな格好してる奴なんて変態しかいないじゃないか!」


『へ、変態……我は変態の片棒を担がされているのか……』


「ぐぅぅ……説得できる方法が思いつかぬ……」


 ショックを受けるメダリオンに、困り果てるニック。確かにこんな格好の奴がフレイの側にいたらと考えれば、自分ならとりあえず殴り倒してから考えるであろう。


「だから違うの! ニックおじちゃんは私のためにヴァイパーの巣で戦ってくれたの! でもヴァイパーの返り血を全身に浴びちゃって、服が駄目になっちゃって……」


 と、そこでミミルが必死の形相で獣人の男に説明をしてくれた。流石に古代遺跡云々の話をしても混乱させるだけだろうと、ニックが適当に誤魔化した内容をそのままに伝えられると、男は訝しむような視線を向ける。


「…………そうなのか?」


「そうなんです! ほら!」


「それは……も、申し訳ありません!」


 ミミルに件の薬草を見せられ、男の顔に驚愕が浮かぶ。その後すぐにニックに向き直ると、謝罪と共に深々と頭を下げてきた。


「そんな理由だったなんて……ミミルとシポリンの恩人に何という無礼を! 心からお詫びさせていただきます」


「あー、いや。わかってくれたなら構わん。で、儂は村に入っても構わんのだろうか? 出来れば頼みたいこともあるのだが……」


「勿論です! あ、でも同じような誤解をされても困るので、ちょっと村に行ってみんなに説明してきますから、少しだけ待っていただいても?」


「ああ、構わんぞ。その方がお互いにとって良いだろうからな」


 すっかり態度の変わった男に、ニックは笑顔で頷いて応える。一刻も早く母に薬を飲ませたいであろうミミルも男と一緒に村に戻ったため、しばしニックだけがその場に残された。


『どうやら力で奪う必要は無さそうだな』


「奪う? 服をか? そんな馬鹿なことをするつもりは最初から無いぞ?」


『ならばもし交渉が決裂したらどうするつもりだったのだ?』


「その時は適当に魔物でも狩って、その皮を剥げばよかろう? そうでなければ……葉っぱとかか?」


『葉っぱ! 葉っぱか……貴様ほどの力を持つものが、それを良しとするのか。なるほど。あの場に来るだけのことはあるか……』


「何だ? 王の条件とやらは腰に葉っぱをつけても動じない精神力なのか?」


『違うわ馬鹿者! だがまあ良い。そういうことなら今しばらくはこの状態を耐え忍んでやろう』


「フッ。そうか。感謝するぞ…………うーん?」


『どうした? 何かあったか?』


 突然考え込み始めたニックに、メダリオンが問い返す。


「いや、いつまでもお主と呼ぶのも不便であろう? 何かいい呼び方はないものかと思ってな……というか、お主名前とかは無いのか?」


『名か? 我の名は「王選のメダリオン」であるが……』


「いや、それは何か違うであろう。しかし王選……うむ、ならばお主のことはオーゼンと呼ぼう。どうだ?」


『オーゼン……何のひねりも無いそのままな名前だが……しかし、悪くは無いな』


 まるでニックの思いに応えるように、股間の獅子頭が淡く輝く。


「ならば決まりだ! どれほどの付き合いになるかわからぬが、宜しく頼むぞオーゼンよ!」


『良かろう。至らぬ貴様に王のなんたるかを教授してやる。しっかり学ぶがよい、我が所有者たるニックよ』


 人と魔導具の間に、その時確かに絆が生まれた。神に作られた命と人に作られた魂、立場の違うそれぞれの中にほのかに温かい思いが芽生える。





「おい、あの人本当に大丈夫なのか? 一人でブツブツ言ってると思ったら、何か股間が光ってるぞ?」


「だ、大丈夫だろ……多分」


 村から迎えに来た獣人達が、そんなニックを遠くから見てこっそりと怯えていた事は、二人にとってあずかり知らぬことである。

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