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父、収納する

「ほほぅ、ここがチリツモ山脈か」


 温泉宿を旅立ってから、のんびりと歩くことしばし。秋の気配がゆっくりと近づいてくる中、ニックはお目当てのチリツモ山脈の側へとやってきていた。


『三連の山か。なかなかの規模だが……これの何処に行くのだ?』


「確か一番低い真ん中の山の麓だったはずだ」


 オーゼンの問い掛けに、ニックはほんの少しだけ考えてから答える。チリツモ山脈は三つの山からなる山脈だが、最も高い西側の山と次いで高い東側の山に対し、中央の山だけは明らかに低い。これだけ特徴的ならば場所を間違えることもないだろうとニックがそのまま歩を進めると、やがて明らかに人の手で補強された大きな穴を見つけることができた。


「ふむ、ここで間違いなさそうだな。さて、バン殿は何処に――」


「おーい!」


 キョロキョロと周囲を見回すニックに、背後から声がかかる。ニックがそちらを振り向けば、木々の向こう側から見覚えのある背の低い中年男性が大きく手を振りながらこちらに近づいてくるのが見える。


「ニック君! 来てくれたんだね」


「バン殿!」


 笑顔で手を差し出してくるバンに、ニックもまた満面の笑みを浮かべてガッチリとその手を握って挨拶を交わす。


「久しぶり……という程でもないのかな? その様子なら、聞くまでもなく元気だったようだね」


「ははは、鍛えておるからな。バン殿も元気そうで何よりだ」


「勿論、私だって鍛えてるからね! しかしこんなに早く君が来てくれるとは……これは僥倖だぞ」


「ん? 何かあったのか?」


 問うニックに、バンが微妙に渋い顔をする。


「ああ、遺跡の調査にあたって、ちょっとした問題がね……見てもらうのが一番早いんだけど、疲れてないかい? そうなら休憩してからにするけど」


「いやいや、気を遣わずとも大丈夫だ。この程度の山道など近所を散歩するのと変わらんからな」


「ニック君は相変わらずだな。なら早速遺跡の方に行こうか」


 苦笑するバンに引き連れられ、ニックは洞窟の中へと入っていく。その内部はかなりの頻度で木材による補強が成されており、距離的にも深い。


「随分洞窟が続くのだな?」


「そうなんだよ。おまけにこの辺の地盤はもの凄く脆くて、ちょっとした衝撃でもすぐに崩れてしまうんだ。おかげで遺跡の所まで辿り着くのが大変でね……と、ほら、そこだよ」


 そう言ってバンが足を止めると、魔法の明かりによって照らし出された先には周囲の岩肌とは一線を画す、明らかに人工物の石壁がある。もっともその壁もまた一部が崩れており、穴があったと思われる場所を大きな瓦礫が塞いでいたが。


「少し前まで、そこには穴があったんだ。でも壁が崩落して穴を塞いでしまってね。何とかして瓦礫をどかしたいんだけど、下手に衝撃を与えると天井ごと洞窟が崩れてしまいそうで困っていたんだ」


「なるほど、これは確かに面倒な状況だな」


 眉をひそめるバンの説明に、ニックもまた考え込む。如何に巨大な瓦礫だろうとニックであれば簡単に運べるが、それはあくまでも周囲が開けた場所であればだ。重さではなく広さや脆さが問題の本質となると、ただ腕力に物を言わせるという解決策はとれない。


「とりあえず抱えられる程度の大きさの瓦礫は一人で運び出していたんだけど、残っている大きいものをどうしようか迷っていてね。こんなところで瓦礫を砕くなんて自殺行為はしたくないし、かといって自分の体より大きな岩の塊なんてとても運べない。どうしたものかと考えていたんだけれど……ニック君ならなんとかできるかい?」


「ふーむ、そうだな……」


 バンに言われて、ニックは改めて崩れた壁の穴を観察する。通ってきた洞窟が倍も広ければ何も考えずに瓦礫を運べば終わりだったが、見たところもっとも大きな瓦礫は通路の三分の二程度の大きさがある。普通に持ち上げてしまえば洞窟の天井を削って崩落を招いてしまいそうだし、かといって中腰ですらないしゃがんだ状態で岩を抱えてすり足で進むというのは、流石のニックもあまりやりたいとは思えない。


「このまま運ぶのは面倒そうだな。ならばバン殿には念のため避難してもらってから、ここで砕いてしまうのがいいだろうか?」


「えっ!? ニック君、そんなことしたら君が生き埋めになってしまうんじゃないか?」


「あくまでも念のためだ。周囲に衝撃を逃さずに砕く事はおそらくできるし、仮に生き埋めになったとしても、儂だけならばどうとでもなるからな」


「それは……君ならそうなのかも知れないけど、流石に承服しかねる。追いつめられた状況下なら非情な選択も必要だけど、今はそうじゃないだろう? 歴史学者として、むざむざ仲間を危険に晒すような選択は選びたくないな」


「むぅ……」


 矜持と良心に従ってニックを止めるバンに、ニックは小さく唸り声をあげる。その気持ちを無視してゴリ押すことは可能だが、確かにバンの言う通り、今は困ってはいても追いつめられているわけではない。


「といっても、実際この大きさではどうにも……」


『おい貴様よ。貴様の肩には何が掛かっているのだ?』


 と、そこで不意に腰の鞄からオーゼンがそんな言葉をかけてくる。


(肩? 肩から提げているのは、いつも通り魔法の鞄(ストレージバッグ)……!?)


「そうか!」


「ど、どうしたんだいニック君!?」


 突然声を上げたニックに、バンが驚きの表情を浮かべる。そんなバンにニヤリと笑うと、ニックはそっと巨大な瓦礫にその手を触れた。


「ふふふ、いいことを思いついた、いや思い出したのだ。見ててくれ……収納!」


 別に言葉にする必要はなかったのだが、ニックはあえて声をあげる。すると手を触れていた巨大な瓦礫がフッとその場から掻き消える。


「えっ!? に、ニック君、今のは!?」


「ハッハッハ、儂の持っている魔法の鞄(ストレージバッグ)は、こういう風に物を入れられるのだ。これならば如何なる衝撃を発することもなく全ての瓦礫を片付けることができるぞ? ほれほれ!」


 言いながら、ニックが次々と瓦礫を魔法の鞄(ストレージバッグ)に入れていく。その結果バンを散々悩ませた瓦礫の山は、一分もしないうちに綺麗さっぱりその場から消え去った。


「よし、後は外に出た時にでも瓦礫を出しておけば問題ないな」


「うーむ、魔法の鞄(ストレージバッグ)にこんな使い方があったなんて……これは盲点だったよ。うぅ、是非とも欲しい……」


 満足げに笑うニックの姿……正確にはその肩から提げられた鞄を、バンが心底羨ましそうに見つめる。大量の物資を持ち運べるというだけでも垂涎の的だった魔法の鞄(ストレージバッグ)が、まさか行く手を阻む瓦礫の撤去にまで使えるとなれば、その価値は更に計り知れないほどに高まる。


「くっ、どうにかして手に入らないだろうか? なあニック君、念のため聞くんだけど、魔法の鞄(ストレージバッグ)を手に入れる方法って何かないかい?」


「あー、すまんがちょっと思いつかんな。それこそ前人未踏の遺跡を巡って偶然に見つけるくらいしかなさそうだ」


「だよねぇ」


 現在確認されている魔法の鞄(ストレージバッグ)の総数は一〇〇に満たず、その半数は金級上位や白金級冒険者の所有物であり、残りの半分は幾つかの国によって管理されている。そしてそのどちらにしても、これほど便利な魔法道具をどうにでも稼げる金に換えるようなことはしない。


 なので、現状魔法の鞄(ストレージバッグ)を個人が手に入れるにはそういう相手から譲り受ける、あるいは奪い取るのを除けば、古代遺跡で現物を見つけるしかない。ただしそれが現実的にどれほどの確率であるかは言わずもがなだ。


「ハァ、無い物ねだりをしても仕方がない。瓦礫の問題が片づいたってことで、とりあえず一旦外に出ようか。少し離れた川の側に天幕を張っているんだ。この遺跡のことをそこで説明するよ」


「わかった」


 小さくため息をついてから歩き出すバンに、ニックは背後から着いていく。バンの視線が切れていることを確認し、ニックは素晴らしい助言をしてくれた相棒に感謝の意を示そうとして……


魔法の鞄(ストレージバッグ)か……今ならばひょっとして、作れるかも知れんな』


 そこから聞こえたその言葉に、思わずビクンと体を振るわせた。

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