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蛙男、教える

「お見事お見事! で、俺の作ったソウル・カリトールの使い心地はどうだね?」


「そうですねぇ……」


 目を輝かせて自作武器の感想を問う青年に、少女は顎に人差し指を添えて可愛らしく小首を傾げる。


「控えめに言って最低ですわ」


「すわっ!? な、何故に!?」


「何故って、考えなくてもわかるでしょう? 鎌なんて武器に向いているわけがありませんわ。長物なのに相手を間合いの内に入れたうえで自分の体の方に引き寄せなければ切れないなんて欠陥以前の問題ですし、単に殴るだけなら鉄の棒の方がよほど取り回しがいいですもの。


 こんなものを本気で使おうと考えるのは、よほどの趣味人か馬鹿か、あるいはそれだけのデメリットを補って有り余るほどの特殊な能力が鎌に付与されているかのどれかでしょうね」


「辛辣ぅ! でも、それを使いこなすのが浪漫ってやつだぜ!」


「ハァ、まったくお父様は……」


「ど、どういうことだ? 魔導鎧を身につけた我が精鋭部隊が、こんなに簡単に……!?」


 楽しそうに会話をする二人組とは裏腹に、部下達の惨状を目の当たりにした隊長の男は真っ青になった唇を震わせる。


 最近騒ぎになっている黒騎士とやらが相手であれば、まだわかる。相手はおそらく魔王軍の最精鋭であり、戦う者だからだ。


 だが、目の前の二人組は違う。一人は何もしていなかったとはいえ、もう一人は年端もいかぬ少女の細腕でとんでもない重量であろう武器を軽々と振り回し、自身の率いる部隊を簡単に壊滅させてしまった。


 あり得ない。信じられない。だが目の前の現実が変わることはなく、ただ「何故?」という疑問だけが湧き出し続け……そしてそれが解消される機会は、もう永遠に訪れない。


「いくら何でも油断しすぎだぜ!」


「ぐっ!? がっ……」


 完全に存在を忘れられていたゲコックが、魔導鎧の隙間から隊長の男を刺し貫く。自身もまた身につけていただけに、その構造は熟知しているのだ。


「ばか、な……こんな……ところで…………」


「うおっ!?」


 驚愕に目を見開いたまま、隊長の男が血を吐いて倒れ伏す。その下敷きになるのをかろうじて回避すると、ゲコックは手にしていた剣を近くに投げ出し、改めて二人組の方に顔を向けた。


「悪いな、最後の獲物はやらせてもらった」


「ん? ああ、いいよ別に。俺達は剣を向けられたからやり返しただけだしな。てかお前大丈夫か? スゲー血が出てるけど」


「あー、大丈夫かどうかって言われたら、かなり微妙だな……」


 気安い感じで話しかけてくる青年に、ゲコックはやや意識を朦朧とさせながら答える。既にかなりの血が流れており、放っておけば一〇分もしないうちに周囲に転がる死体の仲間入りをすることになるのは明白だ。


「なあアンタ、助けてくれって言ったら……助けてくれるか?」


 故にこそ、ゲコックは何の他意も無くそう問うた。どうせ死ぬのならばここで彼らから不興を買ったところで大した違いなはい。あるいはアームがやってくれば違うのかも知れないが、腐れ縁の男は未だに影も形も見えてこない。


「ああ、いいぞ。おーいピース! コイツ治せる?」


 そんなゲコックに対して、青年は極めて軽い調子で頷き、少女を手招きする。それに応じてやってきた少女はゲコックの状態を一瞥すると、すぐに聖女のような笑みを浮かべて頷いた。


「ええ、今ならまだ治せますわ。この腕もまだ斬られたばかりですわよね?」


「あ、ああ。その辺に転がってると思うが……」


「じゃあお父様はその腕を拾って、水で断面の汚れを洗ってからピッタリと押しつけてください」


「了解……っと、こんな感じ?」


「ぐぅ!?」


『あ、兄貴!? 大丈夫ですかい!?』


 斬られた腕を押しつけられた激痛にゲコックが呻くと、それを心配したコシギンが触手をうねらせ声をあげる。それはゲコックにとっては当たり前のことだが、コシギンの事を知らない二人はそのあまりに奇妙な生き物に思わず声をあげてしまう。


「キャッ!?」


「うおっ!? 何だ!?」


「あ、ああ、悪い。こいつはコシギンって言って、俺の相棒なんだ」


『俺と兄貴は一心同体だぜぇ!』


「えぇぇ、これ喋るのか!? うわ、今すぐ研究したい……」


「ビックリしましたわ……っと、お父様? 悪い癖は後にして、今はしっかり腕を押しつけていてくださいね。では……癒やすもの、治すもの、正し 整え 在るべきに戻れ!『リザレクト』!」


 ピースと呼ばれた少女が呪文を詠唱すると、その手から放たれた淡い金色の光がゲコックを包み、その傷をみるみる癒やしていく。そうしてほんの一〇秒後には、もはやゲコックが傷を負った証は体に付着した血液のみとなった。


「はい、これで大丈夫ですよ。あ、でも腕はくっついたばかりですから、二、三日は安静にしてくださいね?」


「うぉぉ、凄ぇ! 全然痛くないし、普通に動く!」


『流石兄貴だぜぇ!』


「いや、だから安静に……まあいいですけど」


 治った腕を振り回してはしゃぐゲコックに、少女ピースが呆れた顔で呟く。そんな少女がグッと親指を立てる青年の側に戻っていくと、はしゃいでいたゲコックが我に返りすぐに二人の前で深々と頭を下げた。


「すまん、はしゃぎすぎた! 最初に礼を言うべきだよな。ありがとう! アンタ達のおかげで命を拾ったぜ」


『兄貴を助けてくれてありがとうだぜぇ!』


「はは、いいって。本気で通りすがっただけっていうか、ぶっちゃけあの兵士がこっちに剣を向けなかったら、お前を見捨ててそのまま素通りしてたかも知れないし」


「ですね。状況もわからないのにどちらかに肩入れするのはよくありませんから」


「それでもアンタ達が俺の命の恩人なことには違いないさ。何か礼をしたいんだが、俺にできそうなことはあるか?」


「そうだな……あ、じゃあ魔王城の場所ってわかる? 久しぶりにここに来たら地形とか完璧に変わっちゃってて、何処が何処だかわかんないんだよね」


「魔王城? 大体の場所なら説明できるけど、でもそんなところに行ってどうするんだ? 基人族のアンタ達じゃ、結界に阻まれて中には入れないぞ?」


「ああ、それはこっちでどうにかするから」


「そうか? ならいいけど。じゃあ、魔王城の場所だけど……」


 笑いながらヒラヒラと手を振って見せる青年に、ゲコックは魔王城の場所を教えていく。人間達が知らないだけで魔王城の場所は特に秘密ということもないため、気軽に吹聴したりすれば怒られる可能性はあっても、命の恩人に教えて困るようなことは少なくともゲコックの感覚では無かった。


「あー、そっちか! んだよ、えらい遠回りしちゃったな……つーか移動手段が無いのが悪いんだよ! 何だよ基本は馬車って! 飛べよ空! ガッバガバに空いてるんだから、飛行船とか飛ばせよ! どんだけ文明衰退してんだゴルァ!」


「ぶ、文明が衰退……?」


「ああ、お父様のことはお気になさらないでください。いつもの発作ですから」


「そ、そうなのか……?」


「そうなのです。ほら、お父様。場所がわかったのですから、さっさと行きましょう?」


「フーッ、そうだな。じゃ、ありがとな!」


 興奮を落ち着けた青年が軽く手を上げ挨拶をして、二人組がその場を去って行く。結局きちんと名すら聞かなかった二人の姿が見えなくなるまでその場で佇んでいると、更に一〇分ほど経過したところでようやく黒騎士の姿となったアームがやってきた。


「悪いゲコック! ボルボーン様から急に呼び出しが……って、何だこれ!?」


 駆けつけたアームの眼前に広がるのは、惨殺された人間の兵士達の死体の山。よく見ればゲコックの体にも血が付着していたが、怪我をしている様子がないことからアームはそれを返り血だろうと判断して、驚愕の表情でゲコックを見る。


「嘘だろ!? ゲコック、お前一人でこれをやったのか!?」


「あー、いや、それには色々と事情があってだな……」


『腰抜けアームがいつまで経っても来ねぇから、兄貴が全部片付けちまったんだぜぇ!』


「ちょっ、ギン!?」


「自分は魔導鎧なしで、魔導鎧を着た兵士六人を圧倒って……ゲコック、お前この短期間でどれだけ強くなったんだ?」


「いや、違うから! ギンお前、適当な事を言うなよ!」


『へっへっへ。兄貴がどれだけ凄いかは、俺が一番わかってるんだぜぇ!』


「ゲコック……?」


「だーかーらー!」


 むやみやたらと持ち上げてくるコシギンと、殺気の籠もった鋭い視線を向けてくるアームに、ゲコックは必死に言い訳をする。かくて名も無き者達の戦いは終わり……名乗らなかった者達が、今より歴史を動かしていく。


 回り続ける歯車はギシギシと嫌な音を立てるも、その回転が止まることは……もう、無い。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり鎌はロマン武器だよねぇ… この人一通りのロマン武器作ってそう
[良い点] ピースと父親!?もしかして初代様!? これは予想外… [一言] 鎌はロマン武器ですよねー 刃物として使うなら、槍のほうが圧倒的に使いやすいわけですし
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