謎の少女、無双する
「ハァ、広すぎるだろ魔族領域。植生とか完全に変わってるから現在位置が全然わかんねーよ! せめて地図でもあればなぁ」
「人類がこちらに入れるようになったのはつい最近とのことですし、仕方ありませんわ。魔王軍の幹部くらいまでいけば地図を持っている可能性もありますが……」
「まあ、幹部なんてその辺でフラフラはしてねーよなぁ」
森から姿を現したのは、明らかに場違いな基人族の二人組。二〇代中盤くらいと思われる男の方はひょろっとした痩せ型でとても戦えるようには見えないし、その隣を歩く少女に至っては言わずもがなだ。
「……っ!? お、おい貴様等!」
そんな訳のわからない存在に呆気にとられていた隊長の男が、我に返ると同時に慌ててそう声をかける。血塗れの剣を手にしている兵士の呼びかけに、しかし青年は特に慌てる様子も無く気怠そうに反応する。
「ん? 何だ? 俺に何か用か?」
「何か用かではない! 貴様等は一体何者だ!? どうしてこんなところにいる!?」
「何者かと言われたら、通りすがりの浪漫の使徒ですが?」
「通りすがりの幼妻ですわ!」
「いや、妻ってお前。どさくさに紛れて適当なこと言うなよ!?」
「あら、違うんですか? というか、お父様の浪漫の使徒というのも大概だと思いますけど」
「えー、そう? じゃあ他に何て言えばいいんだろ? 浪漫技術の開発者とか?」
「根本があまり変わっていないような気がしますが……」
「う、うるさい! 黙れ! 適当なことを言うんじゃない!」
自分を無視して適当なことを言い出した二人組を、隊長の男は大声で怒鳴りつける。そんな隊長の男に対し、青年が露骨に嫌そうな顔をする。
「黙れって……そっちから聞いておいて、それは酷くね?」
「ふざけるな! そんな適当な嘘で誰が誤魔化されると思うのだ!? さっさと本当の事を言え! それとも貴様はそれほど年の近い娘がいて、かつその娘と結婚するような幼女趣味の変態だとでも言うつもりか!?」
青年が黒目黒髪なのに対し少女は髪も目も金色であり、年齢差も含めて親子に見える要素はこれっぽっちもない。ならば夫婦はどうかと言えば、流石に一二歳の少女を妻とするのはまともな思考の持ち主ではあり得ない。そんなまっとうな指摘に、青年が己の胸を押さえてフラリとよろけてみせる。
「グハッ!? 今俺の繊細なハートが一撃で粉々に粉砕されたんだけど!?」
「別にいいじゃないですか。お父様が幼女趣味なのは本当なのですし」
「違ぇよ!? これっぽっちもそんなことねぇよ!? そういう誤解を生む発言は本気で辞めて!?」
「あら、私の体を弄んでこんな風にしてしまった人が、そんなことを言うのですか? ああ、何て酷い……体中の隅々までいじり回されてしまいましたのに」
「いや、それはそうだけど、そこはほら、浪漫があったって言うか……」
隊長の男を無視して、二人がまたもくだらない言い合いを始める。その様子を前に、隊長の男は顔をしかめて大きくため息をついた。
「……もういい。おいお前達、その二人を拘束しろ。抵抗するなら腕や足なら落としても構わん。ただし情報は欲しいから殺すなよ?」
「ハッ! おいお前達、大人しくしろ!」
うんざりした顔の隊長の命を受け、ゲコックを囲んでいた兵士の一人が二人組に近づいていく。だがその手が青年の肩を掴もうとした瞬間、その隣に立つ少女が兵士の手首をガッチリと掴む。
「貴方、何をなさるつもりですか? お父様に無礼は許しませんよ?」
「なっ!? は、離せ!?」
「おい、何を遊んでいる? そこまで丁寧に扱う必要は無いんだ。さっさと振り払え!」
「いや、それが全然離れなくて……ぎゃあ!?」
必死に少女の手を離そうとするも、兵士がどれだけ力を込めてもその細い指が離れない。それどころか徐々に手首を掴む力が強くなっていき、遂にはグキリと嫌な音がして激痛が走る。
「こ……のっ! 糞ガキがっ!」
「あら酷い! 私のような淑女を足蹴にするなんて!」
痛みに耐えかねた兵士が、思いきり少女に蹴りを放つ。その足は狙い違わず少女の腹に命中したが、少女は平然とそれを受け止めて穏やか笑ってすらみせる。
「何だコイツ!? 見た目通りの相手じゃないぞ!」
「全員警戒しろ! 少なくともこのガキは人間じゃない!」
「あらあらまあまあ、乱暴な殿方達ですこと。お父様、どうすれば?」
あからさまな殺気を向けてくる兵士達に、少女は余裕の態度を崩さないまま隣に立つ青年に問い掛け、青年は少しだけ考えるような素振りを見せる。
「うーん。別に恨みがあるわけじゃないからどうでもいいっちゃいいんだけど、このまま放置しても面倒な事になるだろうしなぁ……いいや、やっちゃって」
「畏まりました、お父様」
全く悪びれた様子の無い青年の言葉に、少女が一歩前に出た。既にそれを脅威だと認識していた兵士達は身を固くして剣を構えると、不意に動いた少女の手が中空に生まれた亀裂としか言いようのないものに差し込まれる。
「えーっと……あった、これですね」
そこからずるりと取り出されたのは、少女の身長ほどもある巨大な鎌。どう見ても少女自身よりも重そうなそれを少女の細腕がブンブンと振り回して肩慣らしをすませると、呆気にとられる兵士達の前でニッコリと笑顔を見せる。
「では、お相手いたしますね。よっと」
「…………は?」
五メートルほど離れた場所にいたはずの少女が、瞬きする間に目の前に立っている。まっすぐに伸ばされた手には件の鎌が持たれており、その刃は既に一人の兵士の背後に回っている。
「えいっ!」
「な…………に…………!?」
可愛いかけ声と共に少女が腕を引けば、堅牢無比な魔導鎧があっさりと断ち切られ、腰の部分で兵士の体が真っ二つに分かたれる。ドサリと地面に落ちた兵士の上半身が噴水のように血を噴き出す自らの下半身を驚愕の表情で見つめたが、すぐにその意識は無明の闇へと沈んでいく。
「……っ!? こ、殺せ!」
「遅いですわ」
「グハッ!?」
すぐに意識を戦闘状態へと切り替えた残りの兵士達だったが、それでも少女には敵わない。数百キロはあろうかという金属製の鎌で殴られればその体が途轍もない勢いで近くに木に叩きつけられ、そのまま刃のついていない頭の部分で殴られ、兵士の頭がグチャリと潰れる。
「このっ!」
「やあっ!」
次いで背後から斬りかかって来た兵士に対し、少女は振り返りすらせず鎌を振り上げる。丸く反り返った刃が予想外に頭上から降ってきたことで兵士は慌てて身を翻したが、崩れた体勢が戻るよりも少女が振り返る方が早い。
「とぉ!」
「ガフッ!」
素早く柄を短く握り直し、少女の体が踊るようにクルリと回る。それに合わせて刃が閃き、兵士の両足が胴体から切り離された。
「おっと、失敗しちゃいました。すぐトドメを刺しますね」
「やめっ!?」
聖母のような優しい笑みと共に、少女の振り下ろした鎌が地面に落ちた兵士の脳天に突き刺さる。兵士の目がぐるんと白目になったのを確認して脳漿のついた鎌を引き抜けば、背後から震えた叫び声が聞こえた。
「う、動くな!」
「……あら」
見れば、そこには少女がお父様と呼ぶ青年の首筋に剣を突きつけた兵士達の姿がある。完全に怯えきった瞳は既に半ば以上正気を失っており、噛み合わない歯の根がガチガチと音を立てている。
「い、今すぐ武器を捨てて投降しろ! でなければこの男を殺す!」
「うわぁ、貴方達一応軍人なのでしょう? 私のようないたいけな少女を前に人質を取るって……」
「だ、黙れ! この化け物が! ほら、早くしろ!」
青年を拘束する兵士を背に、もう一人の兵士が切っ先をガクガク震わせながら少女の方へと歩み寄ってくる。だが少女にも、そして捕らえられている青年にも恐怖の色は微塵も無い。
「まったく、何をやってるんですかお父様? そんな相手さっさと振り払えば宜しいのに」
「ばっかお前、ここで俺が出しゃばっちゃったら駄目だろ? 小さい体と細い腕で馬鹿でかい武器を振り回して無双するってのが浪漫なんだよ! わかんねーかなぁ?」
「わかるわけありませんわ。ってまさか、私の体を小さくしたのは、ひょっとしてそのため!?」
「ふひゅー。ひゅーひゅひゅー」
真実に辿り着いてしまった少女が驚き問い詰めると、青年は口笛を吹いて……実際には音が鳴らずに息が漏れていただけだが……誤魔化す。
「ハァァァァ、ほんっとうにお父様は……まあいいですわ。ならもうさっさと片付けちゃいましょう」
「いい加減に――?」
小さくため息をついた少女が、これまでとは比較にならない速さで鎌を振り回す。その動きは兵士達の目では捕らえることができず……残っていた二人の兵士は、何が起きたかわからないままにその頭が体から離れた。
「はい、これでおしまいです」
「おおー! ぱちぱちぱちー!」
鎌を片手に持ったままスカートの端を摘まんでカーテシーをする少女に、自分を拘束していた首なし兵士の体を突き飛ばして片付けつつ、青年は楽しそうに拍手を送るのだった。