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蛙男、立ち塞がる

「な、なあ、これ本当に大丈夫なのかな……?」


「大丈夫大丈夫! いけるって!」


 蛙人族(フロギスト)の里のほど近く、森の中にある、里に唯一通じている道の側にてゲコックとアームはその身を隠して待ち伏せをしていた。なんとなく乗せられて黒騎士の鎧を脱いでみたものの、未だに不安そうに同じ事を繰り返して言うアームに対し、ゲコックが特に何の根拠も無い楽観的な主張を投げ返す。


 なお、通常ならそんな口車に乗るはずもないアームが乗せられているのは、偏にアーム自身にも「故郷を守りたい」という欲求があるからに他ならない。


「それより、本当にここで待ってていいのか? 気づいたらとっくに里に行ってましたとか、洒落じゃすまねーぞ?」


「それは大丈夫。ボルボーン様からある程度の情報はもらってるからね。まあその中に勇者がいるって情報はなかったから、こうして困ってるわけだけど」


「あの骨野郎だって何もかも完璧ってことはないんだろ。お前がそう言うならしばらくここで待ってみるか」


 そう言って会話を終えると、二人は静かに森の中で身を潜め続ける。すると程なくして、奥の方からこちらに近づいてくる集団を見つけることができた。


「本当にこっちなんですか、隊長?」


「情報によれば、そのはずだ。この奥に魔族の集落があるらしい」


「大分森を歩きましたけど、こんな所に住んでいて不便じゃないんですかね? さっきの町からはかなり離れてますよ?」


「それは俺にはわからん。所詮は魔族、未開の地に住む蛮族ならば、文明など必要としていないのではないか?」


「なるほど……流石隊長、見事な考察です」


(どうやらアイツ等みたいだな)


(うん。数は六人……やっぱり勇者はいないみたいだ)


 話ながら歩く魔導鎧を着込んだ兵士達の姿に、ゲコックとアームは静かに言葉を交わす。全員が男、しかも魔導鎧を着ているとなれば、ここに勇者が含まれていないのは明白だ。


(これなら俺が黒騎士になれば簡単に片が付きそうだ……やれやれ、ゲコックのガセ情報に踊らされちゃったな)


(何だよ、俺が悪いってのか!?)


(ははは、冗談だよ。じゃ、俺は鎧を着てくるから、ゲコックは……ここで見ててもいいし、何処かに行ってもいいよ。それともいっそ里帰りでもしてくるかい?)


(んなことするか! さっさと行きやがれ!)


 悪態をつくゲコックに苦笑いで答え、アームがその場をこっそりと去って行く。それを見送ったゲコックは、さてどうしたものかとその場で考え始めた。


(確かにアームがあの鎧を着てくるなら、それでもう決着だな。とはいえここで帰るのもなぁ……一応最後まで見届けるか)


 当然ながら、飛びだしてしまった里に戻るなどという選択肢はゲコックにはない。が、わかりきっているとはいえこのまま結末を見届けずに他に言ってしまうのはどうにもスッキリしない。となればもうしばらくここで様子を見ているのもいいかと、ゲコックはそのまま息を潜めて兵士達の会話に耳を傾ける。


「それで隊長、魔族に対する対応はどうしますか?」


「そんなもの、いつも通りだ。こちらに隷属するなら命だけは助けるが、そうでないなら皆殺しだ。我らに従わぬ魔族など百害あって一利無しだからな」


(おいおい、こいつら『殲滅派』か? 最悪の外れクジじゃねーか)


 勇者の求めに各国の王が応じたことで、魔族に対する問答無用の先制攻撃は一応禁止されている。が、出会った魔族に具体的にどんな対応をするかは現場の部隊に一任されており、率いている者の考え方によって大きな差違がある。


 一番緩いのは勇者フレイを筆頭とした「魔族を対等の相手として認め、交渉を求める」者達、所謂『穏健派』の部隊だ。彼らが出向いてきたのであれば、魔族側が徹底抗戦を望まない限りは大抵の場合話し合いの末に穏便な決着を見ることになる。


 対してもっとも厳しいのが、今ゲコックの目の前にいる『殲滅派』だ。建前として降伏を勧告こそするが、その実は「隷属するか死か選べ」という傲慢極まりない態度で選択を迫るものであり、完全な非戦闘種族以外がその提案を受け入れることはない。彼らにとって魔族は和平を求める交渉相手ではなく、泣いて慈悲にすがるべき奴隷以下の存在なのだ。


(冗談じゃねーぞ。こいつらが里に着いちまったら、本気で皆殺しにされちまう!)


 蛙人族(フロギスト)はどちらかと言えば弱い種族ではあるが、強者に従うことを生存戦略とする非戦闘種族ではない。『穏健派』であればごく普通に話をして円満に和解できるだろうが、『殲滅派』の提案を無条件で飲むのはあり得ない。


 これがせめて「自分達の力を示した上で隷属を求める」ならまだ救いがあるが、『殲滅派』は魔族を懐柔、隷属させることより殺すことの方を目的としている。つまり最初に降伏しない限り皆殺しであり、里に着く前にどうにかしなければ取り返しの付かない被害が出るのが確定ということだ。


(くそっ、早く来いよアーム!)


 全身を覆い隠す魔導鎧の着脱には相当な手間がかかる。ましてやそれを自分一人でやらなければならないとなれば尚更だ。自分も散々経験しているからこそわかってはいるが、それでもなかなか戻ってこないアームにゲコックは苛立ちを募らせる。


 そしてそんなゲコックを更に焦らせるように、人間達の会話は続いていく。


「隊長、少し急ぎませんか? 最近元勇者(・・・)が魔族領域のあちこちに出没しているという話を聞きます。一体どうやって移動しているのかわからないほど離れた場所にも不意に現れるとか……この辺でも数日前にその姿が確認されているみたいですし」


「アレか……確かにアレに見つかっては我らの活動が邪魔されてしまうからな。陛下の慈悲を理解せず即座に平服しないような魔族など全滅させるのが一番だというのに、くだらない口を挟まれるのは面白くない。


 よし、ならば全員魔導鎧を継続戦闘状態にせよ。魔族の巣……いや、集落まで一気に駆け抜ける!」


「「「ハッ!」」」


(ちょっ、ふざけんな!?)


 兵士達の身につけた魔導鎧が淡い青の光を宿すの見て、ゲコックは思わず腰を浮かす。普通に歩けばまだ里まで二、三時間はかかるはずだが、魔導鎧で駆け抜けられては一〇分もかからず到着してしまう。


「おい、お前達!」


 考えるより早く、ゲコックは茂みを飛びだし兵士達の前に立ち塞がっていた。突然現れた魔族に対し、兵士達は怪訝な表情を浮かべる。


「魔族? 何だお前は?」


「俺は……この先にある里の者だ。お前達、一体ここに何をしに来た?」


 一瞬里のことを誤魔化そうかと思ったが、そもそも相手がそこを目指して行軍していたのだから嘘をついても意味がない。そう思って名乗ったゲコックに、隊長と呼ばれた兵士が一歩前に出て答える。


「この先、か。ならば話は早い。おい貴様、今すぐ集落に引き返して、そこの責任者に話をしてこい。我らに隷属するか死ぬか選べ、とな」


「ま、待ってくれ。俺達は交渉に応じる用意が――」


 平坦な声で言う敵隊長に、ゲコックは咄嗟にそう告げる。だがそんなゲコックに対し、隊長は眉一つ動かすことなくその言葉を続ける。


「聞こえなかったか? 隷属か死か選べと言ったのだ。話し合うことなどない。地べたに這いつくばって許しを請うか、物言わぬ死体となって地べたに這いつくばるか、好きな方を選べ」


「……以前に知り合いの村に勇者が来た時は、そんな感じじゃなかったって話しなんだが?」


「勇者? フンッ、知らんな。あの小娘がどうしようと、我らには関係ない」


「……チッ、やっぱり駄目か」


 駄目元で勇者の名を出してみるも、反応は悪い。こうなればもはやゲコックにできることはただ一つ。


「……ほぅ? 抵抗するのか? やはり地虫に慈悲などかけても無駄ということか」


 アームから借りた剣を構えるゲコックに、隊長の男が見下した視線を投げつける。誰も知らない森の中で、名も無き者達の戦いの火蓋が、今静かに切って落とされた。

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