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蛙男、そそのかす

「げぇっ! アーム!?」


 突如として現れたアームに、ゲコックは驚きと共に一歩後ずさる。反射的に手が腰に伸びるが、そこには何も佩いていない。


(チッ、剣が……っ)


 魔導鎧と共に身につけていた武装は、当然ながら一緒に置いてきてしまっている。ならば新たな剣を買えばいいという話になるのだが、この近隣に住んでいる魔族は腕力自慢が多いのか重くて大きい武器ばかりで、ゲコックが使いやすいような一般的な大きさの剣が売っていなかったのだ。


「おいおい、いきなりそれは酷くないか?」


 そんなゲコックの焦りを無視して、アームが呆れた声をあげながらゲコックの方に歩み寄ってくる。そうしてあと五歩ほどの距離までくると、そこで一旦足を止めてから徐に腰の剣を引き抜いた。


「ちょっ!? ま、待てって! 約束はわかってるけど、今は流石に――」


「ほら、使えよ。いくら何でも武器一つ持ってないのは不用心すぎるだろ」


 手にした剣をクルリと回転させ、柄の方をゲコックに向けてアームが差し出す。それをパチパチと瞬きして見つめてから、ゲコックは恐る恐るアームの顔をうかがう。


「い、いいのか? この前の約束は……」


「ハァ。俺だってこんなに早く再会するとは思わなかったし、今ここで丸腰のお前を斬っても何も変わらないだろ? いいから使え」


「お、おぅ。悪いな……」


 あからさまに肩を竦めてみせるアームに、ゲコックは何ともばつの悪い表情を浮かべて剣を手に取る。ここで意地を張っても何の意味も無いことはゲコックにもわかっているが、それはそれとして恥ずかしいという想いは止められない。


「それで? こんなところでお前は何をしてるんだ? 見たところ魔導鎧も着けてないみたいだけど」


「あー……まあ、な。俺も色々あったって言うか……」


「フッ。大方お前の正体を知られたせいで、人間の軍に戻れなくなったんだろう? だからあの時魔王軍に戻らないかって言ったのに」


「う、うるせぇ! 俺には俺のやり方があるんだよ!」


「そのやり方が、丸腰でこんなところを歩いていることなのか? それでお前の夢が叶うとはとても思えないけど?」


「ぐぅぅ……い、今は雌伏の時なんだよ……」


 相変わらずのアームの正論に、ゲコックはこれ以上無いほどに渋い顔で言う。


「俺の事はもういいだろ! それよりアームこそこんなところで何してるんだ?」


「誤魔化したな……俺はいつも通り、人間の軍を迎撃しに向かってるところだ」


「人間軍? ってことは、こっちに勇者が向かったってのはやっぱり本当だったんだな」


「……勇者?」


 何気ないゲコックの言葉に、しかしアームはビクリとその身を震わせる。そのままゲコックの方に歩み寄ると、肩に手を置き真剣な声で問いただす。


「おいゲコック、こっちに勇者が来ているというのは本当なのか?」


「いや、俺も酒場で話を聞いただけだから絶対とは言わねーけど、それがどうかしたのか?」


「いや……俺はボルボーン様から勇者との交戦は止められているからな。もし本当に勇者がいるのなら、このまま引き返すしかないんだが……」


「……おいアーム、そりゃこの先に何があるかわかってて言ってるのか?」


 躊躇いがちなアームの言葉に、しかし今度はゲコックが詰め寄る。


「この先に……俺達の里に勇者が向かってる。それをわかっててお前は『引き返す』なんて言ってるのか!?」


「……それが俺がボルボーン様から受けている命令だからな」


「アーム!」


 声を荒げたゲコックの手が、アームの肩をガッシリと掴む。黒い鎧に阻まれてその手が直接アームに触れることはないが、そんなことは関係ない。


「勇者が! 人間の軍が俺達の里に向かってるんだぞ!? なのにお前はそれを見捨てて逃げるって言うのか!?」


「人聞きの悪いことを言うな! 俺は魔王軍の兵士で、ボルボーン様の部下だ。部下が上司の命令を聞くのは当然だろ」


「なら、お前はあの骨野郎が死ねって言ったら死ぬのか!?」


「ああ、死ぬさ!」


 売り言葉に買い言葉。ゲコックの叫びをアームの叫びが塗り込める。そのままゲコックの体を突き飛ばすと、アームは軽く顔を背けてから寂しげに言葉を続ける。


「俺の背負った責任は、俺一人のものじゃない。俺が命令に逆らえば、俺だけじゃなく里のみんなの立場が悪くなる。大人になるっていうのはそういう理不尽を飲み込めるようになるってことだ。この前もそう言っただろう?」


「知るかよそんなの! ならいい、俺は俺の好きにさせてもらう!」


 そう言い捨てると、ゲコックはアームに背を向け歩き出す。だがそんなゲコックの背に、アームは震える拳を握りしめて怒鳴りつける。


「ふざけるな! 何なんだよお前は!? いっつもいっつも自分の好きにして! 里を捨ててフラフラ出て行ったかと思ったら、今度は里を救いたい!? 調子がいいにも程があるだろ! お前のそのいい加減な行動こそが俺達をここまで追い込んだってことに、どうして気づかないんだよ!?」


「…………っ」


 今まで数えるほどしか見たことの無い、アームの本気の激情。それをぶつけられたゲコックは足を止め、アームの方を振り返る。


「……ああ、そうだな。俺はずっと好きにしてきたし、これからもずっと好きにする。俺は誰のいいなりにもならない。俺の行動を縛れるのは俺だけだ」


「そんなお前の我が儘と引き換えにみんなが苦しめられてるんだぞ!? なのにお前の尻拭いをして里を見捨てる選択を迫られている俺を、お前は卑怯者と責めるのか!?」


「それは……って、待て。アームお前、ひょっとして本心では里のみんなを助けたいのか?」


「当たり前だろう!」


 ゲコックの問いに、アームは抑えていた本心を吐露する。皆のために己を殺して生きる……そんな『大人』であることを選んだアームが、守るべき『皆』を捨てたいはずがない。


「守りたいさ! 俺だって! でもここで命令違反をしたりしたら、結局は同じ事じゃないか! なら勇者や人間の軍が何もしないことを願ってこの場を去るのが一番皆が助かる可能性が高いんだよ!


 何もしないで見守る(・・・)ことが最良! なのにどうしてお前は見捨てる(・・・・)と言って俺を責めるんだ!?」


「アーム、お前…………」


 心の底から絞り出すようなアームの叫びに、ゲコックは言葉を失う。いつの間にかつまらない大人になってしまったと思っていた友は、本当は大人であることを強いられただけの男だった。その本当の想いに気づいて、ゲコックは己の不明を心から恥じる。


『なあ兄貴、ちょっといいかい?』


 と、そこでずっと黙って二人の会話を聞いていたコシギンが触手を振るわせ話しかけてくる。


「ん? 何だギン?」


『ずっと思ってたんだけどよぉ、黒騎士が戦ったら駄目って言うなら、その黒い鎧を脱いじまえばアームの野郎も戦えるんじゃないか?』


「……は?」


 あまりに予想外のその言葉に、ゲコックは思わず間抜けな声をあげてしまう。それはアームも同じだったが、すぐに顔の前でパタパタと手を振ってその考えを否定する。


「いやいやいや、それは無茶だよコシギン。そんな詭弁がボルボーン様に通じるわけないじゃないか!」


『そうなのかい? でも黒騎士が戦ったかどうかってのは、あくまでその鎧を着て戦った結果が話に伝わるだけなんだろ? なら格好だけ変えたら意外と誤魔化せそうな気がするんだけどなぁ。なあ兄貴、どう思う?』


「あー……なんかいけそうな気がするな」


「ゲコック!? そんなわけないだろ!?」


「いや、だって実際報告にあがる『黒騎士の活躍』ってのはそういうもんだろ? それともその鎧を着てると、ボルボーンがずっと監視してるとかなのか?」


「流石にそんなことは無いと思うけど……」


 ボルボーンの能力ならばその程度の事はできそうだが、かといって自分程度の存在にボルボーンが常に意識を向けているとはアームも思わない。であれば自分が交戦の報告をあげず、また何処からも目撃情報などが流れないのであれば、確かに誤魔化せる可能性はありそうな気がする。


「い、いやいやいやいや……」


「おいおい、素直になろうぜアーム? 故郷のこと、心配なんだろ?」


「そりゃそうだけど、でも……」


「いけるいける! 大丈夫だって! な、ギンもオクチもそう思うだろ?」


『兄貴がそう言うなら完璧だぜぇ!』


『……………………』


「ええっ、オクチまで!?」


 ゲコックには聞こえなかったが、鎧の下でオクチがその触手をうねらせ何事かを告げたらしい。その後もニヤニヤ笑うゲコックに執拗にそそのかされ、遂にアームはその鎧を脱ぎ捨てることを決意するのだった。

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