娘、たどり着く
「おぉぉ、ここがコモーノ城なのね」
「それ、この前も似たような事言ってなかったぁ?」
アリキタリで挨拶と顔つなぎを終え、フレイ達は「始まりの町」サイッショにやってきていた。城へと続く門を前に感想を呟いたフレイに、ムーナが面倒くさそうな顔をして言う。
「いいのよ。こういうのは様式美って奴だから。ほら、それより入りましょ。すいませーん! アタシこういう者なんですけどー!」
気軽な感じで門番に声をかけるフレイ。最初はあからさまな不審者を見る目だった門番も、勇者の証を見せられれば飛ぶような勢いで城の方へと走っていく。そうしてしばらく待つと、門の中から一人の男がやってきた。
「おお、貴方が勇者殿か! いやいや確かに、こうして見るとお父上の面影がありますな!」
「えっと、貴方は? と言うか、父さんを知ってるの?」
見知らぬ男に親しげに声をかけられ、フレイはやや警戒気味に問う。すると男は気まずそうな表情を作りながらも、即座にその場で姿勢を正した。
「ああ、これは失礼致しました。私はコモーノ王国軍第一隊隊長を務めております、スグニ・リダッツと申します。勇者殿には以前にもお会いしたことがあるのですが、やはり覚えておられませんか?」
「えぇぇ……ご、ごめんなさい。ちょっとわからないです……」
見知らぬ他人かと思えばまさかの顔見知りと言われ、フレイは申し訳なさそうな顔で謝罪する。それに対してリダッツもまた苦笑しながら手を振ってみせる。
「いえいえい、お気になさらずに。お父上もすぐには私の事はわかりませんでしたからな。一〇年以上前となると覚えておられなくても無理はありますまい」
「一〇年前……あー、ひょっとしてアタシを迎えに来たお城の人?」
「そう! そうです! よくぞ思い出してくださいました! このリダッツ感動の極みであります!」
「そ、それは良かったです。アハハ……」
実際には「そんな人もいたかな?」くらいの感覚であったが、泣き出しそうなほど感動しているリダッツにそれを告げるほどフレイは空気の読めない女ではなかった。そのままリダッツに案内されて城内へと通されると、「陛下の準備が整うまでこちらでお待ちください」と豪華な部屋をあてがわれた。
「うっわ、流石お城ね。部屋が広いだけじゃなく、お風呂まであるじゃない。いいなぁ。入りたいなぁ」
「ちょっとフレイぃ? 子供じゃないんだから、あんまりウロチョロしないのよぉ?」
「いいじゃない! ちょっとだけよちょっとだけ!」
「まったくぅ……」
「失礼致します」
部屋の探検を始めたフレイと、それを呆れた顔で見守るムーナ。そんな彼女達の部屋に、挨拶と共に一人のメイドが入ってきた。ちなみにロンは男性なので別室である。
「はーい、どうぞ! あら、貴方は?」
「私は勇者様方のお世話をするように申しつかりました、ハニトラと申します。短い間ですが宜しくお願い……あの?」
丁寧に頭を下げて挨拶をするハニトラだったが、何故かフレイが険しい顔で自分の体の臭いをフンフンと嗅いでいることに激しく戸惑う。
「あ、ああ! ごめんなさい。何かこう知ってる匂いというか、ちょっとだけ懐かしい匂いがしたような気がして……」
「そうですか? あの後ちゃんと湯浴みはしているのですが……」
「あの後?」
「ええ。つい先日までこの城には勇者様のお父様が滞在しておられましたから」
「は!?」
ハニトラの言葉に、フレイのみならずムーナの体すら固まる。
「え、父さんが!? 何で!?」
「あまり詳しいことまではわかりませんが、ニック様はキレーナ王女殿下の危機をお救いしたとか。その報奨を渡すためにお城に招かれたとのことです」
「へ、へぇ。父さんが。へー……ね、ねえハニトラさん? 父さんは元気だった?」
あからさまに動揺しているフレイに、ハニトラは思わずクスッと笑いながら答える。
「ええ、とてもお元気でした。兵士達と一緒に訓練に勤しんだり、騎士五〇人を相手に大立ち回りをしたりしたそうですよ?」
「何やってるのよ父さん……」
「ニックは相変わらずニックみたいねぇ」
あきれ顔の二人に、ハニトラも思わず苦笑いを浮かべる。
「あれ、ということはハニトラさん、ひょっとして父さんのお世話をしてたの?」
「ええ。そうですが?」
「……父さんと何かあった?」
ハニトラとしては、ニックの家庭に不和を招くつもりなど毛頭無い。故に普通にお世話をしただけだと言いたかったのだが、真剣なフレイの瞳がハニトラに嘘をつくことを許さない。
「そ、その……一緒に湯浴みをして、背中を流し合ったりしました。後は娘さんにもやっているというマッサージを……」
「ああ、そういうこと。あれ気持ちいいわよね」
「はい……あの、怒らないんですか?」
「え、何で?」
「何でって……」
「無駄よぉ。その子は……というかその親子は、ちょっと普通とは違うのよぉ」
二人の様子を見ていたムーナが横から口を挟んでくる。
「私だって初めてアレを見た時、ビックリしたものぉ!」
言ってムーナは語り出す。
それはまだムーナが勇者パーティに入って間もない頃、夜の見張りをしていたムーナの横で、ニックがフレイの天幕に入ってくのを見た。
といっても、赤の他人ならともかく二人は親子。特に問題も無いだろうとそのまま番を続けていたら、急に天幕から女の嬌声が聞こえてきたのだ。
「ふ、ふふ。こういうのはアレよねぇ。開けてみたら実はマッサージでしたとか、そういうオチよねぇ」
そんな事を呟きながらムーナがそっとフレイの天幕に近づき、一応一声かけてから中を覗こうと思ったが……
「はぁん! そこ! 気持ちいい……やっぱり父さんのは凄いわね」
「だろう? まだまだ若い者には負けんぞ! ほれほれ!」
「くっふぅぅぅぅぅ……あふっ、だ、だめ、そこはもっと優しく……」
「我が儘を言うでない! もっと行くぞ!」
「らめぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ちょっ、貴方達、何やってるのよぉ!」
バッと天幕を開いてムーナが中を覗くと、そこには全裸でうつ伏せになっているフレイと、その背に馬乗りになっている上半身裸のニックの姿があった。
「誤解じゃないわ! 誤解じゃなかったわぁ!!!」
「うぉっ、ムーナ!? 何だいきなり?」
「何だじゃないわよぉ! 貴方達こそ何やってるの! 親子でそんな、それは駄目よぉ!」
「何言ってるのよムーナ。このくらい普通じゃない」
「普通じゃないわ! 普通じゃないのよぉ! いい? あんまり近すぎる血同士で子供を作ると、人ならざる姿で生まれてくる可能性が……」
「子供? 何を言っておるのだ?」
「だから…………何してるの?」
「見ればわかるであろう。マッサージだ!」
「……何で裸なのぉ?」
「服の上からでは筋肉の状態がわかりづらいからな。最高の結果を出すにはこれが一番なのだ。ああ、儂が脱いでいるのは単に天幕が熱いからだな」
「…………フレイはそれ、恥ずかしくないのぉ?」
「何で? 父さんよ? 恥ずかしい事なんてないじゃない」
フレイの言葉には欠片の疑問すら浮かんでいない。つまり本気で恥ずかしがっていないということだ。その事実に呆気にとられるムーナだったが、そんな彼女に何を勘違いしたのかフレイが声をかける。
「父さんのマッサージは最高なのよ。ムーナもしてもらう?」
「……………………遠慮しておくわぁ」
ムーナはそっと天幕の入り口を閉じ、静かに夜番に戻っていった。その後しばらく天幕からは嬌声が聞こえ続け、交代時のムーナは死んだ魚のような目をしていたという。
「と言うことがあったのよぉ!」
「へへへ。恥ずかしいところを見られちゃったわよね」
「恥ずかしがるところが違うでしょぉ!? 本当に貴方達親子は……」
「す、凄いですね。色々と……」
娘にもマッサージをしているとは聞いていたが、まさか仲間がいるところ、しかも野外でやっているとはハニトラも思わなかった。驚きのあまりフレイの顔を凝視するハニトラだったが、そこにあったのはニックの面影の生きるフレイの、キョトンとした表情のみだった。





