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父、子供達と遊ぶ

「ほれほれ、そんな格好で呆けていては風邪を引いてしまうぞ? さっさと風呂に入らんか!」


 おどけた調子でそう言いながら、ニックが二人の背中をぴしゃりと叩く。するとその衝撃で二人の尻から尻尾が消え、代わりに恨みがましい目がニックの方を振り返る。


「いってぇ!? 何すんだよオッチャン!」


「うぅ、ヒリヒリする……」


「素っ裸でボーッとしておるからだ。ほら、行くぞ」


「あっ!? ちょっ!?」


「ひゃあ!?」


 子供達と小脇に抱え、ニックが温泉の方へと歩いて行く。そのままザブンと湯船に飛び込めば、解放された子供達がお湯から頭を出してニックに向かって抗議の声をあげた。


「ひでーよオッチャン! オイラ達の扱い雑すぎるだろ!」


「お、溺れるかと思った……」


「ハッハッハ! だが目は覚めたであろう?」


「まあそれはそうだけどよー!」


 ふてくされた顔でそっぽを向くアーニルドだが、その声は何処か楽しそうだ。ニックを挟んで反対側にいるオットーは鼻の下まで顔を湯に沈めプクプクと泡を立てつつ、チラチラとニックの方を見ている。


「ん? どうした?」


「な、何でもないです……」


「何だよオットー、オッチャンのこと気に入ったのか? まあこんな風に遊んでもらったことないもんなぁ」


「そうなのか?」


「うん。うち、お父さんいないから……」


 ぽつりと呟くように言ったオットーの言葉に、ニックは思わず息を止める。おおよそ予想していたことではあるが、それでも子供の口から直接語られる事実は極めて重い。


「それは……何かあったのか?」


「死んじゃったんだ。三年くらい前にすげーでっかい嵐が来て、それに巻き込まれて死んだんだって母ちゃんが言ってた」


「むぅ……」


 あっけらかんと言うアーニルドに、しかしだからこそニックは胸を痛める。しかめっ面になったニックを見て、先程のお返しとばかりにアーニルドがその背をパシンと思いきり叩いてきた。


「そんな顔すんなよオッチャン! そりゃ父ちゃんがいないのは寂しいけど、でも三年も前の話だからなー。正直もうあんまり覚えてないし」


「ぼ、ボクも全然……」


「そう、か……ちなみに、お主達は今幾つなのだ?」


「ん? オイラは七歳だぜ?」


「ボクは四歳です……」


「ぬぅ。確かにその歳では、それも仕方ないのだろうなぁ」


 自分もまた父親であるが故に、父親がいないことを平然と受け入れている子供達の姿はニックを何ともやるせない気持ちにさせる。だがこの歳の子供にとって三年前というのは確かに遙か昔のことなのだろうし、父の死を受け入れて前向きに生きていると考えればむしろ逞しいと褒めるべきなのだろう。


 そんな複雑な心境に苛まれるニックの前では、二人の兄弟が当時の事を話ながら元気にじゃれ合っている。


「へへへ、父ちゃんがいなくなって母ちゃんが忙しい時は、オットーのおしめはオイラが替えてやってたんだ」


「は、恥ずかしいよお兄ちゃん! そういうこと言ったら駄目!」


「小さい頃のオットーはいっつも尻尾を股の間に挟んでて、そっちまでオシッコでべっちゃべちゃにしてたから拭くの大変だったんだぜ?」


「う、嘘だよ! ボク、そんなことしないもん!」


「してたんですー! なら母ちゃんに聞いてみるか?」


「うぅぅ……お兄ちゃんの意地悪……!」


(……そうだな。これもまた幸せの形か)


 先に旅立ってしまった(マイン)が、残した自分達に毎日泣いて暮らして欲しいと考えているとは何をどうやっても思えない。というか、むしろそんな事をしたら夢に出てきて尻を蹴り飛ばされそうだ。


 生きているこの子達が笑顔であるなら、それ以上などない。その結論に辿り着いたニックは、ただ静かに騒ぐ子供達の姿を見つめ続ける。


 なお、尻尾がどうというくだりはさりげなく聞き流している。子供達が必死に隠している秘密を暴き立てるほどニックは空気の読めない男ではないのだ。


「そうだオッチャン! オッチャンって強いのか?」


 と、そんなニックに不意にアーニルドが声をかけてきた。突然の問い掛けに、ニックは笑顔を浮かべながら答える。


「ん? そうだな、割と強いと思うが……それがどうかしたか?」


「ならオイラに戦い方を教えてくれよ! 父ちゃんがいなくなった分、今度はオイラが強くなって母ちゃんとオットーを守ってやりたいんだ!」


「ほう? それは立派な心がけだが……ふむ」


 やる気に満ちた目で自分を見上げてくるアーニルドの言葉に、ニックはしばし思案顔になる。ごく普通の七歳児に教えられることなど殆ど無いが、それでも気持ちを満たしてやることくらいはできる。


「ま、軽い指導くらいならいいだろう。すぐに強くなれるというわけではないし、面白い訓練というわけでもないが、それでもいいか?」


「え、教えてくれるのか!? やったー!」


 確認するニックの言葉に、アーニルドがざばりと湯から両手を挙げて全身で喜びを表現した。そんな兄の姿を見て、オットーもまたニックの腕を軽く掴んで揺らす。


「あ、あの、おじちゃん。ボクも……」


「ん? お主も一緒にやりたいのか?」


「うん。お兄ちゃんと一緒がいい」


「ははは、わかった。いいだろう」


 ニックの見立てでは、アーニルドのやる気は子供らしい本気さなのに対し、オットーの方は単に兄と一緒にいたいというくらいの思いだろう。だがどのみち本気の戦闘訓練をするわけではないので、であれば一人だけのけ者にする理由はない。


「なら、温泉を出たら早速やるか。ああ、ただしきちんとオカミ殿から許可をもらえたらだぞ? 駄目だと言われたら教えぬからな?」


「大丈夫だよ! 母ちゃんならオイラがしっかり説得するから!」


「ぼ、ボクも頑張る!」


「うむうむ。では、また後でな」


「あ、もう出るのか? ならオイラ達も出るよ!」


 子供達を置いてニックが温泉を出ようと立ち上がると、すかさずアーニルドも湯から飛びだしてくる。


「む? 別に訓練は逃げはしないのだ。もっとゆっくり入っていてもいいのだぞ?」


「そんなの待ってられねーよ! ってか、そもそもここにはオッチャンの背中を流しに来たんだから、オイラ達がのんびり温泉に入ってたら母ちゃんに怒られちまう!」


「あっ!? そ、そうだよね。どうしよう?」


「どうもこうもねーよ! とにかく急いで出て、それから母ちゃんを説得だ! 着いてこいオットー!」


「ま、待ってよお兄ちゃん!」


 慌てた様子の子供達が、ニックを置き去りにして一目散に脱衣所に走って行く。苦笑いを浮かべながらニックがその後を着いていくと、まだ水が滴っているというのにアーニルドが服を着ようとしている場面に出くわす。


「おいおい、本当に風邪を引いてしまうぞ? ほれ、拭いてやるからこっちに来い!」


「いいよそんなの! って、あーっ!?」


「ふっふっふ、暴れても無駄だぞ?」


 如何に子供がすばしっこいと言っても、伸びるニックの手から逃れることなどできるはずもない。またしてもあっさり捕まり、ジタバタしている間にもその全身を拭き上げられていく。


「……………………」


「これでよし、っと……ふふ、次はお主だな」


 カラカラに乾いたアーニルドが服を着始めるなか、わざとゆっくりと体を拭いていたらしいオットーと目が合い、ニックは微笑んでからそちらの体も拭いていく。勿論そちらもすぐに拭き上げられ、服を着た二人は元気に廊下を駆けて行く。


 その後ろ姿を見送ってから、ニックはようやく自分の体を拭いて服を着始めた。


『相変わらず子供には甘いな。それこそが貴様という男の本質なのだろうが』


「はは、子供は可愛がられて元気に笑うのが仕事のようなものだ。いいではないか」


 股間の獅子頭からメダリオンへと戻ったオーゼンを手に取りつつ、ニックはふと脱衣所の外の山の方に視線を向ける。


「見ておられるか? 名も知らぬあの子らの親父殿よ。愛する妻と子を残して先立ったのはさぞかし無念であっただろうが……貴殿の子らは、実に健やかに育っておりますぞ」


 呟くニックの言葉に、山は何も答えない。ただ涼やかな風が一陣、ニックの耳元をピュウと吹き抜けていくのみだった。

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