娘、立ち寄る
「へぇ、ここがアリキタリの町……」
目的地への道すがら、何の変哲も無い町に立ち寄ったフレイは思わずそんな声をあげた。
「何て言うか、ここまで特徴が無いと逆に新鮮ね」
「ですな。ニック殿がいた頃に立ち寄った町は、どうにもこうにも濃い場所が多かったですからなぁ」
フレイの言葉に、ロンもまた深く頷いて同意を返す。ニックがパーティにいた頃はそれこそ問題の起きている場所だけをピンポイントで回っていたため、こういう平凡は町はロンにしても久しぶりだった。
「ていうかフレイぃ。いくら丁度いい強さの魔物がいるところまで戻るって言っても、ここは戻りすぎじゃないぃ?」
そんな二人に、背後からついてきたムーナが呆れた声を出す。確かにフレイは勇者としては未熟な方だが、それでもゴブリンだのに後れを取るような弱者ではない。こんなところで戦ったところで得るものは何も無いだろう。
「それはわかってるけど、父さんと一緒の時って町とか回る順番が滅茶苦茶だったから、正直どう戻っていいかわからないのよ。ならここは初心に返って『始まりの町』から順番に巡ってみるのがいいかなって思って」
「ああ、そういうこと。それならまあわかるけどぉ」
フレイの言葉に、ムーナはやっと納得の返事を返した。何処へ行き何をするかはあくまでも勇者であるフレイが決めるべきと見守るだけで過ごしていた日々の答えが得られ、喉に刺さった小骨が取れたような気分になる。
「じゃあ、どうするのぉ? この町は素通りぃ?」
「流石に冒険者ギルドにくらいは顔を出しておきたいわね。顔つなぎが大事って最近思い知らされたし」
「この辺りではフレイ殿のことを知るものが全然おりませんでしたからな。まさか勇者の顔を知らない基人族がこれほどいるとは」
「うん、それはアタシも思った。こんなに知られてないとは思わなかったわ」
ロンの言葉に、フレイはガックリと肩を落とす。初めて来る場所なのだからそれが当然ではあるのだが、それを当然にしてはいけない理由が勇者にはある。人々に活躍を知られ、その勇気を束ねる事こそが勇者の使命であるからだ。
「ということで、早速行きましょ!」
気を取り直したフレイを先頭に、勇者パーティは冒険者ギルドへと向かう。当然迷うことも無くたどり着き、パラパラと人のいるギルド内にてフレイは受付の方へと歩いて行った。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あー、用ってわけじゃないのよ。ただちょっと挨拶に来たって言うか……」
「はい? 挨拶、ですか?」
「あー、ごめん。アタシこういう者なの」
キョトンとした表情を浮かべる受付嬢に、フレイは左手の甲を見せる。そうしてフレイが力を込めると、皮膚の上にうっすらと青い紋章のようなものが浮かび上がった。
「え!? それってまさか勇者の……ちょ、ちょっとお待ちください!」
世界で唯一勇者のみが持ちうる紋章を見せられ、受付嬢が慌てて奥に引っ込む。自分では対処できないため、ギルドマスターを呼びに行ったのだ。当然その行動を理解しているフレイも特に慌てたりはしない。
「ねえロンにムーナ。あれ何?」
ただ待っているのも暇なのでギルド内を見回していたフレイだったが、その視線がとある人物の装備にとまり、仲間達にそう問いかける。
「何ってそりゃ、魔術師のローブ……よね?」
「ですな。おそらくですが……」
だが、二人の答えは歯切れが悪い。何故ならそのローブには金属製のトゲがびっしりと取り付けられていたからだ。
「あのトゲ、何か意味あるの? 動きづらいだけじゃない?」
「拙僧にはちょっと……ムーナどのはどうですかな?」
「えぇぇ……知らないわよぉ。少なくとも魔力付与されてるとかじゃないわぁ」
「じゃあ飾り? でもあんな実用性が無い……っ!?」
言葉の途中で、フレイの動きが止まる。今し方ギルドの中に入ってきた男は、そのローブよりも更に大量のトゲのついた鎧を身につけていたからだ。
「おうお前等! 元気にやってるか?」
「カマッセさん! はい、毎日頑張って仕事してます!」
「そうかそうか! その調子で頑張れば、鉄級くらいすぐになれるさ。期待の銀級冒険者であるカマッセさんが保証するぜ!」
「ありがとうございますカマッセさん!」
「…………えぇ、あれ流行ってるの?」
そんなやりとりを見て、フレイは思わず眉根を寄せる。一人ならともかく、二人も同じような装備をしているならそれは流行っているということだ。しかも片方は銀級というそれなりに高位の冒険者なのだから、ひょっとしたらこの辺の魔物にはあの装備が有効なのかも知れないと考える。
と、そこでフレイの視線に気づいたトゲ鎧の男が、新人と思われる若いパーティから離れてフレイ達の方へと歩み寄ってきた。
「ん? なんだ嬢ちゃん。この俺に! 期待の銀級冒険者であるカマッセさんに何か用か?」
「へ? あ、いえ、別にそういうわけじゃないですけど……」
「何だよ、遠慮する必要は無いぜ? 何せ俺は期待の銀級冒険者、カマッセさんだからな!」
「はぁ……」
妙に絡んでくる相手に、フレイは思わず生返事を返す。若干ウザいが、かといって迷惑をかけられているという程でもないので、どう扱っていいのかわからないのだ。
「ちょっとフレイぃ、何してるのよ?」
「おおっ!? 何だこのおっぱい……じゃねぇ。姉ちゃんもこのお嬢ちゃんの仲間か?」
「ええ、そうよぉ。あとはそこに居る竜人族の神官もそうね」
「へぇ。ん? ってことは前衛はこのお嬢ちゃん一人か? それはちょっと頼りな……いや、戦力が足りてなくないか?」
「それはまあ、そうねぇ。ちょっと前に前衛が一人抜けちゃったから」
「そうなのか! そういうことなら、このカマッセさんが力になってやってもいいぜ? 何せこの俺はアリキタリの町で一番期待されている男! 生きている古代遺跡すら攻略した期待の銀級冒険者、カマッセさんだからな!」
「へぇ、それは凄いわねぇ。本当なら協力してもらいたいところだけど……」
カマッセの言葉に、ムーナは本心から感心する。生きている古代遺跡とは文字通り仕掛けや警備が生きているということであり、魔導兵などの強力な守護者がほぼ完全な状態で徘徊している。それを相手に遺跡を攻略できるなら、級とは別の本物の実力があるということだ。
なお、得意げに言うカマッセの視線はムーナのたわわな胸元に釘付けだったが、ムーナにとってはいつものことなので気にしない。ただしフレイは自分に背を向けムーナの胸に注視するカマッセに、紙屑を見るような目を向けていたが。
「ちなみに、私は白金級冒険者よぉ。そこにいる竜人族のロンは金級ね」
「へ?」
ムーナの言葉に、カマッセの表情が固まる。アリキタリの町における最上位の冒険者は銀級であり、金級など王都サイッショにすらいない。白金級に至ってはお伽噺のように噂に聞くのが精々だ。
「お待たせ致しました勇者様! ギルドマスターがお会いになりますので、こちらへどうぞ」
「ゆ、勇者!?」
それに追い打ちをかけるように、戻ってきた受付嬢がフレイのことを勇者と呼ぶ。その現実にカマッセの時は完全に止まってしまう。
「ありがとうございます。じゃ、行きましょ。あー、カモッセさん? お話は戻ってきてからでもいいですか?」
「お、おう? あー、悪いがちょっと急ぎの仕事を思い出したから、ひょっとしたらアンタが戻ってくる頃にはもういないかも知れないが……」
「そう? じゃ、縁があったら宜しくね」
「ま、任せとけ? 何せ俺は、期待の銀級、銀級……」
「ほら、行くわよフレイぃ!」
「あ、待ってよムーナ! じゃ、またね! カモッセさん!」
小さく手を振って、フレイ達がギルドの奥へと消えていく。その姿が見えなくなったところで、ようやくカマッセは金縛りから立ち直った。
「ちげーよ! 俺はカマッセだよ!」
冒険者ギルドを立ち去る前にカマッセにできたのは、誰もいない場所に向かってそう突っ込むことだけだった。





