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フリル男、邂逅する

「な、何故!? 何故その女がここにいる!?」


 あり得ない状況を前に、サギッシが大声で叫ぶ。だがそれに答えたのはニックでもパパカツイナでもなく、遅れてやってきたもう一人の大男。


「それは勿論、アタシが連れてきたからよ」


 薄暗い倉庫に現れた、リボン満載のフリフリドレスに身を包む大男。その異形を目の当たりにし、サギッシは更に大声をあげる。


「き、きさ、貴様!? これは一体、どういうつもりなのだっ!?」


「どういうつもり、ねぇ……いいわ、教えてあげる。アタシがこの子とどんな出会いをしたか」


 ニックに抱きつくパパカツイナを優しい眼差しで見つめてから、フーリルは昨夜の事を語り始めた。





「あー、遊んだー!」


 生まれて初めての競売の参加と、その後に起こったまるで物語の世界のような詐欺被害からの逆転劇。その興奮がいつまで経っても体から抜けなかったパパカツイナは、ニック達と別れた後も東区に戻って友人と遊び歩いていた。


 若い体は疲れを知らず、楽しむ場所にも相手にも事欠かない。食べて飲んで歌って騒いで、気づけば夜空の月が中天にかかろうかとしている。流石にこの時間になると店も閉まるため、つい先程友人達と別れ、パパカツイナは一人で家路に就いていた。


「ふわぁ……」


 可愛いあくびをしながら、パパカツイナが夜道を行く。すると不意に前方の暗がりから声をかけてくる人がいた。


「貴方、パパカツイナちゃんね?」


「んー? 誰? 私に何か用?」


 その声に聞き覚えは無い。若干の警戒心を残しつつパパカツイナがそう聞くと、目の前の人物がゆっくりとパパカツイナの方へと歩み寄ってくる。月には雲がかかっており、闇に紛れた相手の姿はぼんやりとしかわからない。


「フフッ。貴方が夜更かしするような悪い子でよかったわ。朝じゃどうしても人通りがあるもの」


 その相手は、光に怯えることなくそのまま進み続ける。やがて魔石灯の光の下に現れたのは、フリルとリボンをふんだんにあしらった少女のような衣服に身を包む大男。


「私はフーリル。貴方に――」


「うわっ、何その格好! 可愛いー!」


「えっ!?」


 パパカツイナのあげた予想外のその声に、フーリルは完全に動きを止めてしまった。驚き戸惑い、やるべき事も言うべきことも何もかもが頭から吹き飛んで、ただ一言それを聞き返してしまう。


「か、可愛い? アタシが?」


「うん、すっごく可愛いよー! いいなー、そういうのって私には似合わなそうだし。ってか何処で売ってるの?」


「こ、これは自分で作ったのよ。アタシのこの体でも着られるようにって……」


「うっそ、自作!? ちょー凄いじゃん! だからそんなに似合ってるんだねー。私もお母さんに『女の子なら裁縫くらいできなきゃ駄目』って言われてるんだけど、あんまり得意じゃ――」


「ま、待って!」


 楽しげに話し始めたパパカツイナの言葉を、フーリルは思わず両手を突き出して制する。そうしてから顔をあげると、まるで祈るような気持ちでパパカツイナに問い掛ける。


「似合ってるって……本当に? この服、アタシに似合ってると思う?」


「そりゃ思うよー。だってほら、フリルの付け方とかリボンの配置とか、おじさん……おじさん? おじさんでいいの?」


「え、ええ。この体は男だから、おじさんでいいわ」


「そっか。とにかくおじさんが着て一番可愛く見えるように調節してるよね? だからバッチリ似合ってるよ! さいこー!」


「そ、そう…………」


 それはパパカツイナにとっては、何てことの無い日常会話だった。ただ思ったことをそのまま口にしただけで、そこには何の計算も他意もない。


 だが、フーリルにとっては違った。幼い頃から可愛い服が大好きで、それなのに自分の体は想いとは正反対にドンドン大きく逞しくなっていく。


 それでも諦めきれなくてこっそりフリフリの服を自作して着たりしていたが、それを見た他人の反応のほとんどは酷いものだった。自分を脅したあの男のように表面上は取り繕ってくれるならマシな方で、なかには口汚く罵るものも、気持ち悪いとはっきり拒絶する者もいた。それこそ数日前に出会った自分より大きな体の戦士のように、何も気にせず平然と対応してくれるというのが今までのフーリルにとって最上の反応だったのだ。


 だが今、それを軽々と飛び越える存在に出会ってしまった。仲間同士で認め合い、傷を舐め合うのではなく、誰がどう見ても文句のつけようのない、日の光の下でキラキラと輝いている女の子が、自分を見て「可愛い」と言ってくれたのだ。


「可愛い……似合ってる……アタシが、このアタシが…………っ!」


 手が震えた。声が震えた。魂が震えた。泣き出さないように我慢するのが精一杯だった。他愛の無いたった一言が、フーリルの全てを肯定してくれていた。


「ねえ、パパカツイナちゃん。貴方に大事なお話があるの」


 グッと目尻に力を入れて、フーリルは真剣な表情でパパカツイナに語りかける。


 元々酷い事なんてするつもりはなかった。自分の姿を見て叫んで逃げ出すような相手なら、そのまま追わずに「失敗した」とだけサギッシに告げるつもりだったし、もし話を聞いてくれるようであれば、自分達を守る為に少しだけ付き合ってもらえないかとお願いしようと考えていた。


 だがここにきて、そんな考えは全て吹き飛んでいた。決意を込めたその瞳に感じ入るものがあったのか、真剣に話を聞いてくれるパパカツイナにフーリルは今回の計画の全てを話していく。


 自分達が脅されていると聞いて、パパカツイナは怒ってくれた。自分が誰かの弱みになって迷惑をかけるかもと知り、悲しんでいた。そうして全てを聞き終わり、フーリルが「危ないから数日は家から出ないで大人しくしておいた方がいい」と忠告して立ち去ろうとした、正にその時。


「うー!」


「ど、どうしたのツイナちゃん?」


 突然頭を抱えて悩み出したパパカツイナに、フーリルは心配して声をかける。その様子はまるで大男が女性に襲いかかっているかのようだったが、幸いにして周囲には他の人影はない。


「だって、アタシが家から出ないだけだと、フーリルとそのお友達が酷い目に遭うんでしょ? それは何か納得がいかないっていうか」


「それは……仕方ないわよ。色々考えてはみたんだけど、いい解決法は思いつかなかったし」


 今回の話を衛兵に伝えたとしても、まだ何も起きていない現状ではサギッシが捕まることはないだろう。むしろサギッシに衛兵が言いくるめられて、今より状況が悪くなる可能性すらある。


 動かぬ証拠である暗紫色の種が入った小瓶がサギッシの手にある以上、自分達の側からは動いても何もできないのだ。


「じゃあさ、このことをオジーに相談してみるのはどう?」


「オジー? っていうと、あの男が貴方を捕まえて脅そうとしている相手よね? それは……大丈夫なの?」


 オジーというのがどういう人物なのか、フーリルは知らない。もし気性の荒い人物であれば、パパカツイナを人質にしようとしたと話すだけで自分が責められる可能性もある。


「って、今更ね。アタシが責められるのは当然だし、狙われてるって伝えるのは無駄にはならないはず。いいわ、とりあえずそうしましょ」


「オジーはフーリルのこと責めたりしないよー! だいじょーぶ! オジーに任せたらきっといいようにしてくれるって! 今日だって凄かったんだよ! あのね、競売に『始まりの剣』っていうのが出品されてたんだけど……」


 楽しげに今日の出来事を語り始めるパパカツイナにフーリルが並び立ち、ちぐはぐな二人の人影が夜のパーリーピーポーを歩いて行く。その先で出会う筋肉親父の顔を見て、フーリルは生まれて初めて「運命」というものの流れを心の底から感じるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人を大事にしない奴に人の心が理解出来るはずもない。 たった一言でも、それで救われた人がその後どれだけ強くなるかなんて想像できないだろうな。
[一言] ギャルが最強だった…!個性を大事にする種族はつよい。
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