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詐欺男、交渉する

「くそっ、何故だ! 何故こんなことになった……!?」


 競売初日が終わり、夕焼けに染まるパーリーピーポーの町。喧噪から離れた中央区の高級宿にて、サギッシは一人酒を飲んで悪態をついていた。もう大分飲んだというのに、今日に限っては全く酔う気がしない。


 その原因は、当然ながら昼間の競売場での出来事だ。ニックによって『始まりの剣』が偽物だとばれてしまい、サギッシはトリシキルから執拗な取り調べを受けることとなった。


 それでも「自分も鍛冶屋に騙されたのだ」と強弁することでなんとか罪に問われることだけは回避できたのだが、代わりに当然『始まりの剣』の落札は無効にされてしまったし、それどころか二日目、三日目に出品する予定だった品も「再調査が間に合わない」という理由で全て取り下げられてしまった。


「今日さえ、あの剣さえ売れてくれれば全てが上手くいったというのに……」


 貴金属などと違って、この手の物品の価値は本物かどうかではなく、誰が(・・)本物と保証しているかこそが重要となる。歴史あるパーリーピーポーの競売という権威が認めてくれたならば、たとえそれが廃棄用の樽から持ってきた銅貨一枚分の価値すらないガラクタだろうと『勇者が手にした最初の剣』になるはずだったのだ。


 勿論、それだけでは大した儲けにはならない。実際競売での予想売価はおおよそ銀貨二〇枚ほどだろうというのがサギッシとトリシキルの共通の見解であり、それに対して元手には勇者の筆跡を真似た手紙を贋書師に依頼したことで銀貨一〇枚ほどの費用がかかっている。


 それ以外の諸経費なども考えれば予想通りの値で売れたとしてもとても儲かったとは言えない額にしかならないのだが、狙いはそこではない。そうして『勇者の剣を見出した目利き』という肩書きをパーリーピーポーの競売に保証されたという事実を以て今後の商売をやりやすくすることこそ、サギッシの真の目的であったのだ。


「上手くいってたんだ。あのトリシキルとかいう若造を納得させられた時点で、こっちの勝ちは揺るがないはずだったんだ! なのに、あの筋肉親父のせいで……っ!」


 ダンッとジョッキをテーブルに叩きつけ、サギッシは大きな声でそう口にする。余人のいない部屋だからこそ仮面の剥がれたサギッシは、憎々しい視線で天井に浮かぶニックの幻影を睨み付ける。


「そうだ。みんなアイツが悪い。アレさえいなければ全てが上手くいっていたんだ! アイツが、アイツさえいなければ!」


 こみ上げてくる怒りは酒で鈍った思考を犯していき、頭の中が復讐心で一杯になっていく。今すぐ部屋を飛びだしてあの男を絞め殺してやりたいという思いが噴き出しそうになるが、かろうじて残った理性がそれをなんとか押しとどめている。


「どうにかしてあの男に一泡吹かせられないだろうか……?」


 近くに置いていた水差しを手に取り、その中身をゴクゴクと飲み干していく。すると酔いに溶けていた知性が少しずつ戻ってきて、勢い任せの感情論を冷静な分析が徐々に押しのけていく。


 自分よりも遙かに大きな体躯を持ち、立派な装備に身を固めた冒険者。まずこの段階でニックを直接的に害するという選択肢がサギッシの中から消えた。大商会の主でもなければ王侯貴族の後ろ盾があるわけでもないサギッシには、あれほどの相手をどうにかできそうな人物を雇う伝手も金もない。


「そう言えば、背後に若い女と爺さんを引き連れていたな。後は確か、あの男も競売に出品していたはず。となれば…………」


 人を騙し利用することだけに特化したサギッシの頭脳が、己の目的を達成するために必要な道筋を描いていく。それがしっかりした軌跡を描いたところで、サギッシはニヤリと笑うとそっと宿の部屋を後にした。





「それでアタシのところへ来たわけ? 貴方ひょっとして馬鹿なの?」


 すっかり日も暮れ人影の無くなったパーリーピーポー北区。路地を分け入った先にある部屋にて、サギッシはここを取り仕切っているという男と対面していた。幼い貴族の娘が着るようなフリルのたっぷりついた服をニックを思い起こさせる筋肉質の大男……フーリルが纏っているという不快感を得意の鉄面皮で押さえ込み、張り付いたような愛想笑いを浮かべて答える。


「おやおや、これは手厳しい。ではご協力はいただけないので?」


「当たり前でしょ? たまに貴方みたいに勘違いする奴がいるけど、アタシ達がここに集まっているのは公にしたらいい顔をされない趣味や性癖があるからで、別に犯罪者ってわけじゃないの。だから衛兵を怖がったりしてないし、貴方みたいな人に脅されて犯罪を手伝ったりもしないのよ。おわかり?」


「ええ、ええ。よくわかっておりますとも。ですが、だからこそ重ねてお願いしているわけです。私に協力していただければ、この地の安寧が脅かされることはない、と」


「……ねえ、貴方アタシの話を聞いてた?」


 うんざりした表情でフーリルが言うと、サギッシは薄く笑いながら懐から小さな硝子製の瓶を取りだした。それを訝しげに見つめるフーリルだったが、すぐにその中身の正体を知りハッとした表情を見せる。


「貴方、それ……っ!?」


「おや、おわかりになりますか?」


「わかるに決まってるじゃない! まさかそれをまた目にする日が来るとはね……」


 それはかつて、この王都パーリーピーポーで少数だけ販売された禁断の薬。聖都モルジョバを大混乱に陥れた元凶として世界中で取り締まられた暗紫色の種。


「そんなものどうするつもり? 一応言っておくけど、アタシ達はそんなものいらないわよ?」


 この種を漬け込んだ水が強力な精力剤となることは周知の事実だ。が、北区に集まっているのはそもそも性欲を持て余しているような者達なので、そんなものに頼ることはない。


「まさかまさか! このようなもので買収できるとは思っておりませんよ。それに私は善良な一市民ですので、こんなものをいつまでも所持しているつもりもありません。すぐに衛兵のところへと持って行こうと思っております……これをここで見つけた(・・・・・・・)と言ってね」


「……? 意味がわからないわね。さっきも言ったけど、別にアタシ達は衛兵がここに来たって困らないわよ?」


 相手の真意をわかりかねて首を傾げるフーリルに、サギッシは三日月のように口角をあげて微笑みながら言葉を続ける。


「そうでしょうとも! 私と同じく善良な市民である貴方やそのお仲間が衛兵に逮捕されることなどあり得ない。


 ですが、これはかの聖女様が直々に危険だと判断された薬。それがここから発見されたとなれば、衛兵達はこの北区を隅々まで調べ尽くすことでしょう。それは家屋や路地裏のみならず、ここで倒錯的な行為に及んでいる個人にまで及び、その調査結果はきっと町中の人の知るところとなるでしょうね。何せ人というのは噂話が大好きですから」


「っ!? まさか貴方……っ!?」


 その底知れぬ悪意に気づいて、フーリルが思わず身を乗り出す。そのまま掴みかかりそうな勢いであったにも関わらず、サギッシは張り付いた笑みを崩さない。


「ああ、無駄ですよ? もしも私の身に何かあれば、不都合な事実を隠蔽するためだと判断されて更に苛烈に、そして執拗に取り調べが行われることでしょうからね。


 ああ、何という悲劇! 何の罪も無い人々の変態行為がまさかこのような形で白日の下に晒されるとは! 何も知らない家族、恋人、友人、親戚、上司に部下に同僚に! 身近にいる人物がどうしようもない変質者だと知れ渡ったならば、一体どれほど生活に影響が出ることでしょうか!」


「くっ……」


 身振り手振りを交えて大げさに語るサギッシに、フーリルは悔しげに歯を食いしばる。自分だけの問題ではすまないからこそ、皆ここで身を潜めてひっそりと楽しんでいるのだ。たとえ罪ではなかったとしても、人は自分の理解の及ばぬことを受け入れてはくれないのだから。


「なに、心配はいりませんよ。貴方がちょっとだけ私に協力してくれればいいのです。ただそれだけで皆の平穏が守られる……ね、簡単でしょう?」


 取りだした小瓶を懐にしまいながら、サギッシの口が悪魔の選択を迫り――





 その日の深夜。帰宅の途に就く年若い娘の前に、ヒラヒラしたドレスを纏った筋肉質の大男が立ちはだかった。

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[一言] >ヒラヒラしたドレスを纏った筋肉質の大男が立ちはだかった !? お父さんが変態行為に・・・!
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