父、主張する
「お客様!? 偽物というのはどういうことでしょうか?」
「そうだよオジー! 突然どうしたの!?」
ニックの偽物発言に、係の男はうろたえながらも問いただし、パパカツイナは心配そうな顔でニックに声をかけてくる。だがそんな周囲の状況とは裏腹に、ニックの態度は落ち着いたものだ。
「ははは、そう動揺するな。儂とて何の根拠もなくこんなことを言っているわけではないからな。とは言えそれを論じるには役者が足りぬ。なあお主、もしお主が出品物の真贋を見極めていたりそれに関する責任を負う立場でないのなら、そういう者を呼んできてはもらえんだろうか?」
「…………わ、わかりました。では少々お待ちください」
随分と胡散臭いものを見るような視線を向けつつも、係の男がそう言ってその場を去って行く。そうしてしばらく待つと、やってきたのは見るからに高級な黒い衣服に身を包んだ男と、強面の護衛を背後に控えさせた面長の男だ。
「お待たせ致しました。私が今回の競売の責任者のトリシキルと申します。そしてこちらが……」
「おやおや、私の商品にケチをつけたのはこちらのお方ですか?」
丁寧な黒服の男の挨拶に差し挟むように、面長の男が糸のように細い目を釣り上げて言う。獲物を狙うキツネのような雰囲気は何とも言えず怪しげだ。
「っと、失礼。名乗りが先でしたな。私はこの界隈で商売をさせていただいている、サギッシという者です。以後宜しくお見知りおきをお願い致します」
「トリシキル殿に、サギッシ殿か。儂は鉄級冒険者のニックだ。こちらこそ宜しく頼む」
ニックの発した「鉄級」という単語に、トリシキルはほんの僅かに驚きを顔に浮かべ、サギッシは値踏みするようにニックの全身を見つめる。だがそれも一瞬のことで、すぐにトリシキルが本題を語り始めた。
「では、改めましてお話を聞かせていただきます。今回ニック様はサギッシ様の出品された『始まりの剣』を偽物だと主張されているとのことですが、それは一体どのような根拠に基づくものなのでしょうか?」
「うむ。儂はそれを簡単に証明する手段を有しているが、残念ながらそれを先に提示しては儂が求める答えは得られないのだ。
故に逆に問いたい。貴殿ら競売の関係者は、一体何を根拠にこの剣を本物だと判断したのだ?」
「それは――」
「これはこれは! 何を聞きたいのかわかりませんが、その理由なら先程の競売の中でタップリとご説明差し上げたのではありませんか?」
トリシキルが答えるより先に、サギッシが大仰な身振りを交えてそう口にする。言外に「そんなこともわからない相手の言い分など聞く価値もない」と訴えているようだが、当然ニックはそんなものは完全無視して言葉を続ける。
「ああ、言っておったな。この剣を手にして旅立った勇者フレイだが、幼い体に大人と同じ剣では使いこなすことができず、勇者が初めて姿を現した町、チューバンに辿り着いた時には既にボロボロになっていた。
それを見たチューバンの鍛冶屋が『勇者がこんなみすぼらしい武器を使っているのはとても看過できない』として、自身の手でフレイの体に合う剣を打ち、それを贈った。勇者フレイはその贈り物を殊更に喜び、今まで使っていた剣をその場に残して新たな剣を手にして旅立った……だったか?」
「ええ、ええ、そうですとも! 実に素晴らしい美談じゃありませんか! 一体この話の何処にご不満があるというのです?」
「そうですね。この話は『ぼうけんのしょ』に記載された勇者フレイの活動記録とも矛盾しておりませんし、私共としても信憑性の高い話と判断致しましたが……」
「信憑性と言われても、その鍛冶屋とやらが嘘をついていればそれで終わりではないか? 顔も知らぬ名もわからぬ、実在しているかどうかすらわからぬ相手から譲り受けた『ただの剣』の価値を保証するには、その逸話だけではあまりにも弱すぎるであろう」
「ああ、これは何と言うことでしょう! まさか私が……いえ、勇者フレイが信用し剣を託した相手を疑うとは! 信頼と名誉を侮辱された鍛冶屋の方は、今頃遠いチューバンの町で泣いておられることでしょう。よよよよよ……」
そう言うと、サギッシはわざとらしく顔を伏せて泣いているかのように見せてくる。その態度にトリシキルのみならず背後のパパカツイナ達まで若干ながらも引っ張られるような気配を感じたが、それでもニックの表情は変わらない。
「侮辱と言われても、誰かもわからぬ相手を信頼しろと言う方が無理であろう。本物だというのなら何故名を出せぬのだ?」
「それは件の鍛冶屋が、このような手段で名声を得ることを望まなかったからでございます。自分はあくまでただの鍛冶屋だから、自分の腕で認められるようになりたいという職人の心意気! ああ、何と素晴らしい! まさに勇者様に贔屓にされるに相応しい、職人の鑑と言えましょう!」
「ふーむ。筋は通るが、結局の所何処の誰だかわからぬ相手を『自分が信用しているのだから信用しろ』と言っていることに変わりはあるまい? トリシキル殿にとって、サギッシ殿というのはそこまで無条件で信頼できる相手なのか?」
「なあっ!?」
渋い顔をしたニックの言葉に、サギッシがその身をのけぞらせて驚いてみせる。いちいち芝居がかったその動きは、周囲の耳目を集めて止まない。
「何ということでしょう! 私これまで常日頃から誠実を心がけた商売をしておりましたが、ここまで人に疑われたのは初めてでございます!
酷い、何と酷い! 確かに商人というのは何かと叩かれ下に見られがちではありますが、私も人間! 心というものがあるのですよ!? それを会ったばかりの相手から『お前など信用できぬ』と非難されるとは……」
「そう言われても、こんな偽物を堂々と出品する相手を信用などできるはずないではないか」
「ああ、また! また偽物と! これだけの根拠を提示しても、まだ偽物と仰られるのですか!? こんなもの、もう私に対する嫌がらせではありませんか!? もしやそちらの若いお嬢さんにいいところを見せようとして予算を超える額で落札してしまい、支払いを誤魔化したいとかなのでしょうか?
もう勘弁してください! 私にも生活があるのです!」
「ハァ、これは埒が明かんな。で、どうなのだトリシキル殿?」
泣きそうな声で訴えてくるサギッシから顔を逸らし、ニックはトリシキルの方に声をかける。するとトリシキルはすぐに我に返ってその口を開いた。
「……あ、はい。勿論サギッシ殿のお話以外にも、はっきりとした証拠がございます」
「ほぅ。それは是非とも教えていただきたい」
「はい。ではこちらを」
そう言ってトリシキルが懐から取りだしたのは、美しく光沢のある紫の布に包まれた小さな板。それを受け取ったニックは丁寧に布を開いていくと、中から出てきたのは小さな額に入れられ、表面を硝子で守られた紙切れであった。
「これは……手紙?」
「はい。こちらはサギッシ殿から貸与していただいた品で、勇者フレイの直筆の手紙となります。内容としては鍛冶屋に対する感謝の言葉が書き記されており、それを以てこの剣が本物であると判断したわけです」
「ほぅ? だがこんなものがあるなら何故それを競売で言わなかったのだ? それこそ決定的な証拠であろう?」
「それもまたあの鍛冶屋の方のご意向でございます。貴方のようにこの剣を偽物と疑う方が現れた時にと無理を言って借りて参りましたが、この手紙はあくまでも鍛冶屋個人に向けられたもの! 歴史的な資料として剣を手放すことは考えても、この手紙を世間に晒したり、ましてや売ったりするつもりなどないというのが件の鍛冶屋の想いなのです!
ああ、素晴らしきかな勇者と鍛冶屋の信頼関係! これ以上の証拠などこの世の何処に在りましょうか!?」
「……………………」
天に向かって両手を広げて主張するサギッシに対し、ニックは手にした手紙をジッと見つめ、無言で俯いてしまう。その肩は小さく震えており、背後からは泣いているようにすら見えるかも知れない。
「オジー?」
そんなニックに、パパカツイナが心配そうに声をかけようとする。だがその手が伸びるより早く、ニックの口から声が漏れ出した。
「……フッ。クックッ……ハッハッハッハッハ!」
そうして辺りに響いたのは、顔に手を当て天を仰ぐニックの高笑いであった。