父、競り落とす
「お待たせ致しました。ただ今より第一二回、パーリーピーポー競売の一日目を開始致します!」
「「「ワァァァァァァァァ!!!」」」
司会の男の宣言に合わせ、競売会場となる大きな天幕の中に参加者達の歓声が響き渡る。そしてその歓声のなかには、当然ニック達のそれも混じっていた。
「うわー、遂に始まったね! 一体何を売るんだろ!?」
「ほっほ、先程ニック殿に渡された目録を一緒に見たではありませんか」
「見たけどー、でも文字だけじゃよくわからないっていうか。ほら、こういうのはやっぱ実物を見ないと!」
「ははは、それは確かにそうだな」
見るからにはしゃいでいるパパカツイナと、一見落ち着いているように見えてその実割と興奮しているフェッチの間に挟まれて、ニックが軽く笑いながら言う。
待ち合わせをしてやってきた競売会場は中央区にある大きな広場に天幕を張って作られたもので、内部中央の舞台から扇状に参加者席が設けてあり、なかでもニック達は左側の前三列目というかなりいい位置に陣取っていた。
これは予備として確保されていた貴賓席を割り当てられたからで、同時にニックの出品物、および今回は泣く泣く断念させられた驚愕の品々を鑑みて主催者側が便宜を図ったからである。
無論そんな理由はニックの知るところではないが、それでも中央に近い席で不満がでるはずもない。期待に目を輝かせるニック達の前で、司会の男が拡声の魔法道具を用いて最初の品を紹介していく。
「さあ、では歴史あるパーリーピーポー競売、今回最初の品は……こちらです!」
そう言って舞台脇から運ばれてきた品物が中央の台座に乗ると、同時にその上に拡大された品物の幻影が映し出される。これにより遠くからでも品物を見定めることができるのだが、とはいえ幻影は幻影。やはり本気で買いにきている者は金やらコネやらできちんと前方の席を取っているため、その視線は本物の品物の方を鋭く捕らえている。
「こちらは古代遺跡から発掘された魔法道具で、その名も『猫の貯金箱』! まずは実際に動くところをご覧頂きましょう!」
そう言うと、単なる四角い箱にしか見えないそれの上に、司会の男が銅貨を一枚乗せる。すると箱の上に本物と見まごうばかりの猫の幻影が出現し、可愛い鳴き声をあげながら銅貨の上にプニッと手を乗せ、箱に開いた僅かな隙間から銅貨を中に落とし込む。
「にゃー!」
「何あれ、ちょー可愛いんだけど!」
「まあ、うむ。可愛いな」
横からあがったパパカツイナの黄色い声に、しかしニックは微妙な表情で答える。確かに可愛いが、これが競売にかけられるほどの物かと言われると首を傾げざるを得なかったからだ。
周囲にはニックと同じような反応をする者が何人もおり……だがその反応を司会の男はニヤリと笑顔で受け流す。
「ふふふ、皆さんの考えている事はわかります。ですが、続いてこちらをご覧下さい」
そう言って司会の男がもう一枚箱の上に銅貨を乗せる。するとまた猫の幻影が現れたのだが……さっきとは種類が違う。
「ミャア!」
「あー! 違う猫ちゃんだ!」
瞳の中に星を宿して表情を輝かせるパパカツイナの声をそのままに、司会の男が更に声を高くしてたたみかけてくる。
「そう! 何とこの『猫の貯金箱』は、乗せる度に違う猫の幻影が出現するのです! 実験として一〇〇回ほど硬貨を乗せてみましたが、一度として同じ猫は出現しませんでした。
常に新しい猫の愛らしい姿と鳴き声を堪能できるこの『猫の貯金箱』、買えば貯金が捗ること請け合いです! 金額は銀貨一枚から、どうぞ!」
「二枚!」
「三枚でどうだ!」
「魔法道具としての仕組みが気になりますね。銀貨五枚出しましょう」
「うー、欲しいけどあれに銀貨は出せないなぁ……」
周囲から上がる値付けの声を聞きつつ、パパカツイナが残念そうにそう呟く。三日続く競売の初日である今日は全体的に安価な品物ばかりが出てくるとはいえ、参加費すら払えなかったパパカツイナが買えるような値段にはならないのだ。
「ふーむ。あれが猫ではなく、見目麗しいご婦人方の割れ目や谷間や隙間の幻影を映すというのであれば金貨を払ってでも買ったのですが……」
「娘がもう少し小さい頃であれば土産にちょうどよかったかも知れんがなぁ」
フェッチもニックも、それぞれの思惑でこの品物を流すことに決める。その後もちょっと面白いと思うような品物くらいならあったが、買おうと思うような出品物はなかなか出てこず、そうして気づけば次が遂に初日最後の出品物。
「さあ、それではこれが本日最後の品物となります! どうぞ!」
司会の男の言葉と共に運び込まれてきたのは、何の変哲も無い一振りの剣。ただしその刀身は幾つも刃こぼれしており、錆びすら浮いている。
だが、その剣を誰もが食い入るように見ている。それはニックも例外ではなく、これこそが今日の出品物で唯一ニックが目録を見た瞬間から興味を持っていた品。
「こちらは今代勇者フレイが旅立ちの日に手にしていたという、『始まりの剣』でございます!」
「おおー、あれが……」
「何やら歴史を感じさせますな」
周囲の客達が口々にそんな感想を呟くなか、司会の男が更に解説を続けていく。
「一時期は人類の裏切り者とまで言われた勇者フレイですが、『勇者を辞める』という宣言以後、皮肉にもかつてよりもずっと人気が高まっております。そんな彼女が勇者として旅立った日に手にしていたのがこの『始まりの剣』! 今回その貴重な逸品を入手することに成功致しました!」
「へー、あれがオジーが欲しがってる剣? 私にはぼろっちい剣にしか見えないけど……」
「確かに剣として見るなら、価値が出るほど古いわけでも稀少なわけでもありませんからな。ですが勇者が使っていたということであれば、今後その活躍次第で如何様にも価値はあがりましょう。銀貨二〇枚程度であれば私も欲しいところですな」
「……………………」
パパカツイナとフェッチの感想に、しかしニックは何も言わずにジッと剣を見つめ続ける。その間にも司会の男は色々と剣の曰くを語り続け、そして遂に競売が始まった。
「では、世界に一本しかないこの『始まりの剣』! 銀貨五枚からです! どうぞ!」
「七枚!」
「一〇枚でどうだ!」
「ぐっ、一一……いや、一二枚!」
「…………三〇枚」
周囲の客が刻んでくるなか、スッと手を上げたニックが静かな声でそう宣言する。一気に跳ね上がった金額に皆がニックに注目し、司会の男もまた盛り上げるように声をあげる。
「おーっと、三〇枚! 銀貨三〇枚がでまし――」
「違うぞ。銀貨ではない。金貨三〇枚だ」
「……は!? き、金貨ですか!?」
訂正したニックの言葉に、司会の男が絶句する。想定落札価格が銀貨一五から二〇枚の品にいきなり一〇〇倍以上の値が付くというのは、幾度もこのような競売の司会を経験している司会の男からしても驚愕に値するものだったのだ。
「え、えっと……き、金貨三〇枚、です。まだありますか?」
念のためそう聞いてみるも、手が上がるはずもない。当然ながらそのままニックが落札となり、盛り上がるべき部分がすっぽりと抜け落ちたような奇妙な空気のまま競売初日は幕を閉じた。その後は落札者のみが舞台の奥に招かれ、ニック達もそちらに足を運ぶ。
「オジー、凄かったね。金貨三〇枚って……」
「随分と思い入れがあるようでしたが、それにしても……」
無言で前を歩くニックの背後から、若干引き気味のパパカツイナと何かを考えているようなフェッチの声が聞こえてくる。だがニックがそれに答えることはなく、なんとなく話しかけづらいということで二人もニックに話しかけぬまま、やがて支払いの順番がやってくる。
「では最後、『始まりの剣』を落札された方ですね。金貨三〇枚ということですが……」
「あー、それなのだがな。金を払う前にどうしても聞いておきたいことがあるのだ」
「はい? 何でしょう?」
首を傾げる係の男を前に、ずっと無表情を装っていたニックの顔つきがにわかに厳しくなる。
「一体どういうつもりでこんな偽物を売っていたのだ?」
「に、偽物!?」
「ええーっ!?」
「何と!?」
その爆弾発言は、その場にいた全員の口から驚きの声を引き出した。