父、旅立つ
「ニック様。本当にありがとうございました」
城門前。城を出るニックを見送るため、そこにはキレーナ王女の姿があった。王族自ら見送りなど前代未聞であったが、キレーナ王女のたっての願いということで実現したのだ。
「それにしても、まさかあの大臣があんなことになるなんてねぇ」
「初めて見た時、誰だかわからなかったですもんね」
その隣には当然護衛が付いており、シルダンの軽口にマモリアもウンウンと頷く。
広場での一件以来、ハラガ大臣は脂肪と一緒に野望も落ちてしまったのか、すっかり大人しくなっていた。それは娘のココロも同様で、修道院に入るか領地に戻って畑を耕すかなどと言い出して一時問題になったほどだ。
「ニック様! またお城にきてくださいますか? ニック様のお話の続きがもっともっと聞きたいです!」
無邪気な声でそう訴えるのは、キレーナの弟、ベンリー王子だ。王子の病はどちらかというと呪いに近かったらしく、ワイバーンの卵を用いることで無事に快復していた。寝たきり生活で落ちた体力こそまだ戻っていないが、そこは子供。まだまだ全快にはほど遠いが、既に命の危機にあるような状況ではなかった。
「ハッハッハ。殿下がこれからもしっかり食べて、元気に遊び回っておられれば、そのうちまたやってきましょう。その時には……そうですな。西の魔窟にてガルガンチュアと戦った時の話をしてさしあげましょう」
「ガルガンチュア! 何だか凄そうな名前です!」
「凄いですぞ? こう、地下に巨大な空洞が広がっていてですな。そこには見上げる程の巨大な……っと、いかんいかん。それは次のお楽しみです」
「うぅぅ……わかりました。でも絶対また来てくださいね!」
「勿論です。約束致しましょう」
しゃがんだニックが差し出した小指に自らの小指を絡めて手を振ると、ベンリー王子が嬉しそうに笑う。
「ベンリー殿下がこのように笑えるまでになるとは……それもこれもニック殿のおかげです。本当にありがとうございました」
「ガドー殿。儂は大したことはしておらんよ。結局の所、城に来て兵達と訓練し、後は騎士を殴り飛ばしただけだしな」
『……改めてそう言われてみると酷いな』
「いやいや、ニック殿は我々には出来ぬことをしてくださった。この大恩に報いるべく、今後は何か困りごとがありましたら是非とも私をお頼りください。もっとも、ニック殿であれば大抵のことはご自身で解決なされるのでしょうが……」
「ですよねぇ。ニックさんに解決出来ない問題なんて、僕達じゃどうしようもないでしょ」
「先輩。そこは気持ちが大事なんですよ、気持ちが!」
「ハッハッハ! そうだな。何かあれば頼らせてもらおう」
相変わらずの護衛達のやりとりに、ニックもまた朗らかに笑う。
「ニック様。こちらが約束の報奨金となります。お受け取り下さい」
そんなニックに、ハニトラが拳ほどの大きさの革袋を差し出してくる。
「ああ、ありがとうハニトラ……随分多いな?」
手にした時のずっしりした感触が、袋の中に硬貨がパンパンに詰まっていることをニックに伝えてくる。これが全部銅貨ならはした金だが、王族からの報奨金である以上中身は金貨以外はあり得ない。
「ニック様にしていただいたことを考えれば、これでも少ないくらいです。本来ならそれこそ爵位などを差し上げたいのですが、ニック様はそれをお望みではないでしょうから」
「というか姫様。ニックさんはジュバン卿なのですから、更に叙爵をするのは無理なのでは?」
「あっ!?」
マモリアの指摘に、キレーナがあっと口に手を当てる。
「そうでした。ニック様は勇者様のお父上なんですよね。こんな素敵なお父様がいらっしゃるなんて、勇者様が羨ましいです」
「あの、姫様? それでは国王陛下のお立場が……」
思わず口を挟んだガドーだったが、キレーナに無言でじっと見つめられ顔をそらす。現国王ジョバンノはどうにも人に流されやすい人物であり、そのせいでハラガ大臣が大手を振って実権を握っていたという事実がある。公然と国王を批判することなどできないが、思うところがあるのは皆同じだった。
「ま、まあマックローニ大臣も大人しくなったことですし、今後は城内も落ち着くことでしょう。ただ大臣はあれで有能ではありましたから、しばらくは調整のために苦労しそうですが」
「それは儂にはどうにもできんな。ガドー殿達で頑張るしかあるまい。応援だけはさせてもらうがな」
苦笑するニックに、護衛達もキレーナ王女も同じく苦笑で返す。如何にニックが強くても、数字は殴り倒せない。
「さて、それでは儂はそろそろ行くことにする。リダッツ殿には宜しく伝えておいてもらえるか?」
「わかりました。私の方からしっかりお伝えしておきます」
キレーナの護衛ではないリダッツは、流石にこの場には来られなかった。それでも互いにちょっとやそっとで死ぬようなことはないと確信しているので、ここで顔を合わせられないことに未練はない。
「あの、ニック様? その前にちょっとしゃがんでいただいてもいいですか?」
「ん? こうか?」
キレーナに言われ、ニックはその場に腰を落とす。すると側に駆け寄って来たキレーナが、ニックの頬に素早く唇を当てた。
「姫様! はしたないですよ!」
「ふふ、おまじないです。ニック様の旅路に幸運がありますように」
やれやれと言った表情のマモリアを背に、キレーナが悪戯っぽく笑う。
「おお、これは素晴らしい餞別をもらってしまったな……ん?」
「あっ……」
キレーナの頭を撫でるニックの視線の先に、一歩出遅れた感のあるハニトラの顔がある。故にニックはニヤリと笑い、キレーナにキスをされたのとは反対の頬を突き出した。
「どうした? お主も餞別をくれるのではないのか?」
「それは……で、では失礼して……」
一瞬躊躇したハニトラだったが、そのままおずおずとニックに歩み寄り頬にキスをする。以前にもこっそり同じようなことをしたことがあるにも関わらず、今回もハニトラの顔は真っ赤だ。
「あれ、この流れなのにマモリアちゃんはしないの?」
「先輩、踏み潰しますよ?」
「何を!?」
「ハッハッハ! いやいや、儂の頬は生憎二つしかないからな。これ以上されても困ってしまうわい。では、今度こそ行かせてもらおう。皆達者でな」
そう言って城に背を向けると、ニックは外へ向かって歩き出す。その背に対してハニトラが、ガドー達が、そしてキレーナ王女までもが頭を下げたが、それは誰も見ていない。見られていないからこそ示せる、最上級の感謝の証。
『さて貴様よ。やっと城から出られたわけだが、この後はどうするのだ?』
「そうだなぁ。一旦アリキタリに戻って頼んでいたアレを受け取ったら、そろそろ違う町にでも行ってみるか。お主の望みであるアトラガルドについて調べるにしても、もうそろそろこの辺では限界だろうしな」
『良いのか? 貴様はあの町やそこに住む者達を随分と気に入っていたと思ったが……』
「なあに、これが今生の別れというわけでもない。世界を歩けばいずれまたここを通りかかることもあろう。その時に元気な顔が見られれば十分よ」
『そうか。ならば我と貴様で新たな旅の一歩を踏み出すとするか』
「おう! ならばここは景気づけに……走るか?」
『や、止めよ! それだけは、それだけは駄目だ! そもそもこんな町中であんな高速移動をしたら町が滅茶苦茶になってしまうであろうが!?』
「ハッハッハ。冗談だ」
『き、貴様……っ!』
城を離れ人目が気にならなくなったことで、久しぶりに存分に話し合うニックとオーゼン。二人の足はまずはアリキタリに、そしてその先の未知なる場所へと歩み出していた。
コモーノ王家 人物一覧
国王 ジョバンノ・コモーノ 五〇歳
通常ルートにて勇者が最初にまみえる偉い人。旅立ちの際に渡してくれる銅の剣と銅貨五〇枚は決して嫌がらせではなく、「勇者が戦うのは力なき者、貧しき者の為である」ということを忘れるなという意味がある。人に流されやすい性格だが、安定している大国では奇抜な政策より現状維持が尊ばれるためこれはこれでベストマッチな人材である。
王妃 ブナンナ・コモーノ 四八歳
取り立てて何の特徴もないごく普通の女性。この王ありてこの王妃あり。姉のヒボンナは母国にて女王として国を統治している。
第一王女 マルチナ・???? 二八歳
様々な分野に才能を見せた女傑。キレーナ達を気にかけていたが、ハラガ大臣の手腕で他国の王族と結婚。以後情報封鎖されている。ただし本人は嫁ぎ先で旦那を尻に敷き虎視眈々と妹たちを助け出す機会を狙っている。
第二王女 キレーナ・コモーノ 一四歳
整った外見から将来の嘱望されるも、姉のように大臣の手駒とされるのを拒んだため厄介払いされそうになる。今回の一件から微妙にファザコンになるが、その好意が実父に向くことはない。カットされた本編では活躍していたのだが、残念ながらお蔵入り。次の機会に期待したい。
第一王子 ベンリー・コモーノ 一〇歳
大臣の手で病に犯されていた王子。唯一の男子のため王位継承はほぼ確実であり、娘とくっつけるために大臣が色々とやっていた。実際には死ぬほど苦しむだけで死にはしない状態を維持されていたため放置しても一〇年くらいは大丈夫だった。豊かな才能を持っているため、コモーノ王国の将来は安泰。





