表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
667/800

父、食事を奢る

「すっごーい! オジー、今の動き何!?」


「ハッハッハ、儂は鍛えておるからな。あのくらいは簡単だ」


 まん丸に目を見開いて驚きはしゃぐパパカツイナに、ニックは力こぶを見せつけて答える。その周囲には少し前までニックを馬鹿にしていた若者達も集まってきており、皆が口々にニックを賞賛する。


「スゲーなオッサン! メッチャ回ってたし!」


「あとビョーンって飛んでたよ! ビョーンって!」


「あんなでっかい肉の塊が天井近くまで飛ぶとか、意味わかんない! キャハハ!」


「…………チッ」


 そんなニックに苦々しげな視線を向けるのは、挑戦者の力をすっかり見誤っていたオードルだ。大分荒削りとはいえ、まさか一度見ただけの自分の技を遙かに凄い力で再現されるなどとは想像すらしていなかっただけに、その衝撃は計り知れない。


「さて、では次はお主だな? 今度はどんな技を見せてくれるのだ?」


「くっ……そ! ああ、いいぜ! やってやるよ!」


 興味津々な笑顔を向けてくるニックに叫ぶように答えると、オードルは足を大きく開いて体を低くし、右手を床につけ、左手はまっすぐ水平に伸ばして踊る前の姿勢を整える。


(くそっ、完全に油断した! あのオッサンただ者じゃねー! なら俺だって、俺にできる最高の踊りを見せるだけだ!)


 覚悟と気合いを指先にまで漲らせ、オードルの体が再び舞台の上で舞う。その本気の動きは先程とは明らかに違い、立ち上る気迫が見る者のざわめきすらも塗り込めていく。


(ここで五秒……止まって……回すっ!)


「うわ、オードルもスゲーな!」


「頑張れオードルー!」


 仲間達の声援も、極限まで集中したオードルの耳には届かない。ただ自分と踊りだけの世界に没頭し……そして遂に踊りを終える。


「どうだっ!」


 両足を抱え背中での高速回転から飛び起き、右手の人差し指を天に突き出す得意の決めポーズで止まったオードルに、再び周囲から拍手と歓声が巻き起こる。ただ一度目の時とは違い、今回はニックの方が若干拍手が多かったような気がしなくもない。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


「いやぁ、実に素晴らしい!」


 荒い息をつくオードルに、ニックもまた拍手をしながら近づいていく。その顔を睨み付けるように見上げたオードルだったが、上から降ってきた言葉は予想していたのとは全く違うものだった。


「今の踊りも最高だったぞ! どうやらこの勝負は儂の負けのようだな」


「ハァ……ハァ……ざけんな。まだ勝負は……って、うん?」


 てっきりさっき自分がやったことをやり返されているのだと思って頭に血が上るオードルだったが、すぐにそうでは無いことに気づいて困惑の表情を浮かべる。


「え? オッサンの負け? な、何で?」


「あれほどの踊りができるお主ならばわかると思うが、儂は単に身体能力が高いから速く激しく動けるというだけで、踊りが上手いというわけではないからな。この太い腕や足では繊細な動きは真似できんし、そうなるとさっき踊ったのが大体儂の限界なのだ。


 それに対してお主の踊りは、指先にまで魂の籠もった素晴らしいものだった。その歳でそれだけ動けるのであればこの先もまだまだ伸びるであろうし、儂のような中年がこれ以上出しゃばることもあるまい」


「オッサン……あんた……」


「完敗だ。お主と踊りで戦えたこと、誇りに思うぞ」


 心からの賞賛と共に、ニックが笑顔でその手を差し出した。そんなニックの潔さと器の大きさに、オードルは小さく苦笑してからその手を握り返す。


「ああ、オッサンも凄かったぜ。ちぇっ、でかくて速いってだけなら俺の技術でボッコボコにしてやろうと思ったのによぉ!」


「ふふふ、そこでは負けんよ。この体はお主の人生分くらいをかけて鍛え上げたものだからな」


「へっ、違いねーや。よーしみんな! 今回の勝負はこれで終わりだ! 後はみんなで適当に踊って楽しもうぜ!」


「オオオオォォォォォー!!!」


 オードルのその宣言で、店内には再び大勢の若者の声と踊りが満ちあふれることとなった。そこには当然ニックも混ざっており、その腕に若者をぶら下げてグルグル回ったり、腰を突き出し顔を見合わせて体を揺らしたりと、様々な踊りを存分に満喫していく。


 そうして三時間ほど楽しみぬくと、ニックはパパカツイナを連れて地下の店を後にした。


「うーん、楽しかったな!」


 目に優しい太陽の光が降り注ぐ屋外へと出たことで、ニックは思いきり伸びをしながら感想を口にする。その隣には当然パパカツイナの姿があり、悪戯っぽい笑みを浮かべてニックの顔を見上げている。


「オジー、めっちゃ人気者だったもんねー! オードルと勝負するって言い出した時はどうしようかって思ったけど」


「すまんすまん。だがおかげでまた一つ貴重な体験ができたぞ。さて次は――」


 ニックがそこまで言ったところで、不意にクゥーっという可愛い音がその耳に届いた。音のした方に目を向ければ、パパカツイナが真っ赤な顔で自分のお腹を押さえている。


「ふむ、そう言えばそろそろ昼か。あれだけ体を動かせば腹も減るだろう」


「むーっ! オジーの馬鹿! そこは聞かなかったことにするやつでしょー!?」


「ハハハ、腹が減るのは元気な証拠ではないか。何か食いたいものはあるか?」


「とーぜん、オジーの奢りだよね?」


 照れ隠しもかねてジト目で見てくるパパカツイナの頭を、ニックの手が豪快に撫でる。


「いいとも! その辺の屋台だろうと王族御用達の最高級店だろうと、好きなものを好きなだけ食わせてやろう!」


「言ったなー! なら死ぬまでに一度行ってみたいお店があるから、そこね!」


 その手を雑に振り払い、イーッと歯を見せてからパパカツイナが歩き出す。そうして進んだ先にあったのは、中央区にほど近い場所にある見るからに高級そうな店だ。


「ここだよここ! 友達の話だと、すっごく高いんだって!」


「高いのは予想が付くが、料理は美味いのか?」


「わかんなーい! 少なくとも私は入ったことないし、友達の話も『とにかく高かった』ってだけだったし。でも高いなら美味しいんじゃない? 多分だけど」


「そうか。まあ不味くて高いのでは店として成り立たんだろうしなぁ。よし、では入るか」


「へっ!? ちょ、ちょっと待ってオジー!?」


 大理石で作られた柱を抜けて平然と店内に入っていくニックを、パパカツイナが慌てて追いかけていく。


「だ、駄目だよオジー! ここ本当に高いんだから! 冗談! 冗談だから!」


「む? そうなのか? だが来て見たかったのは本当なのだろう?」


「それはまあ、そうだけど……で、でも、本当に高いから!」


「何、金のことなら気にするな。おーい、誰かいないか?」


「オジー!?」


 今までとは打って変わって、今度はニックがパパカツイナを引っ張るようにしてドンドン奥へと進んでいく。そうして出てきた給仕人に声をかけると、二人は静かで上品な雰囲気の個室へと通された。


「うぅぅ、場違い感が半端ないんだけど……」


「誰が見ているわけでもないのだ、すぐに慣れる。それよりほれ、これが料理の一覧らしいぞ?」


「う、うん……うん……? うげっ!?」


 ニックの差し出したそれを受け取ると、パパカツイナはその内容に目を通していく。まずは全く馴染みの無い料理名に軽く首を傾げ、次いでその後ろに書かれている値段に思わず変な声を出してしまう。


「お、オジー? これ、水だけで銅貨五枚って書いてあるんだけど……?」


「そのようだな。まあこの手の店だと割とあることだ。気にするな」


「気にするよ! だってこれ、一日働いてお水一杯がやっとってことでしょ!? 無理無理無理、こんなの味とかわかんないって!」


「むぅ、仕方ないな。ならばこうするとしよう」


 戸惑うパパカツイナから料理一覧を受け取ると、ニックが徐に端にある値段の部分を手刀で切り落とす。


「これでよし。ほれ、これで食いたいものを選ぶのだ」


「……えー、もう意味わかんない。何かちょっとお腹痛くなってきたかも……」


「食えば治る。どのみち何も頼まぬわけにはいかんのだから、本当に気にせず選んでいいぞ」


「わかった……」


 もはやどうにでもなれとばかりに、パパカツイナが食べたい物を指さす。それを確認したニックは、すぐに店員を呼んで自分の分も合わせて何品か注文をした。


「申し訳ありませんお客様。少々高額な注文も混じっておりますので、できれば先に料金を頂きたいのですが……」


「わかった。これでいいか?」


「……私、オジーのこと舐めてたかも」


 腰の鞄からニックが無造作に取りだしたのは、金色に輝く硬貨。それを受け取り恭しく一礼した店員が去って行くのを見送りながら、パパカツイナはしみじみとそう感想を口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ