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最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される  作者: 日之浦 拓
本編(完結済み)

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蛙男、決別する

「…………殺さねーのか?」


「何だ、殺して欲しかったのか?」


「ハッ! 冗談言うなよ。見逃してくれるってんなら、求愛のダンスを踊ってやっても構わねーぜ?」


 喉元に剣を突きつけられ、それでも強がって鳴嚢を膨らませてみせるゲコック。その変わらない様子にアームの胸に懐かしいものが去来し、突きつけた剣が少しだけ下がる。それで状況が変わるわけではないが、それでも場に漂う空気は少しだけ弛緩した。


「なあゲコック。結局お前の言う下克上って、何だったんだ?」


「あぁ!? 何だよ突然。前から言ってるだろ? 俺は天辺に上り詰めて、そうして俺達を馬鹿にしてた奴らを見返してやるって――」


「だから、それは具体的にはどういうことなんだ?」


「ぐ、具体的!?」


 問われて、ゲコックは言葉に詰まる。漠然と偉くなる事ばかりを考えてはいたが、具体的にどうと言われると思いつかない。そうして混乱する頭に浮かんだのは、皇帝マルデに言われたことだ。


「あー……あれだ。魔王! 俺は魔王になるんだ! そうすりゃ周りの奴らだって俺の事を認めるだろ!」


「魔王? 蛙人族(フロギスト)のお前が魔王なんて、それこそ無理だろ?」


 魔族全体においての蛙人族(フロギスト)の立ち位置は、中の下くらいだ。特別に秀でた能力があるわけでもないし、体の構造が違いすぎて同族以外とは子を成せないため数も増えない。道具を扱うのに不都合のない手の形と相応の知能を持っているおかげで下まで落ちるということはなかったが、逆に言えばしっかり武装してもその程度ということである。


「魔王なんて、正に力の象徴じゃないか。どうやってそんなものになるつもりだったんだ?」


「それは……計画があったんだよ! まあ、それも今はちょっと駄目になったっていうか、色々あるんだけど……でも、可能性はいつだって残ってる!」


「ハァ。お前は本当に昔の……子供の頃のままなんだな」


「うるせぇ! お前こそ昔のままじゃねーか!」


 それは一〇年以上前、今となっては遙か昔に感じるほどの過去。ゲコックが夢を語りアームは現実を諭すのは、二人にとっての日常であった。


「……ゲコック。お前、魔王軍に戻るつもりはないか?」


「……は?」


 だからこそ、アームは言う。幼い日から共に過ごした相手に、今日もまた現実を語りかける。


「さっきので思い知っただろう? 所詮魔族は魔族。人間のところに居場所なんてあるはずないんだ。それよりも魔王軍に戻って、俺と一緒にボルボーン様の下で働くんだ。そうすれば――」


「断る」


 だが、そうして差し伸べられた手をゲコックはただ一言で切り捨てる。その言葉に込められているのは怒りでも憎しみでもなく、強い決意だ。


「お前の言いたいことはわかるさアーム。確かにあの骨野郎の下にいりゃ、それなりの暮らしはできるんだろうよ。


 でも、それでいいのか? あんな小さい里で周りの連中のご機嫌を伺いながら生きて、それでいいのかよ!?」


「いいもなにも、それが分相応ってものだろう? それ以上を望んで何になる? 安全な住処と必要十分の食料があって、子を成して命を繋げ、年老いて死んでいく自由がある。他に何が必要だっていうんだ?」


「何もかもだろ! 何でそこで立ち止まるんだ!? せっかくこの世に生まれたんだ、一つきりの命があれば何だってできるはずなのに、どうして目の前にあるモンだけで満足しちまうんだよ!」


「それが大人になるってことだからだ。自分は自分の為だけに在るんじゃない。同胞や家族の安寧を考え、祖先の教えを尊び子孫に英知を繋ぐ。それはお前が考えているよりもずっと大事で、大変なことなんだ」


「わからねーよそんなこと!」


「ゲコック……」


 繰り返されるのは、かつてと同じやりとり。互いの意見は常に平行線で、理解はできても認めることはできない。


「俺は……ん? 何だよ、ちょっと待てって……あー、悪いアーム。少しいいか?」


「うん?」


 と、そこで突然ゲコックが腰の辺りをもぞもぞさせ始めた。その動きに一応の警戒をするアームだったが、ゲコックが魔導鎧を弄って解放したのは起死回生の力ではなく、クネクネ動く触手。


『プハーッ! やっと出られたぜ兄貴ぃ!』


「おぅ、悪いなギン。ちょいとアームと話し込んじまってたからよ」


『酷いぜ兄貴! 俺だって言いたいことが沢山あるんだぜぇ!』


「コシギン……? え、そんなところが開くのか?」


『そうだぜぇ! 兄貴が俺のためにって、特別に注文してくれたんだぜ!』


 普通に驚くアームに、コシギンが自慢げに触手をくねらせる。その様子を目の当たりにして、アームは思わず自分の腰に手を添えた。


「うわぁ、それはいいな。俺もボルボーン様に頼んで……って、そんなことできるはずもない、か」


 黒い鎧の下では、オクチがそっとその触手をくねらせている。元々無口なオクチであればそう強く自己主張することもないのだが、それでもずっと鎧の下というのは窮屈であろうとアームも気にしているのだ。


『そんなことより、さっきから随分と兄貴のことをボロクソに言ってくれるじゃねーか! 兄貴がどれだけ苦労してここまで成り上がったのかを知りもしねーくせによぉ!』


「成り上がった、か……確かに人間の国に潜り込み、そこで部下を率いるほどにまでなったって言うなら、魔王軍時代よりも地位としては上だったのか?」


『そうだぜぇ! 兄貴は凄いんだぜぇ!』


「ちょっと黙ってろギン。まあ、それなりに出世はしたぜ? 少なくともあの骨の下にいるよりはやり甲斐のある場所だったしな」


「そうか……なら魔王軍に戻るつもりは本当に無いと?」


「ああ。意地もあるし、恩もあるが……何より魔王軍には無いものがこっちにはありそうだからな」


「それは?」


「勿論、下克上の未来さ!」


『流石兄貴だぜぇ!』


 そう言って笑うゲコックの顔は、あの頃と何も変わらない。一〇余年の歳月が経ち、お互い様々な経験をしてきたはずなのに、結局互いの根底にあるものは何一つ変わりはしなかったのだ。


「……わかった。なら好きにすればいい」


「おっと、本気で見逃してくれるのか?」


「殺すつもりの相手とこんな話なんてするわけないだろ。俺が受けた命令はあくまで人間の兵士(・・・・・)を殺すことだからな。


 でも、次に戦場で会えば話は別だ。お前が変わらないとわかった以上、もう手加減はしない」


「ヘッ、望むところだ。今度こそ返り討ちにしてやるぜ!」


 剣の代わりに差し出されたアームの手を掴み、ゲコックが立ち上がる。そうしてアームに背を向けて落ちた剣を拾い上げると、互いに手にした剣を鞘に収めてから改めて向き合った。


「俺はやるぜ。必ず下克上を果たして、お前に俺を認めさせてやる!」


「俺は俺で、ひたすらに現実を生きるだけだ。お前が平凡で退屈でくだらないと切って捨てた日々がどれだけ貴重なものなのかを、俺の生き様で見せてやる」


『じゃあなオクチ! 俺は兄貴と一緒にやり遂げるぜぇ!』


「……ふむ。『頑張ってね』だそうだ」


『おうよ! 言われなくても頑張りまくりだぜぇ!』


 最後にそれだけ言葉を交わすと、二人は背を向け歩き出した。正しいわけでも間違っているわけでもない、ただ平行線なだけの二人の男の運命は最後まで交わることなく再びの別れを告げる。


 その後、死亡した兵士の一人が魔物だったのではないかという噂が人間軍の間でまことしやかに囁かれたが、根も葉もない話として数日もしないうちに綺麗さっぱり消え去るのだった。

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