父、試練を終える
『さて、では試練も無事に終了したことだし、さっさともらうものをもらって帰ろうではないか。ほれ貴様よ、我をいつもの台座にはめるのだ』
「むっ!?」
オーゼンのその言葉に、ニックが何故かびくりと体を振るわせた。その不審極まりない態度に、オーゼンは思わず訝しげな声をあげる。
『どうした? 何か問題でもあるのか?』
「い、いやぁ? 何も問題など無い……無いはずだ、うむ。では入れるぞ?」
微妙に視線を逸らしたニックが、それでも手にしたオーゼンを台座のくぼみへとはめ込む。だが……
『選定者たる我が、この者の試練の達成を認める。偉大なるアトラガルドの力の断片を我に!』
『……………………』
『…………ん? 選定者たる我が、この者の試練の達成を認める。偉大なるアトラガルドの力の断片を我に!』
『……………………』
オーゼンが何度呼びかけても、いつもなら返ってくるはずの反応が無い。当然ながら「王能百式」の力も得られず、帰りの転移陣も出現しない。
『これは一体どういうことだ? おい貴様よ、我がいない間に何があったのだ?』
「さぁ? そう変わったことはなかったと思うがなぁ?」
『それを判断するのは貴様ではなく我だ。つまらぬ隠し立てなどせず、ありのままを教えるのだ!』
「ぐぅぅ……わ、わかった……」
声を荒げるオーゼンに、ニックは観念してさっきまでの行動を話していく。そうして全てを聞き終えたオーゼンは完全に絶句してしまい、いつも通りに怒られるのではと思っていたニックは、予想外の事態におずおずと声をあげる。
「お、オーゼン? どうしたのだ?」
『……いや、どうすべきかと思ってな』
ニックの取った行動は相も変わらず非常識の塊であり、通常ならば思いきり非難したいところだ。
だが、確かに不確定要素のある状況で奪われたもの……この場合は自分……をもっとも確実に取り返す手段としては悪くない。敵の思惑に何処まで乗るかは己の力次第であり、それが全ての障害を破壊して一直線に進める程まで高まっているのであれば、そうするのはむしろ当然だ。
『まあ、うむ。今回は不問としておこう』
「正気か!? お主まさか、箱に入っている間に何かされたのか!?」
『……よもや貴様にそんな心配をされる日が来るとは思わなかったが、不問にすると言った手前聞き流してやろう。それよりも我を手に取り、台座の裏側に回るのだ』
「裏? これでいいのか?」
憮然とした声を出すオーゼンをくぼみから外すと、ニックは言われたとおり台座の裏側に回る。
『ではそこにしゃがんで、下の方に手を添えるのだ。そうしたら軽く押しながら右側に動かして……』
「おおっ!? 外れたぞ!?」
オーゼンの指示に従って台座の下側側面に手を添え動かすと、カタンという小さな音を立てて外面の一部が外れる。その下に現れたのは、台座にあるのと同じ大きさのくぼみだ。
『よし、ではそこに我を……あ、待て。その前に発条で魔力を最大まで充填してくれ』
「わかった。『王能百式 王の発条』!」
言葉と共にオーゼンを発条へと変じさせると、ニックは勢いよく発条を巻いていく。そうして魔力を充填し終えたオーゼンを元のメダリオンに戻すと、改めて件のくぼみにそれをはめ込んだ。
「なあオーゼン。このくぼみは何なのだ?」
『緊急用の接続端子といったところだな。貴様の話を聞く限りでは、おそらく貴様が世界を破壊したせいで大本の制御機構がそれの修復と維持で手一杯になっているのであろう。
故に我がここから魔力を充填することで、この部屋の機能だけを一時的に復帰させるのだ…………』
体の縁からパチパチと青白い光を放つオーゼンが、そこで言葉を途切れさせる。そうしてニックが見守る中しばらくの時が経つと、体を取り巻く光が消えたところでオーゼンが再び声をあげた。
『ふぅ。これでしばらくは持つだろう。悪いがもう一度発条を巻いてから、改めて我を台座のくぼみに入れるのだ』
「わかった」
カポッと穴からオーゼンを外すと、ニックはもう一度「王の発条」を発動してオーゼンに魔力を充填する。その作業もすぐに終わり、ニックは改めてオーゼンを台座の穴にはめ込んだ。
『選定者たる我が、この者の試練の達成を認める。偉大なるアトラガルドの力の断片を我に!』
『試練の達成を確認。偉大なるアトラガルドの王を目指す者よ。この力が汝の王道の助けとならんことを願う』
「おお、今度は上手くいったようだな」
オーゼンの言葉にややざらついた声が答え、いつもより若干光量の安定しない光の柱がオーゼンへと吸い込まれる。それを確認してオーゼンを台座から外すと、外へと繋がっているであろう転移陣もしっかりと出現した。
『よし、ではさっさと出るぞ。一〇分もすればまた機能停止してしまうからな』
「そうなのか? 随分と燃費が悪い……のか?」
『馬鹿者。我の体に蓄えられる魔力と、「百練の迷宮」という巨大な施設を維持するための設備とでは比較にならなくて当然であろう!
まあそれ以前に今ここを動かしているのは迷宮本体とは独立した緊急用の動力だからな。万が一閉じ込められた時に外に出るための最低限というやつだ』
「むぅ? しかし王能百式は得られたぞ?」
『それは貴様が事前にきちんと試練を達成していて、その記録がこちらに残っていたからだ。最終試練である「終焉の獣」を倒したのであろう?』
オーゼンのその問い掛けに、しかしニックは腕組みをして軽く考え込む。
「あー……多分? 倒したのかも知れんが……」
『何故はっきりせんのだ!? あんな巨大なものを見逃したとは言わせんぞ!?』
「いや、それがな。あの時はお主の元に辿り着くことだけを考えておったから、余計なことは気にしていなかったのだ。
確かに言われてみれば、その途中で何かを吹っ飛ばしたような気がするが……」
『はぁ!?』
首を捻って必死に思い出そうとするニックの姿に、オーゼンは思わず間抜けな声をあげ……そして次の瞬間には笑い出してしまう。
『クッ、ハッハッハ! そうかそうか。「百練の迷宮」が生み出せる理論上最強の存在すら、貴様にとっては路傍の石ころと変わらぬということか! まったく貴様という奴は……ここまで来ればもはや痛快ですらあるな』
「ぬっ、そんなに気合いの入った相手だったのか!? それは何とも……もうちょっとしっかり相手をしてやるべきだったか?」
『気にするな。どうせそうしたところで貴様に一発殴られたら終わりだったのだろうからな。ほれ、そんな事よりさっさと外に出るぞ』
「おっと! わかった」
軽く明滅し始めた転移陣に、ニックは慌てて飛び乗る。すると一瞬の酩酊感の後、きちんと入ってきた場所へと戻ることができた。
「なんとか無事に戻ってこられたな。全体的には薄かったが、部分部分が濃いという何とも奇妙な体験であった」
『あの試練を受けてそんな感想を持ち得るのは貴様だけだ……で、次の目的地までは後どのくらいなのだ?』
「うむん? パーリーピーポーまでは後町三つほどといったところだな。街道まで戻れば特に迷うこともないし、途中で何かなければ一週間ほどで着くのではないか?」
『そうか……なあ貴様よ。我らの旅はまだまだこれから……でいいのか?』
そう問うオーゼンの声には、期待と不安の両方が込められている。そんな相棒の気持ちを感じたのか、ニックはニヤリと笑って手に持ったままのメダリオンを親指でひと擦りする。
「はっはっは、何を今更。当たり前であろう? 人の領域を一回りしたとはいえ取りこぼしは幾らでもあるし、もうしばらくすれば魔族領域へも行けるようになるかも知れんしな。
見たことの無い景色、会ったことの無い人物。未知の文化に謎の遺跡と、まだまだ世界には楽しみが溢れておるからな!」
『そうか。それは何とも……楽しみだな』
「ああ。退屈している暇など微塵も無いぞ? ということで、改めて出発だ!」
進行方向を元気に指さし、弾む足取りでニックが歩き出す。孤独の果てに夢見て眠るオーゼンの未来は、まだまだ遙かに遠そうであった。